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前回投稿したnoteがあまりにもしっくりこなくて、今度はもっとちゃんと素直に書こうと思った。
自分の書いた文章なんだから、何度読んでも自分で惚れ惚れするくらいには納得して作り上げたい。

これは誰かに読まれてもいいのだろうか、私は誰かに読まれたいのだろうか、ハッシュタグはどうしたらいいんだろう、今でもずっと葛藤している。

ここではあえて”彼”のことを本田と呼ぶことにする。

*

会うのは久しぶりだった。
私が東京に住んでいたり、昨今のご時世のこともあり、オンライン飲み会をすることはあっても、直接会ったりはしていなかった。
私が地元に帰ってきてからも、何度か会う話にはなっても、緊急事態宣言の連続でそれが叶うことはなかった。

それなのに、どうして会う気になってくれたんだろう。
そんなことを頭の片隅でずっと考えていた。
おそらく答えは簡単で、「飲みに行こう」でもなく「遊ぼう」でもなく、「会いたい」と送ったからだと思う。
「“会いたい”なんて言われて会わない男はいないですよ。◯◯さん、ずるい女ですね」と後輩に笑われた。
その通りかもしれない。
この男勝りで意地っ張りな私が、「会いたい」だなんてストレートに伝えたことは、これまでの人生で恋人を除いて一度もなかったと思う。
会いたい…
お酒が飲めなくたっていい、どこか遠出しなくたっていい、とにかくあなたに会いたい、
そんな気持ちでいっぱいだった。
どんな人になってるのか、どんな話をできるのか、どこに行くのか。
私にとっては、あなたの存在が一番興味深いんだから、それ以外の準備なんて必要なかったのだ。
話はとんとん拍子に進んだ。

待ち合わせ、一目見た時に言葉を失ってしまった。
私が知っている姿よりも、ずっとずっとカッコよくなっていた。
いや違う、私の好みど真ん中の見た目になって現れた。
ようやく会えたその一言目が「えっ、誰?!!」になってしまったくらい。
一軒目がカウンター席だったこともあり、私は一向に彼の顔を見れなかった。目を見つめるなんてもってのほか。頼んだ料理やグラスの中の液体の量ばかりに目を向けていた。

何時間経っても話が尽きることはなかった。
どんな話題を振っても返ってくる、あまりの趣味の合致加減に笑いそうになってしまう。
私たち、ずっと一緒にいたんじゃないかなって思うくらい、何でも気が合った。
私は結構ミーハーで熱しやすく冷めやすいタイプだから、中高生の文化から年配の音楽までとにかく何でも興味が湧いて飛びついてしまうところがある。
だから、どんなに仲が良い友達や、私に新しい世界を教えてくれる先輩たちと話す機会があっても、
本当に今自分がハマってるものを話題に挙げることができないというもどかしさを感じていた。
この人はこの話をして、この人はこの話題で盛り上がれて…そんな風に趣味ごとにわけて幅広い人たちと関わり合いを持つようになっていくのだろうと思っていた。
そこに現れた強者がこの男、本田だった。
マイナーな音楽、ネット文化、スケボー、SNS、流行りの映画、最近読んでる本、仕事の愚痴、東京の魅力、この街の好きなところ。
とにかくどんな話題だって、共感の連続だった。
「これ知ってる人俺/私以外にいたんだ!」、お互いそんな反応が炸裂していた。

*

「ほんとに東京行くの?」

何回も聞かれた。どういう意味なのかよくわからない。
先の件の後輩にその話をしたら、「特に深い意味はないんじゃないんですか」と軽く言われた。

「行くよ。もう仕事決まってるし、ずっと憧れの場所だから」

*

二人が初めて会った街に行った。
私は数日前もそこに他の友達とご飯に来ていて、
なんだかここに来るといろんなことを思い出して苦しくなってきちゃうよ、なんてことを話していた。
本田と地下鉄の改札を出て出口までの途中、
彼は「なんかいろんなこと思い出して病んできた」と言い出した。
そんなところまで似ているらしい。
困ったもんだ、と私は一人心の中で笑った。

彼の左耳のピアスが気になった。
酔っ払った勢いで職場の先輩に開けられたらしい。
「今日、俺がお前のピアス開けてやろうか?」、不意にそんなことを言い出した。
どうしてそんな残酷なことを言うんだろう。
もしかしたら一生体に残るかもしれない傷痕を俺につけさせてくれだなんて、そんなことされたら私は一生あなたから離れられなくなってしまうじゃないか。
そんなことを考えながら曖昧な返事をしていると、
「じゃあ根性焼きさせろ」と、冗談混じりに笑っていたけれど、彼はなんとかして自分の手で私の体に傷をつけたかったのかな。
そんな深い意味はないんだろうか。
いいよ、あなたのことを恋焦がれる時間の苦しさに比べたら、そんな痛みは大したものじゃないさ。

三軒目の店内有線で、大塚愛の『黒毛和牛状塩タン焼680円』が流れていた。

大好きよ
あなたと一つになれるのなら
こんな幸せはないわ

そんな歌詞が鋭い矢のように心を突き刺してきて、
今そんな風に思える相手と同じ時間を過ごしている幸せを、アルコールの回った体で精一杯噛み締めていた。
途中、彼が酔い覚ましで散歩に出かけてくるとお店を出ていった。
席についてから何時間も経っていたからなのか、また黒毛和牛(以下略)が流れ出した。
一人残された私は、彼が置いていったカーディガンを眺めながら、「俺の代わりに飲んでおけ」と言われたハイボールを飲み干して、彼の帰りを待ちながらその歌を口ずさんだ。

彼はウコンと二日酔い防止の漢方を買って帰ってくるやいなや、お酒を頼んだ。
「俺もう限界。本当に飲めない」
「ウソでしょ?私よりお酒強いくせに。ふざけんな!」
心のどこかでもう引き返せない気がしていたし、引き返すつもりもなかった私は、彼が帰ろうとしているんじゃないかと不安になった。
一旦休憩していいから、と私はふざけて怒りながらお冷を2つ頼んだけど、彼は遠い目をしながらお酒を飲んでいた。
「なんで?!休憩しなって!」
「お前が飲むなら俺も飲む」
そんなことを言いながら、彼は結局解散するまでずっと飲んでいた。
なんだか嬉しくなった。
こんなに顔を真っ赤にして、もう全然お酒も進んでないのに、無理して私に付き合おうとしてくれていること。
大学時代はそんなことばかりだった。
先輩も後輩もみんなお酒を飲む時は臨戦態勢で、途中で帰ろうもんなら必死に引き留め合って、仲良く全員で終電を逃しちゃうなんてのは日常茶飯事だった。
だけど私も本田ももう社会人、いい大人だ。
苦しい思いをしてまで夜遊びするなんてことはとっくに卒業している。
「私、東京では全くお酒飲んでなかったから…そもそもお酒弱い方だからこんな飲むことないのに今日は最強かも!」
「お前普通に俺より強いって。俺だってこんなに飲んだの久しぶりだわ、一年以上なかった」
大の大人二人がバカみたいだね、なんて笑い合った。
楽しいからしゃーない、彼は有線で流れてくる歌を口ずさみながら楽しそうにそうつぶやいた。

お店を出て、目的もなくこの街の夕方を散歩していた。
「そういえば、そのあたりホテルあったよな」
突然そんなことを言い出した。
「いや、それ私じゃない。他の子と間違えてるよ」
彼は、すまんすまんと笑ってすぐ、
「なんでお前も知ってんだよそのホテル」と聞いてきた。
「私も他の人と泊まったことあるから…」
「はあ?!」
この街に生まれたわけでも育ったわけでもない、繁華街からもズレていて人気エリアでもないこの場所で、お互いそろいもそろってよろしくやってたんだと思うと、ほんとに似た者同士なんだなと改めて感じた。

彼は昔から自分の異性関係についてほとんど話さない。
どんな元カノと付き合ってたのかとか経験人数とかどんな子がタイプなのかとか、何も知らない。
あえて私から質問することもなかったし、私自身も自分の恋愛事情を打ち明けることはなかった。
だからこの人の異性としての姿が全く見えてこなかったんだけど、今回は時折そうやって過去の女遊びについて触れてくることがあり、
ちょっとショックも受けつつ、だけど男の人ってそういうもんだよなとすんなり納得できた部分が大きく、この人ならあまり汚い遊び方はしなさそうだなと根拠もなく想像したり…
とにかくまた一つ彼の新しい一面が見れたことが嬉しかった。

*

何時間も過ごしてから、なんだかずっといい匂いがしていることに気づいた。
フルーツみたいな、甘くてさっぱりしたシャンプーを思わせる匂い。
お酒の飲み過ぎで、フルーツ系のサワーか何かが汗で蒸発してるのかと思っていた。
だけどお酒臭いのはいつも通り私の方で、
やっぱりそのいい匂いは私じゃなくて、私の隣で眠たそうにしているそいつから漂っていた。
「なんか香水つけてる?」
柄にもなくそんなことを聞いてしまった。
「つけてるよ。シロのやつ」
…シロって何のことかわからなくて最初は戸惑ったけど、あぁコスメブランドのSHIROかということにすぐ頭の中で合致が行って、何故だか恥ずかしくなった。
「匂いするか?こういうのって3〜4時間くらいで消えるもんだろ」
不思議そうにそう言われたけど、確かにその香りは私にとてつもない心地良さと安心感を与えていた。
首筋に近づけば近づくほど強くなる匂い。
自分の体にまでその香りが移っている気がして、それはお風呂に入っても消えることはなかった。

*

「ほんとに東京行っちゃっていいんですか?こんなにいい街があるのに捨てちゃうんですか?」

少し意地悪そうに聞かれた。

「う〜ん…」

行くよ、とすぐに答えられなくなっていた自分に戸惑いながら、
「歳をとったら、こっちに戻ってくるかも」、そんな風に返事をした。
「俺も次引っ越すならここに住むわ」、そんな風に返事をされた。
どうしてそんなことを言うんだろう。
だって私、いつまで経っても先に進めなくなってしまう。
もしかしたらいつかあなたと…
って、ううん。
そんなことないよね、それにだって私は、東京で頑張るんだから。
あなたがいない街で、あなたに会いたい時にすぐ会えない街で、生きていくことを決めたんだから。

*

そのままSHIROに向かった。
本田と同じ香水を買った。
購入する時、香りの確認で店員さんが「肌につけるとまたちょっと変わりますからね、」と言って、少しだけ私の手首につけてくれた。
さっきまで包まれていたその香りが自分の体からすることに嬉しさと恥ずかしさと苦しさを感じながら、
最寄りの駅に着くまで上手く考え事をできないまま電車に揺られていた。

私の香水の匂いは、ちゃんと田口の記憶に残ってくれたかな。

#友達 #恋愛 #人間関係 #エッセイ

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