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冒険ダイヤル 第5話 絶対に損しない恋 

それからふたりで一晩中おしゃべりをした。
絵馬はつい最近男の子につきあってほしいと告白されたけれど断ったという。
「ルイ君よりきれいで優しくて努力家でおもしろい男の子なんて他にいないんだもん。リアルで彼氏作ったって、がまんして尽くしても無駄になったりするよね。それと違ってルイくんは何も求めてこないから」
ルイ君というのは絵馬の推しているアイドルだ。
「でもエマちゃん、グッズにお金かけたりするでしょう」
何も求めてこないが代償はそれなりにある。
「それは毎日幸せな気持ちにしてくれるから払うお金だもん。ルイ君が努力してるみたいにあたしも努力すれば人生楽しいことがあるのかもって思わせてほしいの」
「つきあってなくても幸せが感じられるの?」
「当たり前じゃん。動画とかコンサートで見るだけで伝わってくるもん。おかげで肌がきれいになるし、メンタルケアされるし、振り付け真似したくてダンスしたら健康になったよ。ルイ君の好きなものを知りたくて勉強もするし。自分を磨くための投資みたいなもんよ。絶対に損しない恋なのよ」
わかるようなわからないような。

損しないという言い方には違和感があったが、どこがどういう違和感なのか説明できない。深海は恋についてなんて深く考えたことがなかった。ドラマや漫画と違って自分にはあまり嬉しくないものだろうと想像している。
それはそうとして絵馬がアイドルに傾ける情熱は深海にはないものだったし、自分を磨くためという意外に真面目な考え方が前向きで好きだなと思った。
「エマちゃんは恋愛よりも自立がしたいんだね」
「そう、それ。ふーちゃん、いいこと言った」
絵馬は鼻をふくらませた。

「エマちゃんはときどき恋愛相談に混ざってるけど、どうやって話を合わせてるの?私はああいうのにうまくついていけないんだ」
「恋愛を語る時はみんな自分が主人公になっちゃうからね。ふーちゃんは自分を脇役だと信じてるタイプだから共感できないのかなあ」
「恋愛する時は主人公みたいな気持ちになりきらないといけない?」
「うん。客観的になったらおしまいだから」
「じゃあ自分に対して客観的な性格の人は恋ができないってこと?」
「だろうね」
「そういう人でも大人になれる?」
「なれるよ。なんで?」
「恋愛を知らないのは子供っぽいって言われたから。私も会話に入りたいなって思うんだけど、好きな人の性格分析とか、気に入られるファッションとか、心をつかむテクニックみたいな話がピンとこないの」
「あれはペット自慢を聞いてる感覚で相手すればいいんだよ。しつけ方とか育て方とか研究してる飼い主みたいなもんだよ。苦労して世話してるんだね、可愛くてたまらないんだねっていう角度からほめてあげればいいの」

深海が絶句しているのに構わず絵馬は付け加えた。
「恋愛テクニックの話をする子は、だいたいみんなそんな感覚だよ。何か成功する方程式が欲しいんじゃないの?恋愛ってほぼほぼ期待通りにはならないじゃん。だからペットみたいにちゃんとケアすれば報われるって信じたいのよ。方程式からはみ出るところをみんなで塗りつぶして仲間意識を育んでるの。聞いてるとけっこうおもしろいよ」
「エマちゃんて毒舌だったんだね」
絵馬は唇をとがらせて「ふーちゃんだから話したんだよ」と言った。
それから枕に半分埋もれて「あたし、本当は恋なんかどうでもいい。ずっと励ましてくれる人がいれば、恋人でなくてもいいんだ」とつぶやいて、深海がデコってあげたカードケースに頬ずりした。ルイ君の写真は深海の編んだ花飾りに囲まれてあでやかに笑っていた。
夢見がちなのか現実的なのか、親友なのにわからないところがいっぱいある。だけど絵馬と話していると時間が経つのも忘れてしまうのだ。

   *

夏休みの終わる日、深海は静かになった部屋でノートを開いた。一番最後のページにはたった一行だけのニュースが書いてある。

〈芦名魁人は世界一周の旅に出る〉

残っているのは白いページばかりだ。フェイクニュース・ノートはそこで終わっている。
 
   *

あの日、夕ご飯を済ませてテレビを見ていたら魁人が家を訪ねてきた。こんな時間になってから来るなんて珍しいなと思いながら玄関先に出ると、彼がフェイクニュース・ノートを持って立っていた。
「おれの番が終わったから、次はふかみの番。ゆっくりよく考えて面白いのを書けよ」
風呂の後で乾かさずに来たのか、魁人の髪は濡れてぺしゃんこになっていて彫りの深い顔立ちがますます際立って見えた。
五年生の三学期、ノートを書いているのは駿と魁人と深海だけになっていた。携帯電話を持つ子が増えたせいで持っていない子との距離ができ始めていたのだ。携帯電話でメッセージを交換するのに夢中になった子たちはノートを開かずに回すようになった。段々と参加者が減り、ついに三人だけになったのだ。残念でないといえば強がりになるが、深海はそれでもけっこう楽しんでいた。三人だけの交換日記に変わっただけだと思えばどうということもなかった。

「頭乾かさないと風邪引くよ」
深海はそう言ってタオルを貸してあげた。ダウンジャケットを着てマフラーを巻いているくせに髪が乾いてないなんてどうかしている。どうしてこの時間にわざわざ自分のところへ来たのだろうと少しひっかかるものがあったが、いつものように魁人はアニメやゲームの話を陽気にしゃべり、いつものように深海も適当に返事をして、スキップで帰っていく彼に向かってじゃあねまた明日、と言って見送った。

翌日、彼は学校に来なかった。
風邪をひいたのかなと思っていたがなんだか変な胸騒ぎがして、放課後に彼の家に行ってみた。インターフォンを押しても誰も出ない。裏から声をかけてみようと思って車庫の脇を通ったら車がなかった。いつも車庫の中にある魁人のスケートボードもないのが気になった。勝手口をいくらノックしても返事はなかった。
家族ぐるみで世界一周旅行に出たんだったりして、などと思ったがフェイクニュース・ノートには嘘しか書かないおきてなのだからそんなはずはないだろうと自分に言い聞かせた。
一週間たっても彼は学校に来なかった。

いろんな大人が魁人の家を調べに出入りした。
魁人の一家は誰にも何も言い残さずに消えてしまったのだ。あれこれと噂が流れたが確かなことは伝わってこなかった。
いなくなる前の夜に深海の家にノートを渡しに来たことを聞き、最後のページを見た駿は怒り狂った。
「なんでおれじゃなくてふかみのとこへ行ったんだよ。どうしておれに何も言わないんだよ」
駿が大きな声を出すことはめったにないのでぎょっとした。
「おれだったら魁人がいつもと違うってわかったのに」
その後の表情で駿が自分自身の言葉で傷ついてしまったのが見てとれた。
「ごめん、言い過ぎ」
駿はすぐに謝って、下を向いた。足元の地面に涙がぱたぱたと落ちた。

彼はノートを深海に押し付けて、それ以来ノートのことも魁人のことも話さなくなった。それどころか中学校時代の駿はほとんど友達らしい友達も作らず、以前より無口になった。
深海はノートを机の引き出しの一番奥にしまいこんだ。

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