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3人目のソムリエール

あらすじ


読書ソムリエなるソムリエール氏から突然ナルシスト、サルトル仮称のもとにダイレクトメッセージが送られてきた。
読書ソムリエvs中二病大工の戦いの記録。

ソローキンとサラマーゴを足して2で割って原型のないショートショート。

#ショートショート
#読書好きな人と繋がりたい
#小説好きな人と繋がりたい
#創作小説
#ナンセンス文学

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#3人目のソムリエール
 本を通して、本が好きな方々と色々な話が聞けたりするのも、様々な人生を送っている方々のエッセイから読了まで拝見するのも楽しい。僕自身、書くことも、読むことも好きだから。

 娘のリサ仮称が眠っている間、そんな風に下書きを書いていたら、妻のシモーヌ仮称が西友から帰ってきた。おかえり、シモーヌちゃんってどんなジャンルの本好きなん?と、僕はインスタグラムを開きながら聞いた。うーん、暗くなくて、わかりやすくストレートで、心の動きが伝わってくるやつかな、とシモーヌは答えた。例えば?と僕はさらに聞いた。例えばねぇ……。チェーホフさん、この前サルトル仮称に教えてあげたひとね。あとは、うーん…。あなたは嫌いかもしれないけど、日本人なら太宰治さんかな、女生徒。と、シモーヌは答えてくれた。自己啓発とか読まんよね、俺もシモーヌちゃんも。僕はそう言いながらずっと返信の来ないインスタグラムのダイレクトメッセージを見つめていた。そこにはお互いにフォローしていない見知らぬ同世代の男性、読書ソムリエール仮称さんからのメッセージがあった。『初めまして、サルトル仮称さん!本を通じて色々とお話ができたら!と思います。読書ソムリエール的に、自己啓発書をメインに紹介していますが、他のジャンルも知りたくて、お声かけさせて頂きました!普段はどんなジャンルを読んでらっしゃいますか?』そこで僕は、それぞれに好きな本のことを話し合えると思い、浮き足立ちながら、秒で返信したいのを堪えて、3時間ほど、話したい気持ちと戦い、3時間1分59秒後に、返信をした。『初めまして!読書ソムリエールさん。メッセージありがとうございます♪僕はジャンルを問わず、古典から現代まで小説も思想哲学や人文、経済哲学や音楽、絵画の歴史や芸術家たちの伝記などなど、好奇心から手当たり次第に読んでいます♬僕は中でもJ.P.サルトルを敬愛しています。小説は、アントニオ・タブッキやジョゼ・サラマーゴ、サン=テグジュペリ、ミヒャエル・エンデ、あと日本人ですと、志賀直哉が大好きです♪最近はずっとミラン・クンデラにハマってます♬ありきたりかもしれませんが、やはりドストエフスキーも好きです。詩人はペソアが大好きです。妻のおかげでプーシキンも知りました。ジャン・コクトーの詩は妻との想い出です。《私の耳は貝の殻、海の響きを懐かしむ》。堀口大學の素晴らしい訳を僕の愛する妻が僕のために朗読してくれました。ソムリエールさんはどんな本を子どもの頃に読んでましたか?好きな本はどんな本ですか?それはどんなことがきっかけでしたか?自己啓発書を読もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?僕はキルケゴールの死に至る病で絶望からの脱却や、ニーチェの自分だけは何が何でも見捨てるな!歯食いしばれ!ストイック万歳!強くあれ!みたいなのがカッコいいなと思い、その後にサルトルのアンガジェっ!にガツンとやられました笑笑』僕は出来る限りわかりやすく、はやる気持ちを抑制しながら、僕の好きな思想家や小説家たちの話から切り出してみた。あまり書きすぎても、相手は鬱陶しく、あるいは、僕を変人だと感じさせて警戒されてしまうかもしれない。春樹のことには触れないでおいた。ハルキストであることを初対面で全面に出してはならない、とタブッキ会長から先々週通達されたばかりだった。僕は、最後にきちんと親しみ易さの演出として「笑笑」と付け足した。ついでに最近の著書『僕と本棚について』ガリマーロ社(1,980円税別)からの引用の投稿記事へのURLも添えた。かなり盛れた自撮り付きでナルシスト全開で気に入っているやつだ。シモーヌからは、DVしてそう、と不評だった。こうした感じの、フォローをしていない、フォローをされていない方からの営業的なダイレクトメッセージはソムリエール氏で3人目だった。僕は何としてでも、ソムリエール氏の自己啓発書まみれであろう本棚をぶち壊し、僕の著書であり、ノーベル妄想賞受賞の後押しとなった隠れたベストセラー、「嫌われる勇者」ガリマーロ社(5,800円税別)をまとめ買いさせたかった。僕のかなり抑制の効いた返信に、3秒後、ソムリエール氏の既読がついた。僕は慌ててインスタグラムのアプリをスワイプして終了させた。既読がついて、返信が来て即既読を僕がつけてしまったら、僕が楽しみにしていることがバレてしまうし、そんなことになったら、きっとソムリエール氏は僕を怪しむに違いない。

 ここまで考えていたら、またシモーヌが僕を心配そうに、あなた、また中二病再発したの?と僕のレゾンデートルを弄びながら聞いてきた。少し、考えごとをしてたんです。さっきシモーヌちゃんに好きな本聞いたやんね?と僕は喘ぎながら言うと、シモーヌは布団叩きをどこからともなく持ち出し、僕の手足を僕のバレンシアガのベルトで縛りあげて、四つん這いにさせ、お尻をぺんぺんだね、中二病再発防止運動キャンペーン!とニヤニヤと笑って叫びながら、無我夢中で僕を叩きのめそうとしてきた。

 ちょっと、いいかな?と、唐突に寝室のドアが開き、ハイハイをしながらリサが渋めのモスグリーンのロンパース姿でシモーヌを制止してくれた。こうして一命を取り留めた僕は今日も元気に、歯磨きをし、シャワーを浴びて、愛するシモーヌとセックスしてからまたシャワーを浴びて、きちんと手をアルコホール消毒してから、シモーヌのピアノを勝手に借り、シモーヌに教わった和音を鳴らし、弾き語りしてみたシリーズの記念すべき第一弾をストーリーにアップロードした。シモーヌは僕のかき鳴らした僕が唯一弾ける和音のせいで、僕が勝手にピアノに触ったことを知った。シモーヌは激昂した。あまりの激昂が抑えきれず、シモーヌはアフリカのサバンナに自家用戦闘機で突っ込んだ。シモーヌは無許可でライオンの三郎丸と戯れあった。シモーヌは布団叩きを猫じゃらしがわりにして三郎丸をからかった。シモーヌは三郎丸の奥さんに怒られた。シモーヌは勇敢に奥さんと戦い勝利した。シモーヌは昭和シェルのサバンナ支店で戦闘機のガソリンを満タンにした。シモーヌはパキスタンの近くのアボガド共和国で大使館を勝手に建てた。シモーヌはアボガド共和国の新政府に反対する市民たちから支持された。シモーヌは大使館職員としてアボガド市民たちを数名雇った。シモーヌは新政府から目を付けられた。シモーヌは1人だけでアボガド共和国からトンズラした。シモーヌはiPhoneの充電器を忘れてきたからLINEが出来なかった。シモーヌは自分がスーパーロケット、ペソア号の乗組員であり、大佐という称号であったことを思い出した。シモーヌは全宇宙ハルキスト協会のタブッキ会長に電波を飛ばした。シモーヌはタブッキ会長の計らいで、国際宇宙ステーション経由でロシアに行った。シモーヌは国際宇宙ステーションの予行練習に前澤さんと参加した。シモーヌは十万円がまだ貰えていない、と前澤さんに訴えた。シモーヌはそのままオホーツク経由で泳いで自宅へ帰ってくるから、と通りすがりの春樹のiPhoneを拝借して僕に連絡した。シモーヌはそのことで西村さんに怒られた。

 ソムリエール氏の既読からもう二日以上が経つ。僕は土曜の午後の新築現場脇に停めてあった見知らぬ人のトラックの中でひっくり返り休憩する。何度もメッセージが来ないか確認する。秋特有の突き抜けるような空から10月の秋風が僕の頬をかすめていった。

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