「分人主義」を治療に活かす。 –人間作業モデルによる考察−
この記事は平野啓一郎さんの著書「私とは何か 『個人』から『分人』へ」に基づいて記載しています。
あくまで私の考察であるため、エビデンスがある論理ではないことをご了承ください。
公式サイトもあり、わかりやすく「分人主義」について紹介されています。詳細はそちらの方に譲りたいと思います。
簡単に説明すると、平野氏は人間を「個人」から更に分けた「分人」として捉えており、他者との交流によって違う自分(分人)が存在すると述べています。
この理論に私は衝撃を受けました。
私が「自分」について漠然と感じていた概念を見事に言語化しており、ひどく共感できたからです。
作業療法との親和性が高いと感じたため、人間作業モデルと絡めて考察していきます。
人間作業モデルとは
人間作業モデル(以下、MOHO)は作業療法の代表的な理論になります。
MOHOは幅広い領域で使用されており、エビデンスが日々構築されています。
分人主義との親和性
まずはMOHOの概念である「作業同一性」と「作業有能性」を紹介します。
作業同一性では、人は「主婦」や「勤労者」などの役割を持って生活していおり、作業を通して自分がどんな存在なのかを認識します。その作業を維持する能力が作業有能性です。
MOHOは環境による相互交流を受けるため、「勤労者」の役割を担っている人が実家に帰ると「子ども」に、サークルに入ると「趣味人」というように役割や行動が変化していきます。
これは分人主義と類似しています。
他者との交流を含む「環境」によって出現した分人が、「意志」「習慣化」「遂行技能」に影響を与えていきます。
分人ごとに作業同一性が変化し、それに伴う作業有能性も変化していきます。
つまり、分人はMOHOの「意志」「習慣化」「遂行技能」「環境」全ての要素に影響を受けると言えます。
分人の構成比率をMOHOで改善する
平野氏によると、人にはそれぞれ所有する分人に「構成比率」があります。
学生であれば学校で過ごす時間が多いため、学校での自分(分人)が自分の本当の姿だと認識することが多いです。
しかし、学校での自分と家庭での自分は振る舞い方が違うと思います。
私も学校では内向的ですが、SNSでは外交的でした。むしろ、SNSの方がいきいきできると感じています。
生活の中で自分が心地よい分人の構成比率を拡大することで、作業適応が促されるのだと思います。
そこで、自分が価値を置く分人を最適な構成比率へと導く方法としてMOHOが活用できます。
MOHOの活用方法
臨床では、入院や入所といった環境の変化により、今まで占めていた分人の構成比率が変化します。
作業療法士はMOHOを使うことでクライエントを包括的に評価でき、介入することで元の分人(≒作業同一性)を再獲得することができます。
例えば、「作業質問紙(OQ)」や「作業に関する自己評価(OSA)」を使用すると、クライエントの生活スケジュール、取り巻く環境、価値を置く作業を評価でき、分人の構成比率を把握することができます。
評価をもとに、クライエントにとって大事な分人を引き出せるように「環境」を調整したり、「習慣化」を促したり、「遂行技能」を高めたりします。
※臨床では特に「環境」(自宅環境、家族関係など)や「遂行技能」(心身機能、活動など)に介入することが多く感じます。
「家事をすることが好き」であれば主婦としての分人を、「友達と交流することが好き」であれば友人としての分人を再獲得できるように介入するイメージです。
まとめると、MOHOは分人の構成比率を把握し、その中でクライエントが大事にする分人を特定し、最適化することができます。
以上は臨床での活用例ですが、MOHOは実生活でも活用できると考えています。もしよろしければ過去に纏めた記事をご参照ください。
おわりに
作業療法士は「その人らしさ」を捉える専門家です。
そのため、クライエントの分人を分析し、治療することができる唯一の職業だと考えています。
引用にもある通り、MOHOと分人主義の組み合わせは有用だと言えます。
分人主義の概念を知っておくと、クライエントや自分への評価・介入の解像度が高まります。
私は柔軟に理論を組み合わせ、新たな知見を生み出していきたいです。