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彼岸花

僕が宮本さん一家の事件を知ったのは日曜のことだった。
前日、宮本さんのお宅のテラス修繕工事依頼のために現場調査にも行った。
庭の彼岸花が咲き始めていた。

「あそこ、奥さん、一年以上前から見かけないと思ってたら、別居してたらしいわよ」
「へえ、奥さんたまに歩いてるの見かけたけど、最近見なかったのって、それでか」

母親が宮本夫人の起こした小さな事件について話始めていた。

「宮本さんの奥さん、引っ越して来た時は高飛車そうで、美人だけど、子育てしてるのかしら?ってくらいにご主人ばかり娘さんとよくそこで遊んでたでしょ?時々見かけなくなったのって、病院に入院したりしてたのかしらね」

やたらと母親は宮本夫人のこと否定的に語った。

「去年、夜中にパトカーが来たけど、あれ以来、宮本さん見なかったし。いつか何かするとは思ってたけど」

昨晩、宮本夫人は自宅に放火したところ、逮捕された。

「まあ、卵とか届けると奥さんがいつも出てきて、会釈しかされなかったね。お嬢さんとかもなんか暗い顔してたし、いつも」

宮本邸は小嶋さんの建て替え現場のすぐ近くでもあり、僕もよく通りかかる。

若い頃の宮本夫人を僕は知らない。
今の宮本さん、と言っても1年以上前だが、はいつも髪を後ろで結び、だらしなさそうな体型で穴の空いたスニーカーを履いて海岸線を散歩していた。

スニーカーはボロボロで目立った。
いい加減に買い換えればいいのに。

目は虚で、孤独そうだった。いつも大きなヘッドフォンを頭につけて大音量で讃美歌みたいな曲を聴いていた。ヘッドフォンから漏れるくらいの音量だった。

彼女がどうして自宅を追放されるような形で姿を消し、なぜまた戻って来たのか。

少しだけ気になった。

幸いにも、誰も怪我人はいなかった。
僕は宮本さんのお宅に卵を持っていくことにした。

2階の1番奥の部屋が焼けて一時的にでもどうにかしてほしい。

宮本さんから日曜の午後そう連絡が来たからだった。

雨の中、宮本さんの家に着くと、お嬢さんが対応した。

「ちょっと父が大変なので。すぐ壁と窓を塞いでほしいんですけど」

「お母さんは?」

「色々あってここにいません。あのひとがやったんですけどね」

あのひと、という時の彼女の目つきが僕は忘れられない。

憎しみのこもった目つき。

それしか表現が思いつかない。

お母さん、と、お父さん、いつ帰ってくるとかわかります?一応ね、ブルーシートで今日は対処しておきますから」

「明日はパパいると思います」

お母さんは?

「……。あのひとは知りません。関係ないひとですから」

「関係ないって、あんたのお母さんじゃない?ずっと聞いてたら、あのひとあのひとって言うけど。お母さんでしょ?」

僕は宮本夫人の彼らからの疎外感を少しだけ感じた。

「ちょっと、大工のくせにうざ……」

「言い過ぎたかもしれませんけど。とりあえずブルーシート、やっときますわ」

帰り道、僕は複雑な思いだった。
宮本夫人の様子から、病気なのか、なんなのか少し今思えば、わかる気もする。
旦那さんやお嬢さんたちの気持ちも何となくわかる。

コンビニエンス・ストアで妻の好きなジャムパンを買った。昔、パン工場職人の立川が僕に語ったことも思い出した。

家族なんて、いつダメになるか、その家族にしかわからない。

所詮、夫婦なんて他人だ。
簡単に神への誓いは破られる。
他人でしかない。

宮本さんの庭の彼岸花を思い出した。

───数年後

しばらくして、これでもかというほどに紅の花を詰められたスニーカーが、ある建物の屋上で発見された。

たまに卵を届けに行くと、蜘蛛の巣が張ったドアが開き、スマートフォンから視線をそらすことなく、あのひとが受け取る。父親は少し前から見かけなかった。
修繕などの依頼もない。

雨の降りしきる窓の外を見る。
立川がウイスキーを片手に「調子は?」
そんなことを言ってくれる気がした。

調子?昨日、離婚したんだ。

誓ったのに?

そう、誓ったのに。

結局、犬のように生きるしかない。

そう、犬のように。

──完──

全5話の連作です。
伏線や人物の関係など繋がりがあるので面白く読んで頂ければ幸いです。

序章

第一話

第二話

第三話

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