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外国人の悩みを知り、浅はかな自分を恥じた #挑戦している君へ

「外国人を採用する目的が、日本企業のなかで不明ではありませんか?」

中央アジア出身の彼は、流暢な日本語でそう問いかけた。受講者は、え?という表情で身を乗り出す。

「外国人をなんのために採用するのか。多くの企業がそれをはっきり決めていないように思えます。これは、日本企業が抱える課題の1つではないでしょうか」

そう言いながら、彼はスクリーンに次のスライドを映しだす。

日本企業が外国人を採用する目的は?
1. ダイバーシティ(多様性)を目指すため?
2. 人件費削減のため?
3. 優秀な人材が欲しい?
4. 将来、外国で活躍させたいから?


「この目的がはっきりしないと、日本企業で働く外国人はとまどい、とても悩みます。およそ10年間、私自身がそうでしたから」

受講者はスクリーンをじっと見つめ、彼の次の言葉を待つ。

2ヶ月ほど前、多文化共生セミナーの案内が届いた。講師が中央アジア出身のこの彼だと知り、すぐに申し込んだ。

彼と知り合ったのは12、3年ほど前。国際交流活動を通してだった。

我が家はホストファミリーとして、彼と同じ中央アジア出身の留学生を受け入れたことがある。その事実が、彼との距離を少し縮めたのかもしれない。偶然にも、わたしの友人が彼のホストファミリーだったので、彼の近況を耳にする機会も多かった。

留学先として日本を選び、日本の大学を卒業した彼は、母国に戻らず日本の大手企業に就職した。約10年前のことだ。

その彼が、『日本で働く外国人の1人として本音を話す』という趣旨の講座を開くと知り、友人と参加した。

「私は日本の大学で経営学を学んだので、会社ではマーケティングの仕事をしたい、と熱意をもって入社しました。でも配属された部署は、経営とは関係ない部署だった。残念というより、ビックリしました」

「どうして大学の専攻とまったく違うところに配属されるんだろう?そう思い周りの日本人にたずねると、それは日本の企業ではよくあることだと言われました。驚きましたね」

「外国人が、日本企業のこの配属システムを理解するのは難しいです。大学で勉強したことをすぐ仕事に生かせないことに、ジレンマを感じました。自分のキャリアパスが見えなかったからです」

彼はスライドを使い、プレゼンを続ける。

日本企業で働きだして感じたこと、異国での葛藤、日本で生活している外国人としての悩みなど、話は多岐にわたった。(注:個人的に外国人という単語は好きではないが、彼が自分のことをそう呼んでいたので、便宜上ここでもそう呼ぶ)

それらの多くは、日本で暮らすわたしには当たりまえすぎて気づかなかったこと。

わたしが『そういうもんだよねぇ』と思っていたことが、彼にとってはクエスチョンマークの嵐だったそうだ。

日本で大学生活を送り、日本語を流暢に話す彼でも、日本企業の常識は驚きの連続だったという。

今でこそ外国人を採用する会社は増えたが、彼が入社した10年前は外国人を雇う企業は少なかった。外国人を受け入れたものの、どう扱ったらいいのか企業が分からず、多くの行き違いや問題が起こったそうだ。

「私の場合、特に入社後1、2年が精神的に1番キツかったですね」

彼は社内で数少ない外国人社員として、少しでも外国人が働きやすい環境を求め、会社に何度も何度も働きかけた。

【日本の会社に入ったんだから、日本人のように働いてもらわないとね】

言葉にはしないけれど、そんな雰囲気を周囲から感じとったのも、1度や2度ではなかったという。

それでも彼はめげなかった。

自分だけではなく、今後この会社で働く外国人のために、外国人の後輩が少しでも働きやすくなるような環境を求め、会社にアプローチした。何年もかけて挑戦し続けた。

「心が折れそうになったことは何度もありました」

それでも彼を奮い立たせたのは、会社に対する深い愛情なんだろうとわたしは推測する。なぜなら、外国人が1つの会社に10年も勤めるのは稀なケースと言っていいからだ。彼自身もそう話していた。

「同じ大学を卒業した留学生仲間も、私の周りの外国人も、母国の友人も、ほとんどが3年くらいのスパンで転職します。だから、どうして10年も同じ会社で働いてるの?と不思議がられるんですよ」

外国人が働きやすい環境を、と何年も挑戦し続けた彼の熱意は、会社上層部を少しずつ動かす。

その会社は、社屋にイスラム教徒のための祈祷専用スペースを設置した。イスラム教徒は、勤務時間内でも祈祷室で礼拝ができるようになった(中央アジア出身の彼はムスリムです)。

その会社は、社員食堂でムスリムフレンドリーメニューを提供するようになった(ムスリムフレンドリーメニューとは、例えば、豚肉や豚肉由来の製品、アルコールは使用しない、食用肉はハラール認証商品とする、等)。

「こういったハード面は改善されやすいのですが、難しいのはソフト面、つまり、上司や同僚の意識改革ですね」

彼はそう言い、小さなため息をついた。

「私が日本の会社で経験してきた色々なことは、外国人の後輩に役立つはず、そう思ったんです。だから数年前に、あるネットワークを立ち上げました。今後日本で働きたいと思っている外国人留学生や、すでに日本で働いている外国人の悩みを聞きアドバイスしたり、情報をシェアしたりするネットワークです」

「そこに寄せられる悩みを見ると、日本企業で働く外国人の抱える問題が具体的に分かります。それらを解決するために活動しています」

彼は自分の勤める会社で変化を促しながら、ボランティアで外国人の『駆け込み寺』的な活動もしているというのだ。

なんてアクティブな挑戦者なんだろう。わたしは深く感銘を受けた。

日本企業で働く外国人が抱える悩み。

それらを実際に聞かなければ、わたしには想像のつかないものが多くあった。日本人ならサラッと見逃してしまうような事案もあり、自分の浅はかさを恥ずかしく思った。

そうか、彼らはこういったことで悩み、そういったことで心を痛めるのか。

気づきや学びの多い充実した2時間だった。講座終了後、彼に、とても素晴らしい内容だったと感想を伝えに行った。

「こんなに学びの多い話だから、企業の課長・部長クラスの人たちに聞いてもらいたいよね。そうすれば色々な面が改善されそう」

わたしがそう言うと、彼は

「実は、会社の管理職向けに講座を開こうと計画しているところなんです。ぼくのライフワークのようなものですね」と

さわやかな笑顔を見せた。

日本に生活の根をおろし、日本をこよなく愛する彼の、さらなる挑戦は続く。

彼は、わたしがこれからも応援していきたい人の1人だ。

Omad!

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