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【ショートショート】新型テレビ

 視覚、聴覚に加えて、嗅覚に働きかけるテレビが開発された。つまり、においを発するテレビというわけだ。
 正確には、テレビで流れている映像に伴うにおいが、そのままこちらに流れて来るというわけではなく、映像データに組み込まれたにおい要素を電気信号として受け取ったテレビが、それに該当するにおいを二次的に発生させるという仕組みらしい。
 本物と同程度に、完璧ににおいを再現する、とまではいかないだろうが、きっと、物凄く臨場感がアップするに違いない。それは、ぐっと生活が豊かになる感じがする。
 そして、そのにおい機能付きテレビが発売されたことを知った俺は、そろそろ古くなったテレビを買い替えようと思っていたこともあり、早速購入することにした。
 従来のテレビよりも少し値は張るが、生来の新しい物好きな性格もあり、気になった物はどうしても自分の物にして実際に使ってみずにはいられない。旨そうな食品や料理の映像からにおいまで感じられると思うと、とてもワクワクと胸躍った。

 新たに設置したテレビの電源を入れ、視聴してみると、効果は想像以上だった。
 海辺の砂浜を歩く女性の映像では潮のにおいが、少年が雨上がりの土手を駆け上がって走る映像では湿った土のにおいが、そして連日行列の店で出される絶品料理のグルメリポートではその料理の垂涎必至なにおいまでが、テレビから漂って来た。
 所謂、「このにおいを視聴者の方にお届け出来ないのが残念です」という従来のグルメリポートまでが覆されたわけだ。
 この技術の進歩は革命的だと思った。自宅にいながらまるで映像の現場にいるかのような臨場感を味わえるようになるとは、人類は次のステージに上がったとさえ感じた。

 しかし、残念ながらいいことばかりではなかった。
 予想以上に旨いにおいに刺激された俺は、やたら食欲が増し、ガッツリ食べて体重も増えた。
 将来的なメタボが心配されたが、それはまだましな話で、もっとやっかいだったのは好ましくないにおいについてだ。
 においには好ましいにおいである匂いと、好ましくないにおいである臭いがあるが、このテレビからは臭いまでもしっかりとした臨場感を持って感じられたのだ。
 洗浄剤のCMで、「排水溝の嫌~な臭い」という声と共に漂って来たのは、生ゴミが時間をかけて腐ったような臭いだった。ヘドロが堆積した池の水を抜く映像では、気分が悪くなるような汚泥の臭いが漂った。洗濯物の生乾き臭や汗臭くなった靴の靴箱の臭いも、洗剤や消臭剤のCMから一緒に流れて来た。
 俺は取扱説明書を読み、好ましくない臭いを出さないようにするための方法を調べたが、匂いも臭いも区別はなく、におい機能をオフにすることしか対処方法はなかった。
 におい機能をオフにしたら、他の普通のテレビと同じでしかない。
 俺は大分迷ったが、結局におい機能をオフにして使うことにした。
 それくらい、突然襲って来る好ましくない臭いの存在は、衝撃的で大きかったのだ。

 臨場感は大事だ。映像の現場に実際にいるかのような体感は、単純に凄いと思う。
 それでも、臨場感がなく、自分の日常とは一線を引いていると思えるからこそ感じる安心感もある。
 それをあらためて知ることができただけでも、このテレビを買った意味はあった、……と思っておくことにしよう。





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