男と女はお互いの悪徳受け入れるべきー男女平等の条件ー3(後編)


 現代の女性たちは、マスメディアの感化により、大半の人がうっすらとフェミニスト化している。しかし男尊女卑時代以来の女性にとって都合のいい価値観は、すべて残したままだ。いわば男尊女卑の女と、フェミニストの嫌なとこどりをしてしまっている状態で、すると、こういうありえない嫌な女ができあがる。

 女と男は、人間と人間の関係から(正確に言うと大人と子供)、ご主人様と下僕、いや、ヘタしたらドレイの関係になってしまったわけだ。


 そして、やはりここでも男たち自身もフェミズムに洗脳されてしまっていて、こういう理不尽にまったく気つ”けず、このデタラメを唯々諾々とうけいれてしまっている。


 しかし何らかの違和感のようなものは感じているはずで、それは、男と女のあいだの悪徳の忍耐の公平、ということが成立していないからなのだ。だから若い男たちは、どんなにがんばって女性たちといても楽しめず、何か釈然としない。


 男は女の悪徳を受けいれなければならない

   女は男の悪徳を受けいれなければならない


 これが基準であり協定だ。


 だから男たちは、男の悪徳を受けいれない女には、女の悪徳を受けいれる必要などないし、女たちが、女の悪徳をムリヤリ押し付けてくるのなら、男たちも男の悪徳を、その分だけムリヤリ女に押し付けたらいい。男たちが一致団結して要求しなければ、このデタラメな状況はいつまでも続いていくだろう。


 この女性のフェミニスト化は、先進国だけに見られる現象だ。いわゆる後進国の女性には、この傾向はあまり見られない。例えば中国人女性なんかと接すると、もうのびのびとした開放感のようなものが味わえる。

 

 女性といるのって、こんなに楽しかったっけ?

 

 こんな感じがする。海外在住の日本人男性ブロガーなんかにも、ちょくちょくこういったことを言う人がいる。


 あの、今どきの若い日本女性といるときに味わう、息の詰まるような感じや、サイズの合わない服を着ているような違和感、妙な屈辱感のようなものが、中国人女性といるときには感じない。これは理不尽な人間関係につきものの感覚で、公平な人間関係にはまずないものなのだ。パワハラ上司と部下の関係を思い浮かべたらわかりやすい。


 これは昭和の女性たちと同じで、中国人女性は過激なフェミニズム思想を刷り込まれていないから、男に対する敵対意識がなく、男の悪徳を自然に受け入れてくれるからだ。中国人女性とは、悪徳の忍耐の公平が成り立つわけだ。これは東南アジアの女性なんかもそうだが、彼女たちにはフェミニズムの影響が少し見られる。


 世界中で悪評紛々の中国共産党だが、こと男女の対立をもたらす退廃思想である、過激なフェミニズムの侵入を防ぐという点では、優れた仕事をしている。まあ、独裁政権ゆえだろうか。(それともここが発信源?)


 若い男性たちには、一度アジアの女性たちと接してみることをおススメしたい。男としてあの開放感を味合わないのは、ちょっともったいない。一度もセックスしないで人生を終えるようなものだ。


 もちろん日本人女性にも、まともで魅力的な人というのはいくらでもいる。だが大半の女性は、うっすらとフェミニストなのだ。フェミニストと一緒にいて楽しい男なんて、いないだろう。なぜならそのフェミニズムとは、ミサンドリーフェミニズム(男性差別の女性優遇主義)で、男にとって、憎むべき敵対思想でしかないからだ。


 本来愛すべき対象であるはずの女性たちの心の中に、男に対する敵対思想が刷り込まれていて、どうしても愛せない、いや、嫌わざるを得ないという、悲惨な時代にわれわれは生きている。


 



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