続いてる映画


 男は燕脂色のビロードで包まれた席に腰を下ろした。周囲を見回す余裕は無く、一心に前方を見据えている。男の前方には乳白色のスクリーンがあった。
 今日の試写会にも多くの人が訪れているのだろう。だが他人の関心など男には関係がなかった。特に今作は。
 館内の照明が落ち、暗闇に包まれる。前方のスクリーンに映像が映し出された。
 
 

 高校生くらいの男の子の顔がアップで映し出される。カメラは徐々にフェードアウトしていき、全体が映し出された。一見、物置のように雑然と物が散乱している教室に3人の男の子が車座に話しあっていた。先ほどアップにされた男の子の手にはフィルムカメラが握られている。
 自分たちでショートフィルムを作成し、文化祭で発表する。彼は立ち上がると拳を握り宣言した。残りの2人はまばらに拍手する。 

 で出演者は?
 僕らさ!
 え?3人だけ? 
 そう!

 かくして映画撮影は始まったようだ。彼らなりにメイクを学び、編集で特殊効果を学ぶ。種々様々な問題に葛藤し、時には仲間と仲違いするが最後はどうにか公開に結びつく。
 映画館のように装飾した視聴覚室に、彼らの撮った初作品が投影されている。座席は満席だった。映画はお世辞にも面白い作品では無かった。ではなぜなのかというと、答えは背景だった。
 撮影許可の折衝が苦手な彼らは限られた場所でしか撮影できず、大半のカットを同じ場所で撮影した。そのため当時彼らの街では珍しかった高層ビルの工事現場が背景に写り、物語が進むと同時に進捗具合が早送りのように見ることができるという噂が広まり、各回満席となっていた。
 観客が自分たちの映画が面白くて見に来ているのではないと解っていた。しかし最初にフィルムカメラを持っていた少年の心は、言い表すことができない興奮に包まれていた。紅潮した少年の顔がズームアップされた。かと思うと、今度は逆に引いていく。次第に画面には紅潮した少年の顔が映るパソコン画面が映し出された。
 
 

 カメラが振り返ると、30代前半くらいの男の顔がアップで映る。男は熱心にパソコンと向き合い編集作業をしている。オフィスの窓には黒一色の中に黄色く光った三日月が浮かんでいた。
 彼のデスクに若い男性が近づく。彼は慌てたようにパソコンの画面を変え、別の編集画面を表示させる。画面の中ではライトアップされた木々の間で、若い男女が抱擁をしていた。

 監督、編集が一段落したので今日は帰ろうと思います 
 そうか、わかった、おつかれさま 
 お疲れ様です

 一人残された彼は、オフィス内を見渡す。壁と言う壁は映画の宣伝広告で埋め尽くされていた。色とりどりの広告だが、必ず若い男女の顔のアップが掲載されている。二人抱き合っているものも多い。
 彼は苦虫を潰したような顔をし、パソコンの電源を落とした。オフィスの電気を消し、駅へ向かう。
 電車内をふと見上げると、彼のオフィスと同じ広告が吊るさてていた。美男美女のアップ。俳優の名前がデカデカと書かれている。

 今度の映画みる?
 ○○君の映画?見にいくにきまってんじゃん
 さすが!
 でも相手役が微妙じゃない?
 わかる
 原作そのままだといいな、

 前に立つ女子高生達が同じ広告を見上げながら話している。振り返ると暗闇に沈んだ街灯が、車窓に朧げながら写っている。同時に吊り革を掴んでいる自分の顔も薄ぼんやりと写っていた。久々に自分の顔を見たような気持ちになり、こんなに老け込んでいたことに軽くショックを受ける。
 俺やりたかったことはなんだったか。
 オフィスと中吊り広告にあった映画はそこそこ成功した。興行収入も大成功とは言えないが、失敗とも言えない額だった。完成披露挨拶がニュースに取り上げられもした。主演の二人のコメントのみだったが。
 彼は公開から数日置いてプライベートで映画館に足を運んだ。エンドロールの最後にスクリーンサイズからすると小さいが、他のスタッフよりは大きく映し出された自分の名前を見た瞬間、無意識に俯いてしまった。両手で抱えていた、間違えて二人前サイズを購入してしまったポップコーンの容器は空になっていた。
 それから少しすると、前回と同じ出版社から新しい映画化の話が来た。前回同様、漫画原作で女子高生にかなり人気の作品らしい。彼は丁重に断りを入れた。担当者は最初こそ引き攣った笑顔混じりに交渉し続けてきたが、最後は激怒しながら帰っていった。
 次の日にはスタッフを呼び出し退職金を手渡した。驚くスタッフに彼は自分の夢を語った。誰の共感も得られなかったが、彼を鼓舞するには十分だった。
 熱弁する顔がズームアップされる。頬が紅潮し、朧げながら目に輝きが灯っている。画面いっぱいに彼の顔が広がると、徐々にズームアウトされ、彼の顔が投影されているスクリーンが映る。画面はズームアウトし続け、スクリーンの前に長机を2つ並べた会議室が映し出される。
 
 

 彼はスクリーンの隣で熱弁している。机には男性が3人、まばらに座って話を聞いていた。彼の話が終わると3人が同時に席を立った。そのうちの1人が机の資料を整えながら話しかけた。

 正直、はっきり言うと全然面白くなさそうなんですよね。表現したいことも、観客に訴えたいこともわかりましたよ。ただどういうところが面白いかがわからない。今の段階で面白いと思えるところが無いとってことは作品も面白くはならないでしょう。面白くないものをお客は金を払ってわざわざ見にこない。誰も見ない作品にお金は出せませんよ。

 喋り終わった男は、携帯で誰かに電話をかけながら部屋を出ていった。机には彼が作成したプレゼン資料が3部とも残されたままだった。
 場面はオフィスへ変わる。先ほどのオフィスよりも全体的に古ぼけた、広さも四畳半ほどしかない、小さな部屋だった。壁を覆い尽くすほどあった広告も今は一枚もない。代わりにカレンダーが1部吊るされている。
 彼は部屋の真ん中で一人、パソコン画面を凝視している。傍には特殊効果と書かれた分厚い本がいくつも積まれていた。十五秒ほどの短い動画を編集している。三十分ほど編集作業を続けた後、軽く背伸びをするとパソコン画面を切り替えた。
 今流行りのクラウドファンディングサイトの名前がデカデカと映し出された。ページをスクロールすると過去の成功者たちの助言が所狭しと流れ出る。かれこれ何十回と読み返してきた偉人達の声。再読するたびに自信が無くなっていく。実名を出しているにも関わらず、もし設定金額に達することができなかったら。湯呑みに残った茶渋くらいの過去の栄光さえ綺麗さっぱり無くなってしまうかもしれない。そんなことを考えると二の足を踏んでしまう。
 勇気が出なかった。ただワンクリックするだけの勇気が。コインの裏表に頼ろうかと考えた。けれど本当にそれでいいのだろうか。自分のやりたいことを運に任せてしまっても。失敗した時の言い訳としては申し分ない。だが成功した時は?その成功を本当に喜べるか?喜べてしまうかもしれない自分が嫌になった。いや、やはり最後の決断は自分で決めたい。自分の人生だ。自分への言い訳はもうやめよう。
 アップロードボタンをクリックすると、もったいぶった演出など何もなく、ただただ画面が更新された。こちらの感情など意に介することもなく。
 一息つくとデスクから離れ、キッチンでお湯を沸かしコーヒーを淹れる。もう不安感は無くなっていた。その代わりに緊張、興奮、焦り そんな感情が全てない混ぜになった気分だった。マグカップに注いだコーヒーを片手にリビングへ向かう。
 デスク上のパソコン画面は先ほどアップロードした画面のままだった。一つ違った点は、0人だった応援者が1人に変わっていた。
 男はテレビ台にしまっているDVDプレイヤーを動かす。表面が何も記載されていない無地のものだ。DVDを挿入するとすぐに映像が映し出された。
 画面には男が一人、こちらに背を向け立っていた。
 
 
 男は燕脂色のビロードで包まれた席に腰を下ろした。周囲を見回す余裕は無く、一心に前方を見据えている。男の前方には乳白色をしたスクリーンがあった。
 今日の試写会にも多くの人が訪れているのだろう。だが他人の関心など男には関係がなかった。特に今作は。
 館内の照明が落ち、暗闇に包まれる。前方のスクリーンに映像が映し出された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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