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世界のリーダーの広すぎる視野──『第二次大戦回顧録 抄』読書感想文

大戦当時に英国首相であったチャーチルが第二次世界大戦を振り返る回顧録。これで「抄」なの! っていう詳細さとボリュームです。
本書は日本向けなので、日本に関する記述が多く、全2部構成のうちの後半部分、第2部は太平洋戦争を中心に取り上げています。

まず、この本を読む前提として下記のようなことをふまえるべきだろうなと思います。

  • 世界各地に植民地を置く英国の帝国主義が自然に思考の基盤にあること

  • その英国首相としての非常事態時の視点・判断であること

  • 過去の振り返りであること

  • 個人の回顧録であること

  • 主に日本人が読むことを前提にした「抄訳」であること

列強として否応なしの英国の優位性や政治的駆け引きのあざとさが自然に感じられますし、彼の考え方が人道的に「正しいか」「美しいか」というとそうではありません。
しかし、当たり前ですけど、回顧する当時のチャーチルは非常事態下の英国首相です。大を見据えて小を切り捨てる。そういう決断がなければ、もしかすると第二次世界大戦はさらに泥沼化していたのではないか。そういう未来もあり得たのだと思います(いやもう十分最悪の泥沼でしたけど)。

チャーチルの世界を見通す視点は本当に高く、リーダーとして非常に洗練された(ある意味ドライな)決断・考え方が見え隠れします。
大局をどう動かすか。そのためにどの些事を切り捨てるべきか、何にはたらきかけるのが一番効果的か。
トップに立つ人物の判断・決断の裏側をのぞけるようで、私にとっては最高におもしろく読めた書籍でした。

以下、すごい人物だなと思ったところや、気になったポイントをピックアップ。


機に乗じる

ポーランドの悲劇を、ソ連との協調に即結びつけるしたたかさといい。
ノルウェーの悲劇の後、首相の座についたことといい。
混乱に乗じて波に乗るのがうますぎはしないか。

ワルシャワ市民の英雄的抵抗は壮絶きわまるものであったが、孤立無援の中に連日の猛爆と砲撃の中に死闘したとはいえ、約一ヵ月間のポーランド三千五百万国民の抵抗も、ついに奴隷化と民族絶滅を企図した無慈悲な手の中に落ちたのであった。ソ連各軍はヒトラーと協定した線まで前進をつづけ、二十九日、ポーランド分割のソ独協定が正式に調印された。しかし私は、ソ独間に深い対立、消すことのできない対立があることを確信し、事態の進展によっては、ソ連をわれわれの側に引き入れることができるという希望を抱いていた。

四 大戦勃発(p.48)

地の利

英国がその国土においてナチスドイツの支配の影響を(他国に比べれば)最小限に留められたのは明らかに地理的なことがその要因にあります。
ヨーロッパに近接した「島国」。地続きの国土であった場合には、チャーチルもまた違った選択を迫られていたことでしょう。

われわれの運命は、空戦の勝利にかかっていた。ドイツの指導者たちけ本土上隊計画が制空権にかかっていることを考えねばならなかった。しかしこのためには、イギリスの強力な空軍の襲撃を覚悟せねばならなかった。
ドイツ空軍はフランスの戦いに最大限に投入されたため、ノルウェーの海軍同様、その回復のたいかなりの月日を必要としたが、これはわれわれの準備のためにも好都合だった。

七 イギリスの戦い(p.80)

他の国の占領でドイツが消耗した戦力の回復期が、英国に「時間的猶予」という恩恵をもたらしています。

大局のために

チャーチルは世界の行く先を広い視野で見通します。さまざまな制約の中でリーダーが決断する際に選択肢すべてを採用できるわけがありません。だから冷静かつ容赦無く優先度を判断し、決断します。
悪くいうと、優先度の低いものは見捨てます。

例えば日本軍によるアジア侵攻当初の香港で。

日本海軍の行動は、南部インドシナ近海で活発なうごきを見せはじめた。
〜中略〜
そのころ、わが極東司令長官から香港への補強を、強く要求する電報が相次いだ。しかし私はこれに賛成しなかった。もし日本軍が香港を攻撃した場合、われわれにはこれを持ちこたえたり救助する見込みはなかった。香港のために損害を大きくすることは、大局的に見て愚策だった。一応の守備隊はそのまま置いて、やがて一切の解決は、戦後の講和会で処理されるべきものであった。幾ばくかの援軍を増強したところで、押し寄軍の前には無益と思った。

七 イギリスの戦い(p.91)

こういう決断をしながら、一方で現地への声明や通信ではどのような内容が送られたかというと。

十二月十二日、私は香港総督と防衛に立つ市民に、次のような激励の言葉を送った。
諸氏が勇気をもって香港の港と要塞を防衛するありさまを、われわれは日一日、刻一刻と見守っています。諸氏は、アジアとヨーロッパのかけ橋を守っているのです。野蛮な敵の攻撃に対する香港の防衛戦は、わがイギリスの歴史の上に輝かしい一ページを飾るであろうことを、われわれは確信しています。
われわれの気持は、苦境に立つ諸氏と共にあります。諸氏の抵抗の一日一日はわれわれに最後の勝利を、それだけ近づけるでありましょう。

一〇 真珠湾攻撃(p.149)

首相より香港総督へ
日本軍の香港上陸の報に接して、われわれは深く憂慮している。しかし、降服という考えを持つべきではない。島のどの部分でも抵抗をつづけなければならない。
敵にできるだけ多くの損害を与えなければならない。陣地による戦闘、または必要とあらば家に立てこもっても、戦闘をつづけなければならない。貴官が抵抗つづける一日一日は、全世界の同盟側の立場を助けることになり、貴官の戦士は、永遠の名誉をかち得るであろう。

一〇 真珠湾攻撃(p.150)

本音と建前というか、判断は的確・迅速に、コミュニケーションは(あくまで表向きだけれども)慎重で思いやり深く丁寧に。
切り捨てられた方も、特に総督など立場のある人はそれを弁えて行動している。でも、たまったもんじゃないですけどね。
しかし、これが有事の指導者としてあるべき姿なのでしょう。正しさなんて存在しないので、手厳しい指摘はその時も後々も方々からあったでしょう。
でも揺らいだら、いたずらに被害を増やし敵に踏み躙られるだけ。揺らいじゃいけない。そういう「鋼の意志」がないと務まらないのでしょうね。

敵を知る

本書第二部の「アジアの戦い」では、日本軍のアジア侵攻と破滅(自滅)までが書かれています。
チャーチルは別段日本に造詣が深い訳ではなかったようですが、太平洋戦争開戦までの日本国内の趨勢・経緯を驚くほど詳細に察知しています。

あと、指摘がいちいち正しいです。そして上から目線です笑

日本は長い間中国に侵入し、征服欲を満たしてきたが、今また南方諸国を占領し、アメリカに攻撃を加えようとしているのだった。日本は、ドイツ、イタリアと三国同盟をむすんで、われわれを相手に決戦しようとしてきたのである。このような暴挙は、日本を滅ぼす結果になるだろうと私は思った。

一〇 真珠湾攻撃(p.135)

日本は得意の絶頂にあった。軍の勝利と指導者に絶対的な信頼を捧げ、日本と戦う西洋諸国には最後まで戦う気持がないと思い込むようになっていた。
〜中略〜
勝ち誇った日本の指導者たちは、天が日本にこの幸運をもたらしたものと思っていた。このような考えは、人間が輝かしい成功をおさめて得意になっている時、陥りやすいことである。
〜中略〜
日本の大本営の計画は、実に巧妙であり大胆だった。しかし、日本の指導者の考え方は、広く世界全体を見渡して計算した計画ではなかった。日本はアメリカの奥知れない大きな実力を知らなかった。そしてこの時ですら、まだヒトラーの率いるドイツが、ヨーロッパを征服するだろうと思っていた。
〜中略〜
そして日本はこの大ばくちによって、ついに国を滅ぼすことになった。

一四 インド洋に進出する日本軍(p.214)

日本という国への理解という点で言えば、終戦直前の無条件降伏の打診について、トルーマンとの意見の相違がこう書かれています。(これがトルーマンではなくチャーチルの言い分であることは忘れてはならないですが)

しかし、私は、もし日本軍に対して「無条件降伏」を押しつけるならば、アメリカ国民やイギリス国民の生命を、大いに犠牲にしなければならないということを告げた。なんとか将来の平和と安全のために必要な条件を認めさせ、その上でその他の必要な要求を認めさせて、日本軍の名誉を生かしてやることと、日本民族の生きる道を与えてやることを考えているべきだと、私は思った。これに対してトルーマン大統領は、真珠湾を奇襲攻撃した日本軍に、軍事的名誉などというものは、全くないとそっけなく答えた。

一九 日本、敗戦へ(p.281)

『菊と刀』に見られる米国の情報収集の姿勢に見られるように、戦うにはまず戦場や敵方の情報が何よりも重要ですが、その意味でイギリスの諜報機関の優秀さや、チャーチルがそれを正確に把握し自身の判断に適用する能力の高さにただただ圧倒されます。

ちなみに「日本は大風呂敷を広げすぎたよね」という日本の失敗に対する感想も、帝国主義を否定していない点で、現代であれば英国首相が表向きには言い得ない発言でしょう。

ひとつ一つの文章に、当時の時勢が反映されていてとても興味深く読めた本でした。
ヒトラーの容赦ないヨーロッパ侵攻、劣勢だった連合国の巻き返し、スターリングラードの攻防、ノルマンディー上陸作戦を経て、独裁者の最期までの経緯もわかりやすく読めました。
抄訳でも面白かったですが、こうなったら全文も読んでみたい!

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