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「ソーダ水にはね…」とアンヘラは問わず語りをはじめた|Episode

アンヘラ、きみがぼくにこの話をしてくれた日のことをおぼえているかい。

あれはなにかの記念で公休だった日の夕暮れ、ぼくたちはタマリンド並木の校舎から近くの小川を見おろしていたね。きみとは教会の交流プログラムで出会い、すぐに仲良くなった。陽キャで冒険心があって、でもときどき目元に愁いを帯びることがある娘だった。

あの日、きみが話してくれたのは、トリニダー近郊にある高原での子ども時代の思い出だ。傍らにはコーラだったかペプシだったかの空き瓶が転がってたね。

きみがまだ小学校に通う前の、乾いた日差しが照りつける夏のある日、きみと兄貴、その友だち、そしてきみの父さんと一緒に、小さな滝に遊びに出かけたんだったよね。そこは子どもたちにとっては無限の冒険が詰まった場所。きみたちは涼しげな川に飛び込み、水の中で戯れ、木々の間を走り回り、そしてコバルトの空に広がる雲を見上げていたね。

夢中で遊んでいたアンヘラ、きみは「喉がかわいた!」って叫んだんだよね。その一言で、子どもたちにその思いが一気に伝染した。「オレも、オレも」。

きみの母さんの教育方針で、炭酸飲料はあまり飲ませてもらえなかったって言ってたね。でもその日は特別で、瓶入りのファンタを、角のとれたような顔をしたきみの父さんがこっそり忍ばせて、ひんやりとした川の水で冷やしていたんだったね。瓶は太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。

父さんはにっこり笑って、「いいね、じゃあみんなで飲もうか」と、歯で瓶のふたを開けたんだよね。「プシュッ」という音が響く。すきっ歯だったきみは、「大人の歯はすごいなあ」っていつも感心したって言ってたね。その冷たい瓶を手にした瞬間、きみはもう期待で胸がいっぱいだったんだね。

きみたちは歓声を上げて炭酸のシュワシュワとした感覚を楽しんだ。オレンジの甘さが口の中に広がり、暑さを忘れさせる至福を味わったんだよね。

そのとき、きみたちの前に見知らぬおじさんが現れた。おじさんは古びたパナマ帽をかぶり、日焼けした顔でにこやかに微笑んでいた。手には木の釣竿を持ち、下流のほうからやってきたみたいだね。

「こんな暑い日に飲む冷たい炭酸飲料は最高だろ?」とおじさんが言うと、きみたちは元気にうなずいた。おじさんは自分が小さかった頃、この川でよく遊んだ思い出を話してくれた。そして、バケツに入れていた小さな魚を一尾、透明なビニール袋に入れてきみに渡してくれたんだよね。

やさしいきみは、その小魚にもファンタを飲ませてあげようと、袋の中に少したらしたんだ。透明な水がオレンジがかってきれいで、その中を泳ぐ小魚は川面の反射を受けて、まるで金魚のように見えたそうだね。

緑色の羽をしたヤマセミが飛んできて、川辺にしだれかかる木の枝にとまってさえずるのを聞いていたんだよね。次の瞬間、ヤマセミは川の流れの真上を悠然と飛翔して去っていった。きみはその小さな胸の中で、「今日という日は大切な思い出になる」って予感したんだ。

帰り道、きみの父さんが「今日は楽しかったね。また来年もここに来よう」と言ってくれた。次の年は家族で同じ場所に出かけたけど、その次はもう来れなかったんだよね。父さんがいなくなり、きみの家族は少し離れたこの街のはずれに引っ越してきたからね。

大人になったきみがこの話をしてくれたとき、少し淋しげにこう言った。
「いまでもあのときのファンタの味が忘れられないの。炭酸がシュワシュワと弾ける感じに、パパのやさしい顔が溶けていたから」。
化繊の黒いスカートが風になびいていたね。

ぼくはその話を聞いて、きみの大切な思い出を胸に刻んだんだ。いつかぼくたちも、そんな素敵な思い出をつくりたいね、と強く強く願いながら…


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