道化の手紙

 貴方は言った、「俺は書物に傍点を付し、この世界を理解しようとした。」と、そして貴方はこの窮余の一策によって俺の一切をどうにかしてしまったのだ。これは告白だ、貴方への、真率なる。真率なる……

 俺は俺の孤独の意味を解さなかった、だがこれが俺の宿命であることには違いはない。悲しみは俺の唯一の伴侶であった。笑談である。こういう言葉はいかなる意味も持たない。

 この身の誠実を考えれば考えるほど、俺はこの身の不誠実と衝突する。文士の捉え違いというものには俺はいつでも辟易としたものだったが、ついに俺が俺自身のなかでそういうものと面接せねばならなくなるとは。

 俺の孤独はいつだって孤独でないことへの孤独だ。俺は牢屋で天井板のシミでも眺めていたがマシな生き物として生まれたのだ。それは貴方に出会う前だってそうだった。それをいつまでも解することができなかったのは俺の精神の貧困であり、俺の悟性の失策に過ぎない。

 こうして俺は書物に傍点を付すことをやめばやとした。そうして俺は孤独を舐った。何、凡夫にとっての常を生きたまでである。それもまた俺にとってはのっぴきならぬ運動であったというわけだ。

 さて、俺はこうして天井板のシミをまた数えなおしている。また、そうありたいと希っている。だが、この試みもそう長くは持つまい。

 あの女の笑まひがすっかり絶えてしまったのだとしても。俺は俺の意志というものに信用がおけない。俺は俺の怠惰をすっかり信じ切っている。そうでこそあれ、天井板に苦しみを窶すわけだが、それでも俺には意志がない。

 マテリアリズムの夢は去った。イデアリストもまた楽園追放の憂き目にあった。ならばこれはどういうわけだ。インテリは死なない。それどころか全土を覆った。そら見たことかと貴方は云うか?いずれにしろ貴方の憂いは増すことだろう。俺のすべきは、ただただこの憂ひを飲み干すことだ。この呪詛に概して語るべきこともあるまいが、俺の言いたい事はこれだけだ。

 俺は“橋”というものを知った。それが既に俺が俺自身との交渉の中で得ていたものだということをすっかり教えられた。

 兎に角俺は、俺と他の間に橋が架かるのを見た。俺はその虜になった。そうして遂にその幸福の極めて稀有なことに俺は苛々している。この橋は虹のかかるよりも美しくかつモオタルである。俺はやはり誠実だ。この橋という経験をどうしても放擲してしまうことができない。

 俺はまたあの事を考えている。尤もこれは考えるに適する代物ではないのだから、俺はそうはなるまい。だが、物質的な現象だけがそれを可能にするとして、そこに投影されている観念の真実は、そっくりこの考えるという事の方にある。ならばやっぱり俺は本当にその言葉の意味を知っているという事なのかも知れない。

 古事記の神々を発明した、いや発声した古人らの心が、俺にも少しはわかってきた。結局そういう神を空想したところで、これっぱかりも安心なぞしなかったのだろうと。

 俺は祈っている。この言葉というものを俺が誠実に、ただ誠実に発声できるということを。意味の明瞭している言葉に用はない。俺はこの俺を生きるために言葉を誠実に生きたいのである。それが俺の詩魂だ。それがこの俺のつまらぬ亢奮の源泉だ。そうだとして、それだけなのだとして、俺は、俺は。

 俺はここに俺の錯乱を記す。

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