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再読開始「マイク・ハマーへ伝言」

また少し過去恥部の吐露を。
昔観た映画なり、聴いた音楽なりに、年を経て出会い頭の事故のようなふとした拍子に再度触れることになった折に、自分が思う以上にぐグッと胸に迫るという経験をしたことがある人はきっと多いと思うんですが、今回オレは、この小説の冒頭をひさびさに読んだだけで胸が詰まってしまった…。

たぶん最初に読んだのは20代前半。

これが、オレの常日頃から口汚く他者を罵る生来のレイシストぶりに磨きがかかるきっかけとなった小説です。

オレは子供の頃からミステリもSFもホラーでも、何でも面白けりゃ読むが、自分はどうもそんなそれぞれのジャンルの真正のマニアという人たちの集団とは相容れない部分があることも確実に感じていた。

かといって、純文学べったりにもなれなかった、

くわえて、これまでもいわゆる文壇バーと呼ばれるところにも何度か連れられて行ったが、基本的にあまり反りが合わなかった。

むしろ、来ている客の後頭部を片っ端から酒瓶でかち割りたくなったぐらいです。それぐらいオレは文芸畑の業界人と、文壇と言われる業界が嫌いだ。

「今回の芥川賞の候補作は読んだ?」じゃ、ねえんだよ。あまつさえ、その問いに対して当然かのごとく薄っぺらい寸評を垂れるんじゃねえよ。

いけ好かない、鼻持ちならないとは、こういうことを言うんだなとまさに実地でお勉強させていただきましたよ。

ありがとう。ただ、お前らと一緒の空気をオレはあまり吸いたくない。

オレの中で常に渦巻いてる世間への違和感や怨嗟、業界界隈で当たり前とされていることや常識に対して、まさしくそんな憎まれ口を叩いてもいいんだと背中を押してもらった小説です。

そして、この小説と「複雑な彼女と単純な場所」という随想、景山民夫の「普通の生活」というエッセイがオレの青年期の規範となりました。同時に、これがハードな小説世界への登竜門ともなったんだ。さよなら陰鬱で華麗なる大正浪漫と昭和デカダンス…ってね。

そうだよ。そもそもオレはガキの頃から怪獣も拳銃も出てこない映画は好きじゃねえんだ。

平等も反戦反核平和、健康的なヒューマニズムもヒロイズムも、クソ食らえ! 文部省推薦の映画観たって、何の肥やしにもなんねえよ。

せめて、キザじゃなくて文学的だと言ってくれ。

六郷の渡しの向こうから横浜へ越境してくる東京の田舎者どもに毒づく登場人物たち、そこにおそらく当時のオレは紛うことなき正義を見たんだ。

その寛容性の欠片もない残酷なまでに純粋潔癖な感性こそ美しいんだとね。

過去に接した教師の誰にも取り立てて恨みはないけれど、あまりにもいつかのあの日教組の教条主義的な発言は許せないとか、同窓会で遠慮なく言っていいんだと。

何だろう? 若かった頃の自分の感性の答え合わせを改めてするような、この感覚。

ふと、夜中に、十五の夜を口ずさんでる自分にハッと気づく感覚に近いのかな?

今も胸に迫るってことは、あの頃のオレは間違ってなかったんだ。「三大怪獣地球最大の決戦」の自動拳銃片手の夏木陽介になりたかったガキだった頃の自分も含めてね。

まあ、いつものことで、おそらくほとんどの人には「ちょっと何を言ってるかわからない」話だろうけどさ。

とりあえず、この小説読んで面白かったと言える人とは、いい酒が飲めそうではある。

マイク・ハマーへ伝言 (角川文庫) https://amzn.asia/d/9RKlKLt


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