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カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』【基礎教養部】

https://www.j-lectures.org/physics/the_order_of_time/

書評は上のサイトを参照。

ただの感想

まず,本書を読んだ率直な感想を述べる.

書評でも述べた通り本書には数式が「ΔS≥0」というエントロピー増大則を表す式1つしか出てこない.逆に言えばそれ以外の物理の専門的な内容は文章で説明されている.ただ,式が出てこないからと言って簡単にすらすらと読めるといったものでもなく(もちろん物理のガチの専門書よりはすらすら読めるが),結構難しいのでわからないところがあればその都度立ち止まってじっくり考え頭の中を整理する必要がある.また,第1部では主に特殊相対論・一般相対論および量子力学の内容をいくつかかいつまんで説明されているが,ある程度知っている側からするとこのことを言っているのだろうなとわかるが全く知らない人にはよくわからないだろうなといったものがいくつかあったのでよくわからなければ適当に調べてみるといいと思う.ただし,たまにそういうものがあるだけで基本的には書評に書いた通り,非常にわかりやすく説明されているので僕のように専門で物理を学んでいる人にとっては表現の幅を広げることができるし,専門外の人にとってはある程度納得・理解できると思われる.

上で述べたように本書は数式を用いずに専門的な内容を説明されていることが大きな特徴であるが,果たして数式を用いずに書かれた内容を理解できたとしてその内容を本当に理解したと言えるのだろうか?これはなかなか難しいが,僕は数式による説明(定量的な説明)と文章での説明(定性的な説明)の両方が揃って初めて理解できたと言えると思う.定量的な説明だけでもだめで定性的な説明だけでもだめである.したがって,本書を理解したからといって完全に理解したとはいうことができないが,多くの物理学の専門書は定量的な説明がメインとなっており,読んでいる側は,計算で精いっぱいで結局何がしたかったのか,その結果見える物理は何かといったような定性的なものを見失うこともしばしばある.そういった意味で本書は「定性的な理解」のお手本にもなり得ると思う.

また,書評の最後に書いたように本文中に注がたくさんつけられており,より専門的な内容が書かれている.具体的な数式が書かれていたり論文,本が紹介されていたりする.僕自身,一般相対論などは勉強したことがなく,注の内容も含めて完全に理解できていないので,そのうち一般相対論などを勉強し終わったらもう一度本書を適宜注で紹介されている本や論文などを参照しながら読み返してみたいと思う.

いくつかの気になった点・面白いと思った点

本書の具体的な内容は実際に読んでいただくとして,本書からいくつかのトピックをピックアップしてそれらについて述べる.

先入観・偏見・視点

第4章「時間と事物は切り離せない」の中の空間に対する解釈の話の中で,著者は次のように述べている:

時間の場合と同じように,ニュートンの「入れ物としての空間」はわたしたちには自然に感じられるが,じつはこれも最近登場した考え方で,それがここまで広まったのは,ニュートンの考えが大きな影響を及ぼしたからだ,今わたしたちが直感のように感じられる見方も,じつは過去に科学や哲学が作り出したものなのだ.

カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』第4章 時間と事物は切り離せない p75

本文中ではニュートンの考え方とアリストテレスの考え方が対比されている.上記のようなニュートンの考え方に対してアリストテレスは空間の解釈として,「場所とはそれを囲んでいるもののことである」と考えた.ニュートンは「何もない空っぽな空間の中に物がある」とアリストテレスと全く違う考え方をしたのだが,そのようなニュートンの考え方が普通だと我々が考えているのはニュートンの考え方を学校などで習ってきて体に染みついているからである.前回の記事にも書いた気がするが,小さい頃からの教育等により染みついた先入観・偏見がありそれから免れることはできないというのは意識しなければいけないと思う.

また,第10章「視点」では,

科学がどんなに客観性を希求するにしても,この世界におけるわたしたちの経験が世界の内側からのものだということを忘れてはならない.わたしたちがこの世界に向ける視点は,すべて特殊な視点からのものなのだ.

カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』第10章 視点 p150

のように述べられている.科学,特に物理学ではこの世界を客観的に記述しようと試みるが,それを記述するのは我々である.仮にこの世界を記述する究極な理論ができあがったとしてもその究極な理論をつくったのは神様でもなく我々であり我々からの視点からである.そういった意味で真に究極な理論はないという批判的な意見を持つ人もいるかもしれないが,個人的には我々の視点以外からの世界の見え方なんて知ることができないし我々にとってはどうでもいいから我々の視点からの究極な理論ができればそれでめでたしめでたしでいいと思う.

なお,詳細は述べないが,この「視点」というのが「時間とは何か」を考えるうえで重要になってくる.

エントロピー増大則の説明

第11章「特殊性から生じるもの」の中でこの世界がエントロピー増大則に支配されていることの説明があるが,その説明がなかなか面白いと思った.

著者のカルロ・ロヴェッリは,学校ではこの世界を動かしているのはエネルギーだと教わるが,エネルギーは保存するので,この世界を動かしているのはエネルギーではなくエントロピーであると述べる.例えば,動物が何かを食べるのはエネルギーを得るためではなくて低いエントロピーを得るためであり,物が地面に落下するのはエネルギーが低い状態にしようとするからではなく物が地面に当たって熱が発生するから(エントロピー増大則により逆は起こらない)という.

このようにエントロピー増大則によりあらゆる現象が説明できるというのは今まで意識したことがなく面白いと思った.なお,この「エントロピー増大則」というのは本文中で出てくる唯一つの式であることからも容易に想像できるように我々が過去から未来に流れると思っている時間の本質を説明する最重要の法則である.

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