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【短編】ちょっぴりドジだけど、心優しい吸血鬼少女の恋物語


かくしごと


私はいま、人生最大のピンチを迎えている。

彼に私の正体
〈吸血鬼であること〉
がバレそうなのだ。

天体観測が趣味の彼とは、
夜、一人で〈食料〉を探し歩いていたときに出会った。

彼の何かに惹かれたのか……
幾度かの逢瀬の末、付き合うことになった。

ヒトと付き合うのは別に珍しいことじゃない。
私だって吸血鬼のお母さんとヒトとの間に産まれた。

吸血鬼は世間で言われているような、
血を吸った相手が吸血鬼になったり、死んだりすることはない。

吸血鬼は遺伝だ。
子供をつくれば、もれなく吸血鬼が生まれてくる。

大体、世の中の吸血鬼の認識はデタラメばかりだ。
十字架やニンニクが弱点?

私が苦手なのは、人ゴミとカリフラワーだ。
杭? そんなもの打ち付けられたら誰だって死ぬでしょ
アホか。

……いけない。
すっかり話が脱線してしまった。

そう、私はいまピンチなのだ。

夜な夜な外を徘徊する私を、彼は疑っている。

「決して正体を明かしてはならない」
というのがお母さんの口癖だった。

血が吸えない時期が続くと、めっちゃネガティブになるお母さんだったが
普段はとても優しく、吸血鬼としての生き方を教えてくれた。

「クレバーになりなさい」

覚えたての横文字を、何かと使いたがる人でもあった。

そんなお母さんの教えの一つ
〈天体観測が趣味〉
という言い訳も、本職の彼には通用しない。

全然詳しくないのがバレてしまっているからだ。

とにかく今は、彼が私に向ける疑いを晴らさなくてはならない。
幸い、私にはお母さんから授かった切り札がある。

「ねえ、もしかして……」

彼がそう言いかけたとき、私はそれを遮った。

「私、妊娠したみたい」

彼は、電池が切れた時計の針のように、ピタリと動かなくなった。

どうだ。これぞお母さん直伝〈赤ん坊爆弾〉
ごまかしの最終兵器。

実際、妊娠はしていないけれど
頃合いをみて流産したと言えばいい。

「バツは悪いけど、正体を隠す為ならあらゆる行為が正当化されるわ」

ネガティブモードのお母さんは、自嘲気味に言っていた。

さあ、この突然の妊娠発言
10代の男の子には対応しきれまい。

長い沈黙の後
彼はようやく口を開いた。

「なかなか言えずにいたことがあるんだけど……
 俺、無精子症なんだ」

・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

いま、なんて? 無精子症?
それってつまり、子どもが出来ないってこと?

「やっぱり、浮気だったんだ」

浮気!?

し、しまった。
自爆した。

まさか〈赤ん坊爆弾〉が地雷だったとは。

「ち、違うの!」

「いいんだ、薄々気づいてたから」

彼はそう言って、自虐的に笑った。

やめて
その顔は、ネガティブモードのお母さんの顔だ。
その顔を見ると哀しくなる。

誤解なの。
ごまかそうとしただけなの。

私は……吸血鬼なだけなの。

どうしよう、お母さん。
こういう時、なんて言えばいいの?
どうごまかせばいいの?

「ウソがバレそうになった時は、ウソを重ねればいいの。
 そうすれば最初のウソがごまかせるわ」

お母さん、たぶんそれ最悪の結果にしかならないよ。
クレバーのかけらもないよ。

ううん
それ以前に、子供が作れない彼に
私は「妊娠した」とウソをついて傷つけてしまった。

このウソは、本当に正当化してもいいウソなの?

「誰の子?」

一時間ほど押し黙っていた私に、彼は聞いてきた。

「……誰の子でもない。だってウソだから」

お母さん、ごめん
私、初めてお母さんの教えに背くね。

ねえ、私……
吸血鬼だって言ったらどうする?


おわり


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