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大学卒業から数年、日常の些事に忙殺され、もはや書くこともあるまいと思っていたが、多少は…

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大学卒業から数年、日常の些事に忙殺され、もはや書くこともあるまいと思っていたが、多少はまだ食い気があるようなので。

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    文芸批評/暫しカラマーゾフ論をば。

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口惜しい時代

 かつて思想とは、吾々の生活というものともっと親しいものであったように思う。なにも思想なぞという喧しい響きのする言葉で語るまでもないものとして、厳然とわれわれの内奥にあったものなのではあるまいか。生活信条といってもいい、あるいは虫と言っていいかもしれない。めいめいに己の生活に対する信、あるいは不信というものがあって、「それが当節いうところの思想なのだ」と他所から言われ、納得したり、あるいは怒ったりしたりしている、こういうものではなかったか。  それは少なくとも、吾々がそこに

    • 随想

       この辺の山は鉄斎の仙郷図に似ている。俺はああいう絵の中にいるもののようにありたいと願いここへ来た、そんな気がする。だがどうにもいけない。黄梅の香に一時夢でも見はするが、はて俺は、どうしてこういう間抜けなことになったのか。そう独りごちては、最早他に為す術のない事にいちいちギョッとしている。  いずれ満足するだろうとは知っていた。だが、こうなると、それが満足ゆえなのか、やはり渇望ゆえのものなのか、いよいよ分別がつかなくなってきた。人にとって、足るをしるという事が如何に困難な事

      • 山頭火

         獺祭を期待していたのだが、ああいう商用の酒は寧ろ東京のほうがよく置いてあるということを当時は知らなかった。山口湯田は温泉街ということで立ち寄ったわけだが、とくにそれらしい記憶はない。駅舎の前に大きな徳利があったように憶えていたが、後で知ったには白いキツネのオブジェであったらしいから、ほんに狐につままれた気分である。汽車が駅に着いたのは時計が十九時を打ってからしばらく経った頃だったと思う。朝米子を発ってから出雲、益田を周ってここだ。尻の痛みに閉口していたのにつけて、宿の場所が

        • 道化の手紙<後朝>

           そう、僕はたしかに君の言うようにそんな人間ではない。君が僕をそういう風に言ってくれた事が僕にとってどれだけ幸福だった事か。  僕は君の言葉を反復しては、僕という人間を理解してくれる人間がたったひとりいることを噛み締めている。  これが全部冗談になったとしてもいい。君が僕をわかってくれているということだけで僕は生きている。生きながらえている。  昨日は真綿のような雪が降った。君は僕を真綿でくるむようにしてくれた。あとはなにも望まなかったのだが、君は僕を許してくれるでせう

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          道化の手紙 <夕餉>

          掌中に握られたる希望の 儚さ、重さに、 心のうち薫じられたるを嘆き 我が掌中のそれを握り潰すことをば能わず、 希望の希望たるをも疑いきれず、 私は私の意気地のなさに飲まれる。 雲なき夕餉にたよりのなさを映し、 父の手慣れぬを見れば、 私の心の頼りなさと、私のこころの健気とを垣間見る。 戻りて見れば 終なき饗宴! 顧りて見れば、 我早戻れず。 そうして居たれば、 嘆きもつのろう そうして居たれば、 いよいよ不幸だ! またして私は煙を喫む それも

          道化の手紙 <夕餉>

          道化の手紙 <後悔Ⅱ>

          ー反省はしないつもりだ。 だからこれは後悔であり、澱だ。 もう二度と還らぬを想って泣く。 そう、 ただ泣くという行為のために用意された記憶とは、 一体俺達にとつて耐えられる苦しみなのだろうか? 伊弉諾とて、 あの伊邪那美の死という悲劇に応接して得たものと言えば、 太陽と月と、 そして涙ばかりではなかつたか…… この場合太陽がなんだ? 月がなんだ? それぞれが悲しみと溶け合うばかりである! それぞれが、 この世が…… さてもいよいよ今となっては

          道化の手紙 <後悔Ⅱ>

          道化の手紙 <後悔Ⅰ>

           俺の生きていたところは夢であり、美であり、愉しみであった。大凡この世の者の享受できる幸福の極地を俺は知っていたし、それが他人様の他愛もない手付きによって絞殺されるに至るまで、俺の心はすべてを黙して受け入れる貪婪なプリズムであった。  寒々しき音立てるプレハブの小屋、斜陽の黄金の差し込む時刻、  俺は俺の幸福が他人の手にかけられたのを、幼気な、それでいてまるで穏やかな目つきで眺めていた。  もはや何も望むまい。何を願うでもない。だからひとつだけ、あの幸福の、たとえ似姿だ

          道化の手紙 <後悔Ⅰ>

          カラマーゾフの兄弟 試論 Ⅰ

          人であって環境の虜囚でない者はない。人はみな、自らの外部に充溢した問いへと応えようとする、一箇の感覚器に過ぎないのではあるまいか。 それに対して、自覚的か否かを問わず、「どれだけ抵抗しているか」が、ふつう人間の性格と呼ばれるものである。 この世に生まれるあらゆる悲劇、喜劇の類もまた、各人の持つこの変数と、用意された環境との函数に過ぎまい。この事に何らかの価値を付与し、意味を与えるものといえば、計算の結果を自在に左右し得る超越的な手捌きであり、それを吾々は神、あるいは悪魔と

          カラマーゾフの兄弟 試論 Ⅰ

          道化の手紙

           貴方は言った、「俺は書物に傍点を付し、この世界を理解しようとした。」と、そして貴方はこの窮余の一策によって俺の一切をどうにかしてしまったのだ。これは告白だ、貴方への、真率なる。真率なる……  俺は俺の孤独の意味を解さなかった、だがこれが俺の宿命であることには違いはない。悲しみは俺の唯一の伴侶であった。笑談である。こういう言葉はいかなる意味も持たない。  この身の誠実を考えれば考えるほど、俺はこの身の不誠実と衝突する。文士の捉え違いというものには俺はいつでも辟易としたもの

          道化の手紙