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ライバル(4)

第四章

 正理が自宅に戻った時、すでに日付が変わっていた。しかし、まだ処理すべき仕事が残っている。
 データをパソコンに転送し、指示を出した。
「データ整理とアポイントすべき人物のピックアップをお願いします」
 パソコンが処理を開始したのを確認し、風呂場へ向かった。
 シャワーを浴びながら翌日のスケジュールを整理する。
 常田にもう一度話を聞く必要がある。なぜ嘘をついたのか。佐々木千佳も要確認だ。
 週末に学校に来ていた学生たち全員に話を聞くのは非現実的だろう。茶土の研究室の学生からピックアップしよう。
 木戸の名刺がなぜロボットのマニュアルにあったのかも調べる必要がある。
 そして、たくやからの情報も重要だ。彼から直接話を聞ければ、一発で解決するかもしれない。
 風呂から上がると、パソコンはデータ整理を完了していた。
「事件に関係のありそうな人物をピックアップし、茶土先生の研究内容を五分で読めるよう要約してください」
 さらなる指示を出し、モニターの電源を切った。
「明日できることは明日にしましょう」
 独り言を言いながらベッドへ向かった。久しぶりに頭を使ったせいか、一気に眠りに落ちた。

 翌朝、朝食を取りながら前夜にまとめたデータを音声再生させる。
常田と佐々木の関係はデータだけでは不明だ。たまたま同じ時間に出勤しただけかもしれない。
 コンピュータが事件に関与している可能性が高い人物を数人ピックアップしてくれている。
 上位には常田や佐々木、才上といった名前が挙がっている。茶土自身が創作した事件という可能性もそこそこ高いらしい。
 そして、疑わしい人物のトップは木戸という男だと言っている。名刺の見つかった人物だ。
 とはいえ、今ある資料だけで判断するのは早計すぎる。トップの木戸でさえ、確率十五パーセントと算出されている。八十五パーセントは犯人ではない、と言っているわけだ。
 続いて、茶土の最近の動きを追った。
 二週間前に茶土は学会発表をしている。木戸は聴講者として出席していたようだ。その一週間後に茶土の研究室を訪れている。
 AIつまり人工知能も万能ではない。問題に対する解答の候補を提示し、確率が最も高いものを回答として返す。
 確率が百パーセントであることはほぼない。つまり、AIが回答したものが絶対、ということはあり得ないのだ。
 しかも今回は十五パーセント、判断材料にすらならない。
 そんなことを正理が考えている間にも音声は流れ続ける。パンをかじりながら聞き続けた。今は茶土の研究内容と成果に関する情報が再生されている。
 元々研究の相談に乗ることもあったので、大まかな内容は周知している。
茶土の専門はロボット工学だ。その中でも特にコミュニケーションロボットに特化している。
 コミュニケーションロボットといえば、かつてペッパーやロボホンといったものが世に出されてきた。
 コミュニケーションと言っても、質問に対して適切な回答をするくらいなものだった。
 その後生成AIの登場により、自然な受け応えという点では進化していったが、ロボットが感情を持つまでには至っていない。
 茶土の研究は人間のホルモンシステムを模倣し、オキシトシンやセロトニンといった物質によりロボットに感情を持たせようとしている。
 人工脳に人工ホルモン、そこにコンピュータを使用した人工知能が加わることで、感情を持つに至る。少なくとも茶土はそう信じていた。
 量子コンピュータの進歩で学習量と速度が飛躍的に向上し、茶土の方法は他の研究者を凌駕した。彼女のロボットは他者の研究成果と比べて、極めて人間に近い受け応えを示す、と要約されていた。
「どれだけ人間らしいかは、たくやさんと直接話してみないとわかりませんね」
 正理はこれまでオンラインでアドバイスをしてきたが、実際にたくやと対峙したことはない。初対面を前に自然と顔がにやけた。
 続いて防犯カメラ映像をチェックする。茶土個人の部屋と学生たちが机を並べる大部屋の映像がある。先に茶土の部屋の映像を確認する。
 魚眼レンズで部屋全体がはっきりと見渡せる。ロボットは茶土の事務机の横でずっと直立不動状態だ。もらった映像は茶土の帰宅直前からだから、シャットダウンされた後なのだろう。人間だったら疲れてしまうだろうが、電源すら切られている無機物に乳酸が溜まることはない。
 やがて部屋が真っ暗になり、映像は一旦そこで途切れる。人感センサで撮影開始されると聞いているので、次の映像は茶土の出勤場面であるはずだ。
 しかし、そこにはノイズの多い映像が流れている。暗闇の中で誰かが蠢いているのだが、暗所対応のカメラのためはっきりと人物が映し出されていた。とはいえヘルメットにマスクで顔は分からない。体型からすると男性だろう。中肉中背、外観にあまり特徴は見られない。この部屋のことを熟知している人物だろうか。
 ヘルメットの文字がくっきり見える。これは相当な証拠になる。まずはこのヘルメットの持ち主を探そう。
 カメラに近づいてきた。風呂敷のようなものを開いて、カメラに被せる。何も見えなくなった。電気が点けられたのだろう。ノイズレベルが下がった。
 風呂敷がかけられ動きがなくなったためか、ここで映像は終了している。続く一瞬間、真っ暗な画面が一秒もしないごく短時間表示された。灯りを消した状態で風呂敷を外したのだろう。
 次の映像に移ると大きな悲鳴が響いた。茶土の出勤場面のようだ。正理はこの場面と先ほどのヘルメットの男の場面とを何度か見返した。
 見返しながら首を捻る。何か違和感がある。違和感の正体は分からない。
ヘルメットの男が映っている画像とその他の画像はなにか違って見えた。
「暗いからノイズがひどいだけでしょうか」
 自分しかいない部屋で一人呟く。ノイズだけの違いではない気がする。もやもやしたまま出かける準備に入った。


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