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黄昏の旗に魅入られて(読書記録19)


■箱庭旅団

今回の読書記録は朱川湊人著:「黄昏の旗 箱庭旅団」。
こちらは短編集で、収録されている作品は下記のとおりです。
・再び旅立つ友へ
・誰もゾウにはかなわない
・ヴォッコ3710
・市長選怪文書
・運命の女、のような
・黄昏の旗
・人間ボート、あるいは水平移動の夜
・未来人のビストロ
・ひとりぼっちのファニカ
・僕のおじさんはヒーロー
・時計のまち
・傷心の竜のための無伴奏バイオリンソナタ
・三十年前の夏休み
・アタシたちのステキな家
・カムパネルラの水筒

以上の15編が収録されていますが、すべてに触れていると膨大な分量になってしまうため、いくつかピックアップして触れたいと思います。

もし触れていない短編で気になるタイトルがあれば、ぜひ読んでみてください。

■ユーモア、のような

 文章やストーリーにユーモアがある小説家というと、私は真っ先に朱川湊人さんと荻原浩さんが浮かびます。この短編集でも、「人間ボート、あるいは水平移動の夜」とか、「アタシたちのステキな家」に特徴的ですし、それ以外の作品でもユーモラスなものは多いです。

 格調高い、洗練された文章も難しいですが、ユーモアのある文章というのも難しいと思います。読者を白けさせず、くすりとさせるような文章を書くには、センスと教養がなければ。

 私もいくつかの作品で挑戦してみています。「第一次家庭大戦」や「借物の外套」、「スタードライバー」などで挑戦してみているものの、うーん、難しい、と腕を組んで頭を捻りっぱなしでした。そんながちがちに固まってるから書けないんだよ、というご指摘をいただきそうですが、まったくもってその通りで。蛸のようにふにゃふにゃぬるぬると柔らかく掴みどころがないようでないと、ユーモアのある文章は書けないのです。

 私が書いているのはユーモアのようでユーモア? なユーモアのような、です。いつか本当のユーモアに満ちた文章が書ければと思うのですが、いつになることやら。

■黄昏の旗

 全編通して好きな話が続くのですが、特に秀逸だなと思えたのはやはり表題作の「黄昏の旗」でした。
 黄昏の旗が翻るマンションには、自分の失ったものが、在りし日の姿をとって現れる――そしてそれに魅入られていく主人公。
 先輩から過去に執着をもちすぎるなと忠告されながらも、主人公はこう考える。

そんなにも簡単に、かつて愛していた者に別れを告げられる人間など、いるものだろうか。

『箱庭旅団』「黄昏の旗」より

 主人公のこの言葉はこの短編の核心を穿つと同時に、主人公たちを誘う魔の巧みさをも示している。

 そしてこの言葉は、最悪の形で主人公に突きつけられることになる。

 他の短編だと、「運命の女、のような」や「三十年前の夏休み」が物悲しくて寂寥を誘い、いい短編だなと思います。みなさんにはいませんか?
「運命の女」のようだけど結ばれはしなかった、いわば腐れ縁のような間柄の人が。
 「三十年前の夏休み」ではその縁というものが結ぶ不思議な出会いが描かれます。

 私には残念ながら「運命の女、のような」人のように強い縁で結ばれた人はいませんでした。それでも、人生のところどころで、選択を誤っていなければ、うまく立ち回っていたら、違った人生もあったのだろうなあ、というターニングポイントはあります。

 運命について考え方は色々です。私は今立っている地点しか人生に存在しない以上、それ以外の可能性を考えても仕方ないと思っています。ただし、そうした感傷が創作に彩を加えることもあるため、考えたりすることはあります。

 「三十年前の夏休み」は海が舞台です。凡庸な高校生たちが、海で不思議な女性と出会うというストーリーです。

 私も海、というと人と人との出会いのイメージがありまして、とは言っても別に海で素敵な女性と出会ったとか、そうした経験はなく。専ら子どもの頃の記憶です。見知らぬ子と知り合って、一緒に遊んで別れて、次の年も期待していくけどその子はおらず、他の子と知り合って遊んだり、ということをしていたので、出会いのイメージがあるのかもしれません。

 これらの縁は人にとって大切なものなのですが、この縁に執着してしまうと、失ったものに囚われて、窓の外に黄昏の旗をみることになってしまうのです。

 あなたは出勤のとき、車や電車の窓の外、マンションやビルに黄昏の旗が翻っているのを見たことはありませんか?

 もし心当たりがある方は、絶対にその旗の場所を探そうとしてはいけません。そこには魔が待ち受けていて、あなたを捕えようと手ぐすね引いて待ち構えているのですから。あなたの心の執着、という弱みを突いて。


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