虐待された人にとっての、母の日

親から虐待された人は、母の日とか父の日は複雑な日なの。

母からは、精神的に痛めつけられて育ってきたのだが、一緒に暮らしていた時、表面的には母とはものすごく仲良しで、2人してテレビを見て爆笑したり、旅行に行ったり、映画を観に行ったりなど、ハタからみれば普通の仲良しの母娘だった。
この仲良し時間に虐待もふんだんに行われていたが、娘の私は母親を糾弾することが出来なかった。

なぜか?

お母さんを庇っていた。

庇う必要があった。
お母さんを悪者にしてはいけない。
お母さんを孤独にさせてはいけない。

だってそんなことしたら、おかあさんがかわいそうじゃない。
おかあさんは、わたしにいじわるしてくるけど、本当はこころの弱いひとなんだもの。
わたしはそれをしっているの。
おかあさんがしょんぼり落ちこむ姿を、わたしは見てはいけないの。
鶴のおんがえしくらい、見てはいけない姿。

母のやっすいプライドを守るために、自分の心と体をサンドバッグにして、母に差し出してバカスカ打たれていた私は、今考えると大馬鹿者だ。

私の大好きなセラピストさんが言った。

お母さんの悪口を平気で言えますか?
何の罪悪感もなく、言ってください。

最初は言えなかった。

言うと涙が出てきた。

私は、母に対する怒りの感情を思い出して、ひとつずつ発散させていき、本当は優しくしてほしかっただけなのに…と泣いて、そして本当に孤独にさせたくなかったのは、私なんだ、と自分自身に分からせ始めた頃、母の悪口を言えるようになった。

オウム真理教の信者が、麻原元死刑囚のことを悪く言わない心理と全く同じ。

洗脳ってこわい。

私、母の洗脳にかかっていたの。

まだ洗脳されている部分はあるかも知れないが。

毎年やってくる母の日。

私は洗脳されていた頃、よく母の日に贈り物をしていた。
シャネルとかディオールのリップ、ボタンがパールでできたアンサンブルのサマーニット、一点もののピアスetc。

数年前、母が言った。

「母の日で1番嬉しかったのは、お兄ちゃんが小学4年生のときにくれたカーネーション!お兄ちゃんがくれたってだけで嬉しかった」

兄があげたカーネーションとは、学校で先生から配られた一本のカーネーション。
今日お母さんに渡しなさいって言われてクラス全員に配られたもの。

私は。私の心を込めたプレゼントは。自分が欲しいものを我慢してまで買ったあの高級なプレゼントは。

私は悔しかったね。当時はね。

洗脳が解け始めてからは、他人事のように思い出す。

そんなこともあったなぁ。
そんなことも言われたっけなぁ。

そんな私は今年も母の日のプレゼントを買いに行くつもり。

母が喜びそうなものを買ってあげようと思う。

洗脳時代のときみたいに、買ってあげたから優しくして!私を愛して!とは思わない。

私が買いたい、プレゼントしたいからそうする。

あの愛すべきバカババアのために。

ババアなのか子どもなのか、もう私の中で区別がつかなくなっている。

ババアでも子どもでもどちらでも良い。

人格の破綻したエキセントリックサイコパス野郎。

差別主義者の偏屈ブス。

エリート気取りのただのバカ。

娘に嫉妬ばかりしている愚かな老女。

それ、私のお母さん。

豪快に悪口言っちまったぜ!

お母さん、みんなに嫌われて、自分で自分のことを嫌って痛めつけても、私が最後に抱きしめてあげるから安心しな。

最後の最後に、だけどね。

どんなに偏屈なサイコパス女でも、私のお母さんってだけで愛しているんだよ。

なぜか?

覚えているのだもの。

一瞬でも優しくしてくれたこと。

赤ちゃんの私に笑顔を向けてキスをしてくれたこと。

私はその一瞬がうれしくてうれしくてたまらなかったの。

でも、もうこれからはお母さんからの愛は要らないよ。

自分に使いなよ。

私は、自分の持っている自愛で、私の中はいっぱいだから。









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