掃除する女
眠れない夜だけ、腕まくらが欲しい。ネットの世界やドラマや文庫本が効果的でないとき、いつまでも終わらない夜から解放してくれるのは、隣に眠る誰かの温もりだけだ。愛情も性愛もいらない。
表向きは穏便に、心のうちでは蹴りだしたいような思いで、寝ぼけてまとわりつく男をひっぺがし、スーツを着せ、最寄り駅まで送り出す。朝のラッシュに向かう人混みは、何ひとつ私を焦らせない。いつもと同じ時間に電車に乗り、会社へ運ばれ、愚痴をこぼしつつ消耗されていくひとたち。モノトーンの群れに飲み込まれたとたん、男のなにもかもを見失う。いっそ清々しいような気持ちで踵をかえし、私は私の1日を始める。冬は、澄んだ青空と日差しの暖かさが嬉しく、スキップしたくなる。
窓という窓を開け放し、換気扇をつける。布団からカバーを外し、毛布も枕も干して日光に当てる。良い香りの柔軟剤をたっぷり入れて洗濯機をまわしつつ、散らかったものを片づけ、キッチンの洗い物を済ませる。8時になるまえにごみをまとめて放り出す。寝間着も、クッションカバーも、あらゆるマットも、どんどん洗う。ユニットバスにシャワーで勢いよく温水をかけまわし、洗剤を泡立ててブラシでこする。洗面台も鏡もトイレの便器も、小さなスポンジを使って隅々まできれいに流す。植木をベランダに並べ、霧吹きで葉の裏まで水をやる。掃除機をかけ、床を磨き、洗濯物を干しきる。
コーヒーを淹れ、ベランダに座って飲みながら、整った部屋を振り返る。元通り。私のつくった、私だけの部屋。ひとりで生きていくためには、気づきたくないものが多すぎる。
気まぐれに出入りする男たち。いつも片付いている部屋をみて、どの男もきっと勘違いしている。何も察してくれなくてかまわないから、その無駄口を閉じて、早く寝かしつけてほしいと私は思っている。