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病院の「組織文化」を考える

 前回は、職場の雰囲気を推測するコツとして、上長の「ソーシャルスタイル」について書きました。自分と上長のソーシャルスタイルの違いを知って円滑な対応に利用しようというものですが、今回は人間関係で作られる「職場の雰囲気」ではなく、組織のポジショニングから作られる「組織文化」について考えます。

その「病院文化」をどこまで許容できる?

 「組織文化」とは、院内で共有されている価値観や信念、行動規範のことです。「職場の雰囲気」はメンバーの交代で変わりますが「組織文化」は構造的で変わりにくいとされます。転職では、相手先の「組織文化」を知り、どこまで許容できるのかを考えることが大切です。

 実際に働くと「仕事内容より病院文化の違いのほうが大きい」という声を聞きます。特に、急性期から回復期病院や後方支援のケアミックス病院へ転職された先生は、その違いに驚かれるようです。

 急性期は緊急度や重症度が高い患者さんが搬送されてくるので、迅速な診断と対処が必要です。さらに各科との緊密な連携は不可欠です。
 一方、回復期のゴールは、患者さんの在宅復帰とアウトカムです。現場ではセラピストなどのコメディカルが前面に出ており、患者さんに「先生」と呼ばれています。さらに地域の福祉サービスとの連携も重要です。このため権限を医師に集約せずに、スタッフの自主性や参加意識に重点を置いた組織文化が育まれています。

 急性期は院長や部長など医師が強い権限を持ち、スタッフはその指示に従って、速やかな治療を行う組織文化ですが、回復期は医師に「権限」を集中せず「協力関係」の高い組織構築を意識しています。権限が分散されるので急性期がデフォルトの医師は少し違和感を覚えます。

 病院ポジションにより「権力の集中・分散」「協力関係の濃淡」の2軸が変化し、組織文化に差異が生まれています。これを説明するのに手ごろなのが、英国の経済学者チャールズ・ハンディの研究です。

ハンディの組織文化について

 ハンディの研究は、病院組織の特徴や問題を理解する上で参考になります。組織文化は、権力の集中度合いと、職場内の協力関係の2軸の組み合わせで説明されます。
 縦軸の権力の集中が高いほど、リーダーが重要な決定を下し、指示します。横軸の協力関係が高いほどチームとして活動し、低いほど自分の成果や興味を追求する文化になります。ハンディは、この2軸によって4つの組織文化タイプを提唱しました。それぞれに特徴的な名称をつけています。以下にそれぞれのタイプとその特徴を紹介します。

Handy's Model of Oraganisational Culture

【権力文化】
 権力の集中が高く協力関係も高い、右上の象限が「権力文化」です。
強いリーダーが意思決定や行動を握る組織形態で、意思決定が速やかで統一性があります。その一方で、リーダーの意向に反すると、自分の考え方や意見が抑制されたり、新しいアプローチやアイデアが制限されることがあります。リーダーの質や判断に依存している文化です。

 ここでは権威に従いつつ、素早く状況に対応して協力関係を築きながら成果を上げることが求められます。適応が難しいのは、自分の考え方や意見を大切にし、新しいアプローチやアイデアを重視するタイプの人でしょう。
この組織文化は、オーナー主導型の急性期病院や、教授の権威が強い医局・講座がその典型例です。

【役割文化】
 権力の集中は高いが協力関係は低いのが、左上の象限の「役割文化」です。「官僚文化」と訳されることもあります。
 階層構造が明確で、役割ごとにルールや手順が与えられる「縦割り」の組織です。個人の能力や個性よりも、役割や職務に基づいて評価されます。役割文化は安定した環境で、一貫性のある医療が提供されます。

 定められた役割や手続きに従いつつ、課題や変化に対応できる人は、役割文化で活躍できます。一方、前例主義や保守的な考え方が支配的で、主体的な行動やイノベーションを起こすことは難しい文化です。変化や革新を好む人は息苦しく感じるでしょう。
この文化は、公立病院や公的病院、事務部門が診療部門を統括している大きな医療法人がその典型例です。

【仕事文化】
 権力は分散していますが、協力関係が高いのが、右下の象限の「仕事文化」です。「タスク文化」とも訳されます。
 プロジェクトベースで仕事をする組織であり、目的に応じてチームを編成・解散します。柔軟性や革新性が求められる状況に強い組織文化です。ここでは、チームワークやコミュニケーションが重視されます。

 新しいアイデアや解決策の提案力が高く、外部にも協力関係を築いて成果を出せるタイプは「仕事(タスク)文化」で活躍します。高い自己管理能力も求められます。適応しにくいのは、自分の仕事に一貫性を持ち、プロトコル重視で、他人に仕事をかき回されたくない人です。
 回復期リハビリ病院や大学の寄付講座、研究施設が典型例としてあげられます。

【個人文化】
 権力は分散型で協力関係が薄いのが、左下の「個人文化」です。
専門家が集まったゆるやかな組織形態で、個人の自己実現や成長が最優先されます。忠誠心や所属意識は薄い傾向にあります。デザイン事務所や弁護士事務所などがその典型例とされます。

 個人に干渉せず、自由や選択肢も多くて多様性のある組織ですが、統一性や一体感が欠けやすく、方向性もバラバラです。場合によっては内部対立もあります。患者中心のチーム医療を重視する病院では完全に該当しませんが、急性期やリハビリ病院を除く中小病院や、手術を行わない公立・公的病院で類似性がみられます。

転職先が「個人文化」だったら?

 医師は、大学病院か公立・公的病院からキャリアが始まるのが一般的です。このため権力文化や役割文化のなかでキャリアを積みます。医師が転職でギャップを感じるのは、医師の権力が分散傾向にある組織文化の病院(回復期・慢性期)に転職した場合です。
 実は、全体の7割近くを占めているのが急性期以外の200床以下の中小病院です。回復期リハビリ病院を除くと、ほぼ「個人文化」と考えて差し支えありません。

 このような中小病院は、スタッフ間の距離が近く、経営側の意向もダイレクトに伝わるため「権力文化」と考えがちですが、むしろ「集権化」が難しく、理念やクレドで同質性を求めています。
 協力関係が低いため、医師個人にも干渉しませんが、院長が放任型なら職場で「ローカル・ルール」「マイ・ルール」が生まれやすい傾向があります。看護部の平均年齢も高いので「急性期と同じようなスピード」は期待できません。

 転職にあたっては、以上の組織文化の特徴を踏まえて判断します。
転職で重要になるのは、事前に責任分担とルールについて確認しておき、コミュニケーションやフィードバックの機会があるところを選ぶことです。できるだけ「違和感の少ない」職場を探し、その病院文化をどこまで許容できるかを考えておきましょう。



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