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アロガント(第1話)

■あらすじ

NZ署のグロンデル警部の管轄で殺人事件が起こる。その被害者、半人半機の半機人シリスの事件を追う警部。その頃国の軍部を牛耳る「騎士団」から不正の証拠を盗み出したフレイボムと半機人レティーナの二人は、「騎士団」の処刑人から追われることになる。
処刑人影騎士とのバイクチェイス、激闘にグロンデル警部も巻き込まれる。しかしシリスの事件は解決を見ず、グロンデル警部はフレイボムたちとともに事件解決へと歩みを進み続ける。

■本編


 雨は上がっていたが、空気は冷え冷えとして、湿り気を帯びているように感じられた。NZ署のグロンデル警部はエアバイクで現場に降り立つと、薄暗いカジノ裏通りの洞窟のような冷気にぶるっと震えて、コートの前を合わせた。
 お疲れ様です、と先着していた部下のディラン巡査が敬礼して警部を迎える。警部は眦を少し上げて部下を見、口をもごもごさせてはっきりしない音声で「ん、ご苦労」と言った。警部は娘の誕生会を抜け出して現場にやってきたのだった。そのため口の中にまだピザの切れ端が残っていて、チーズを味わっていた。
 現場周辺に張り巡らされたロープを潜るときにはピザを嚥下し、すっかり刑事の顔になっていた。きびきびした動作と声で部下たちに聞き込みや鑑識の手配など、必要な業務をすっかり命じ終えると、警部はようやく被害者と対面することができた。
「こいつが被害者か」
 警部は職務として求められている理念に従い、被害者に対して形ばかりとは言え、敬意を払い、帽子を取って頭を下げた。
 被害者は薄暗いカジノ裏通り――、表通りは街灯やいかがわしい店のネオンで煌びやかだが、カジノで尾羽打ち枯らした輩が押し込められるという噂の裏通りは、表と対照的に街灯も少なく、民家の明かりも乏しく、昼でも夜でも薄暗いのだった。その裏通りにある酒屋が積んでおいたワイン樽に寄り掛かるようにして死んでいた。胸をレーザー銃で撃ち抜かれており、即死と見られた。
 ブロンドの豊かな髪に、華奢な肢体、しかしすらりと長い。女性ではあるが、胸はほとんどなく、体の線も曲線的というより直線的で中性的な印象を与える。
 警部は傷口を覗き込んで呻いた。「うむ。間違いないな」
 影のように警部に突き従っていたディラン巡査が「ええ。先にお知らせしたとおりです」と言って、被害者の頸部をくいっと上げて指で瞼を開き、ペンライトで瞳孔を照らした。
 被害者の瞳孔は薄い青緑色に染まっていて、それが淀んで濁っていた。生気がないのは勿論だが、死人とはいえ人の目には見えず、澱が溜まったガラス玉のような目であった。
「半機人の死体だな」
「そうです。首筋の型式番号から照合すると、マクセルシリーズ、タイプ『アイネ』0013、登録名シリス。これがガイシャの情報です」
 半機人か、と警部は渋い顔で呟いた。
 体の骨格や神経、臓器、筋肉を機械で構成し、それを覆う肉や毛髪を人と同じ有機体で構成した新しい種類の人類。かつてはアンドロイドと呼ばれていたものだが、それらは今や半機人と呼ばれて、人と同じ権利を獲得していた。
「かつてなら器物損壊事件で、さほど本腰を入れずに捜査したものだが、そうもいかんな」
「ええ、『電子生物保護法』ですね」
 厄介な法律を作ったもんだ! と警部は苛立たしそうに言いながら空を仰いだ。上空は無数のエアバイクが飛び交い、そのヘッドライトの光が警部に大昔に存在した蛍という昆虫が飛ぶさまを想像させた。
 蛍の映像を見たのは、あれはいつだったか。そうだ。伯父さんの別荘に遊びに行ったとき、貴重な映画と一緒に、蛍の映像を見せてくれたのだった。伯父さんの家には美しいアンドロイドがいた。わしはそのアンドロイドに恋をした――。だが、わしの心を知った伯父さんが、そのアンドロイドはわしを誑かしたとして廃棄処分にしてしまった。もし『電子生物保護法』がその頃存在していたなら。いや、いや。もう詮無いことだ。わしがどうにかしていただけのこと。半機人に、アンドロイドに恋をするなど。伯父さんが正しかったのだ。
「どうかしましたか、警部」
 巡査の声に警部は我に返り、苦笑すると「何でもない」と首を振った。
 『電子生物保護法』。確かにこれは厄介なものだ。刑事の仕事にとっては。人が半機人を殺しても、半機人が人を殺しても同じ罪で裁けと言うのだから。刑事は被害者が人であろうと、半機人であろうと、全力を尽くさねばならない。それを監査するために、署には半機人のみからなる監査部が存在している。些かも手は抜けない。手抜かりがあれば首が飛ぶだけで済めばいい方で、下手をすれば自分が牢にぶち込まれる。
「焼痕からレーザー銃の型と流通経路を割り出せるか。後はこの半機人の身辺を洗え」
 警部の指示を受けて、ディラン巡査は「はっ、すぐに手配します」と胸に拳を当てて答えると、通信機を片手にその場を離れた。
 世の中には半機人にしか欲情しない倒錯した性癖の持ち主がいる。だが、シリスは暴行された形跡はなく、所持品にも手を付けられてはいない。傷は心臓部をレーザー銃で一撃。最初から殺すことを目的にしていると見て間違いないだろうと警部は見積もる。胸の焼痕の焦げ方、痕の広がり方から、少し離れた場所から銃撃したと分かる。犯人はプロの殺し屋かもしれないと警部は顎をさすって考えた。そうすると、逮捕するのは難しくなる。レーザー銃も裏の流通経路の代物だろう。持ち主は辿れないに違いない。
 だが、必ずや犯人を挙げなければならない。そうでなければ、あの監査部の高慢ちきな半機人どもに見下されながら牢屋送りになるしかないからだ。
 警部はポケットから紙タバコを取り出してくわえ、火を点けた。喫煙など大昔に廃れた習慣だが、伯父に教わって以来、警部はこの古い趣味を愛好していた。医者からは再三止められているが、構うものかと煙を吸い込んで肺を満たし、ゆっくりと吐きだす。紫煙が夜の闇の中を彷徨うゴーストのように漂い、消えていく。
 さて、やらねばならん。
 警部は鷹のように鋭い目を裏通りの暗闇が凝縮して淀んだ隅を、そこに犯人が潜んでいるかのように睨みつけると、煙草をふかしながらエアバイクへと戻り、NZ署へと向かう。

 朝方の人気の少ない空を、一台のエアバイクが飛び抜けて行く。
 エアバイクを駆るのはラピスラズリのような鮮やかな青の髪を長く垂らした若い女だったが、その女にしがみつくようにして、黒髪の気弱そうな目つきをした、やはり若い男が乗っていた。
「レティーナ、奴は追ってきているのかい」
 レティーナと呼ばれた女はスロットルを上げて、速度を増すと、短く悲鳴を上げた若者に向かって「十中八九。間違いなく」と手短に答える。
「今やられるわけにはいかない。この情報を父上に届けなければ」
 レティーナは「承知しています、フレイボム坊ちゃま」と言って高度を下げる。
「な、なんで高度を下げるんだよ。ビルにぶつかるじゃないか!」
「失礼しました。ですが、捕捉・追跡されているようなので、撒かなければなりません」
 彼らは代々法務大臣を排出してきた名門アンドレアス家の者で、頼りない若者が嫡男のフレイボム・アンドレアス。エアバイクを駆るのがフレイボムの護衛兼世話役の半機人レティーナだった。
 レティーナは更に高度を下げ、街中に突っ込んでいく。人の頭の上くらいまで地面すれすれに飛び、走り抜けていく。
 フレイボムは懸命に振り向くと、そこに迫っている追手の黒装束の姿を認めて、悲鳴のように「影騎士だ。後ろ!」と叫んだ。レティーナは「心得ております」と動じない。
 この国は「騎士団」と呼ばれる組織が軍事を取り仕切っていて、騎士団の最高位、騎士団長は代々サンシール家が務めており、その権力となると政治の最高位、首相とほぼ並ぶのであった。そのため、軍事組織「騎士団」はこの世界で絶大な権威を誇っている。たとえ騎士団の者が罪を犯しても、微罪であれば警察も手出しできないといった具合に。ただし、騎士団は組織が腐敗するのを避けるため、組織内の人員の不始末は組織で処分するため、厳密に言えば裁きを逃れられるわけではない。
 そして騎士団にはそうした組織内の粛清を担う「影騎士」と呼ばれる存在がいることを、フレイボムたちは突き止めた。その過程で協力者であった半機人は殺害されてしまったが、影騎士が隊内の粛清だけでなく、自国に限らず、他国の要人暗殺やテロ組織へのテロ行為への誘導などの裏工作を行い、国内外に甚大な被害を負わせている証拠データを、フレイボムたちは入手した。
 だが、それを影騎士に悟られてしまい、今まさに追われているさなかにある。
「レティーナ! やつめブラスターを使うつもりだぞ」
 フレイボムの叫びは絶叫と化していた。
 ブラスターは戦闘機用の光学兵器で、レーザー銃の十倍以上の出力のレーザーを放射する。直撃すれば骨も残らないが、取り回しが悪く、重いため、速度が重視されるエアバイクには通常搭載されない。
「なるほど、新型のエアバイクというわけね」、冷静なレティーナは不敵に笑み、それを見ていたフレイボムは卒倒しそうになる。「笑ってる余裕はないだろう」
「ええ。余裕はありません。ですから、少々荒っぽいのは坊ちゃまもお覚悟を」
 ちょっと待て、何をする――と必死にフレイボムが叫んだときには、レティーナはハンドルを巧みに操り、上昇と下降、左右への動きを加速しながら組み合わせ、影騎士に的を絞らせなかった。フレイボムはレティーナに必死にしがみつきながらも失神しそうに急制動に翻弄され、口から泡を吹いていた。
 レティーナはハンドルとブレーキを小刻みに使い、九十度に近い急角度で左に曲がると、ビルとビルの合間、エアバイク一台も通るのにすれすれな隙間に入り込み、スロットルを全開にしてスピードを上げる。
「まさかあの急転回についてくるとは。やりますね」
 落ち着き払ったレティーナだが、彼女の頬を汗が流れ落ちる。フレイボムは振り返り、変わらずついてきている影騎士のブラスターに光が収束し、点滅していることに気づいて叫ぶ。「上昇だ! やつめ、こんなとこであれを撃つつもりだ」
 こんな建物の隙間でブラスターを撃てば、建物を損壊し、場合によっては倒壊させかねない。そうすれば人的、経済的損失は図りきれないが、影騎士にとってはどうでもいいことらしい。
「撃たせません」
 レティーナは片手でエアバイクを操縦し、上昇させながら腰のレーザー銃を抜いて振り返って、影騎士に向かって撃つ。
 正確に影騎士の進路を捉えた射撃だったが、影騎士も上昇することでレーザーをやり過ごす。その後もレティーナが正確無比な射撃を繰り返すものの、影騎士は巧みにエアバイクを捌いて紙一重のところで躱す。
「ビルの合間から出ます。坊ちゃま、しっかり掴まってください」
 レティーナたちのエアバイクがビルの屋上付近から飛び出すと同時に、レティーナは左にハンドルを切って、車体を横倒しにすると、そのすぐ上を強力な光線が走り抜けていく。影騎士の放ったブラスターが空を切り裂いて放たれたのだった。
「第二射には時間がかかるはずだ。急げ、レティーナ」
「心得ていますよ」
 レティーナは即座に態勢を立て直すと、ビルの角を滑るように飛び抜けて下降する。影騎士もそれを追って飛ぶ。だがブラスターには冷却時間が必要で、すぐに二射目を撃つことはできないようだった。
 街中の建物の合間を、針で糸を縫うように飛び回るが、影騎士はまったく後れをとることなく、ぴたりとついてくる。さしものレティーナもそのしつこさにうんざりし始めていたところで、幸か不幸か、警察の検問に引っかかってしまう。
「どうするんだ、レティーナ」
「決まっています」
 レティーナは速度を上げて突っ込む。「強行突破します!」
 検問している警官たちのエアバイクに向かって突っ込むと、衝突寸前のところで急上昇し、飛び抜ける。その後を影騎士が追い、レティーナたちの操縦に圧倒された警官たちが我に返り、二人を追いかける。
「おいおい、鬼が二人増えたじゃないか!」
 フレイボムは昔の子どもの遊び、鬼ごっこを重ね合わせて状況を揶揄する。
「増えた鬼は、わたしたちだけを追っているわけじゃありませんから。ちょっと協力してもらいましょう」
 レティーナの見せた微笑みに嫌な予感を覚えたフレイボムは、「待て、協力って一体――」と言いかけたところで、エアバイクは急上昇しつつ宙返りをし、影騎士の横をかすめてすり抜ける。フレイボムは落ちそうになりながらレティーナにしがみつき、声にならない叫び声をあげていた。
 さしもの影騎士も意表を突かれたのか、レティーナほどの急転回はできず、警官たちに後れをとる。レティーナ、警官、影騎士という並びになり、バイクチェイスが再開される。
「このままじゃ埒が明かないぞ」
「確かに。何か逆転の目が欲しいところですね」
 レティーナの卓越したドライビングテクニックに、徐々に警官たちが遅れ始めた。市街地の間隙を縫うような飛び方は、警官とてしないだろう。彼らの運転に怯えや躊躇いが混じり始め、警官たちは後方にいる影騎士に狙いを定めたようだった。
 レティーナたちにとっては歓迎する事態だった。警官がこのまま影騎士を足止めしてくれれば、逃げ切る隙ができる。フレイボムはそんな期待を抱いていたが、レティーナはそれが泡のように儚く脆い希望であることを理解していた。影騎士は、自らの障害になるものが生じれば――。
「坊ちゃま、しっかり掴まって!」
 レティーナの叫び声をかき消すように、黄緑色の光線が走り抜け、警官二人を飲み込み、レティーナたちのエアバイクのホバー輪をかすめて地面を穿った。
 爆発が起き、アスファルトや地面が弾け飛んで礫片が周囲に降り注いだ。
 爆発の瞬間、レティーナは制動を失ったエアバイクを捨て、フレイボムを抱きかかえて飛び降りていた。地面の上を転がり、鈍い痛みが全身に走るが、レティーナは即座に立ち上がり、状況を理解する情報を捌けず混乱するフレイボムの手を引いて、近くの建物の中に入り、エレベーターホールの前の物陰に身を隠して様子を窺う。
「レティーナ。左足が動かない。これ以上二人で逃げるのは無理だ。メモリーを父上に」
「いやです。わたしはぼっちゃまの護衛。わたしだけおめおめと逃げるわけには参りません」
 しかしだな、とフレイボムが反論しようとするが、レティーナはつんとそっぽを向いてしまって聞く耳をもたなかった。
「なら、逃げる策はあるのか」
 レティーナは首を横に振った。「逃げるのはおしまいです。正面から迎え撃ちます」

 グロンデル警部の元に無線が入ったのはほんの十分前のことだ。その十分の間にこんなことになるとは、と警部は土埃を被った帽子を振って払いのけ、強かに打った腰を擦りながら立ち上がった。
 一体何が起こったのか――。警部は土埃の合間に覗くようになった青空のように、自分の頭の中の靄を払いながら考えた。
 ことは警部がシリス殺害の犯人に繋がるものはないかと、コートアベニューのシリスの友人の家を訪ねていたときだった。
 そのシリスの友人は半機人ではなく人間で、シリスにとても好意的で彼女の死を本心で嘆いていた。その光景だけを切り取ってみれば、「電子生物保護法」とやらはうまいことやったな、と言えなくもない。だが警部は知っている。半機人に与えた平等の意識は彼らを傲慢にさせ、能力で劣る人間を見下し、意図的に冤罪に陥れるような犯罪の温床になっていることを。
 我らは平等ではない。人間の方が身体的にも、知的にも劣るのだ。ならば、人間の方に特権的な力を残しておかなければ、社会はたちまち半機人にとって食われて人間など淘汰されてしまう。今の社会は、まさにその淘汰の過渡期だ、と警部は髭をさすりながら考える。あの監査部の高慢ちきの半機人を見れば! あれこそ社会の縮図だ。
 シリスの友人はほとんどシリスの私生活については知らないと言ってよかったが、たった一つ、興味深い文言を彼女は漏れ聞いていた。シリスが誰かと電話しているときに、彼女は「アンドレアス」と言ったという。
 アンドレアスと言えば、法務大臣を歴任してきた名門中の名門の家柄だ。そのアンドレアスと一介の半機人に過ぎないシリスが繋がっているというのは、実に興味深い事実だった。
 ひょっとしたらアンドレアス家には裏があって、それを知ったシリスが消された――、いやいや予断は禁物だ。反対にシリスがアンドレアス家の密偵で、誰かに都合の悪いことを掴んでしまったがために殺されたのかもしれない。
 殺された! 警部は自分がシリスを半機人ではなく、単なる被害者として扱っている事実に驚いた。半機人差別者は、けっして生命があるような単語を彼らに向けて使わない。「破壊された」とか「損壊した」というように無機質な単語を用いる。やれ、やれ、だ! 警部はため息を吐いた。いつから自分は「電子生物保護法」を重んじるようになったのか。
 シリスのあの淀んだ目こそ、あれこそ彼女たちが機械であることの証明だ。だが、職務上は人として扱わねばならない。しかしながら、自分の内心にまで、「電子生物保護法」を染み渡らせて考える必要などあるまいに、と警部はうんざりする。
 そう、シリスの友人の家ではアンドレアスの情報しか入手できなかった。そして彼女の家を辞そうとしたところで、あの善良で賢しいディラン巡査の無線が入ったのだった。
 エアバイクを猛スピードで走らせ、市街地を疾走している者がいると聞き、警部はすぐに自身もエアバイクを駆って現場に急行し、ディラン巡査と合流し、混乱した交通網の整備と、追跡隊の組織をした。そして警部は巡査たちを率いて予想進路に待ち構え、暴走者を止めるつもりだった。
 だが予想外だったのは、後続の一台がエアバイクにブラスターを積んでいたのだ。これは警部としても予想しようのない事態だった。そして、その一台がまさか市街地でブラスターを発射するなどということは。
 暴走を止めるため集結していた警官隊は、ブラスターの一射で抉られた地面とともに弾き飛び、直撃を受けた数名はそのまま、骨も残さずこの世から消滅してしまった。警部は幸い直撃を免れたが、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、大きな礫片に叩きつけられて瞬間気を失った。
「警部、ご無事ですか」
 ディラン巡査に助け起こされ、警部は何事が起ったのか目の当たりにした。
 周囲一帯は爆発で吹き飛ばされ、爆心地となったレーザーの照射跡には大きな穴が空いていた。付近には警官隊や市民など呻き声を上げながら倒れている人々が大勢いた。
「わしのことはいい。ディラン君。急いで無事な者をかき集め、市民の救助に当たらせるのだ」
 巡査は一瞬迷ったが、警部の目の輝きの強さを認め、「はっ」と敬礼してすぐさま救助活動に当たった。
 しばらくすると巡査は戻ってきて、「怪しい者が」と警部に耳打ちする。
「救助の方は抜かりないか」
 警部の問いに無言で頷いて答えると、警部もよし、と膝を叩いて、巡査の後をついて歩いていく。
 ブラスターを積んだエアバイクが不時着し、その傍で一人の黒づくめの男がエアバイクの動力部などを調べていた。恐らく、と警部は推測する。ブラスターの照射の際に生じるエネルギーによる衝撃に、エアバイクの動力がショートしてしまったのだろうと。そしてそれを直そうと調べているということは、あの黒装束こそがこの惨劇を生み出した犯人だ。
 ディラン巡査はレーザー銃を抜いて男ににじり寄っていく。
「おい貴様、手を挙げてこちらを向け」
 巡査が命じると、男はぴくりと肩を動かして反応したものの、再び整備作業に戻った。それを見て、男を囲んでいた警官が一斉に銃を抜いた。警部は嫌な予感がして銃のグリップに手をかけたものの、抜きはしなかった。
「聞こえていないのか、おい」
 巡査は男に接近し、頭に銃口を突きつけたまま肩に手をかけた。その瞬間、怒りに燃えていた巡査の顔が空白になり、巡査は顔を下に向けた。警部は見た。巡査の背から青色に光り輝く棒状の光線が伸びていることを。銃撃を受けたのか、と思ってそれにしてはおかしい、と思い至る。銃による光線ならば、巡査を貫いても、やがてエネルギーが尽きるまで進み続けるはずだが、巡査の背から伸びるそれは棒状の形を維持したまま留まっている。まさか、と警部は声を上げる。
「レーザーブレイドか!」
 警部のその叫びを合図に、警官たちは一斉に銃を放つ。
 しかし男は悠然と警官たちに向き直ると、迫りくるレーザーをレーザーブレイドの刃で弾き飛ばし、警官たちに飛び掛かると順番になで斬りにしていく。警官たちは第二射を放つことができずに、たった一人の男のためになす術もなく全滅してしまった。それを目の当たりにした警部は戦慄した。自身も殺される、と思った。
「レーザーブレイドなど、そんな昔の兵器を使う人間がまだいたとはな」
 警部はせいぜい虚勢を張ってそう言ったが、膝が震えていて、銃からも手を離してしまっていた。勝ち目がない、ということを本能的に悟っていた。
 レーザーブレイドは通常放射されて散ってしまう光線を、特殊な物質でできた棒で一定空間に留めることで、光線の殺傷力はそのままに、持続可能な剣状の兵器として開発されたものだが、近接戦でしか役に立たず、扱いも難しいため、自然とレーザー銃に取って代わられた武器だった。
 男は黒頭巾の間から血走った眼を覗かせて、愚か者め、と嘲るように言った。
「騎士団ではレーザーブレイドが標準装備だ。貴様も今見たように、剣の前では銃など無力だ」
 警部ははっと青ざめて、「貴様騎士団の関係者か」と震える声で言った。
「噂に名高きグロンデル警部であれば、それが何を意味するか分かるな」
 警部は唇を噛み締め、拳を握りしめると、苦渋が滲んだ顔になり、絞り出すように「手を出すなということか」と呻いた。
「いかにも。これは警察風情が出る幕ではない」
「だが、貴様は騎士団内で処断されるぞ」
 ふっふと男はおかしそうに笑うと、「誰も我を処断することはできぬ」と言った。
「我は既に死んだ騎士。死人を裁く法も掟もありはしない」
 男、影騎士は警部を一瞥し、踵を返して、エアバイクを放置して去って行く。
 警部は自身の膝を何度も叩いた。あまりに悔しかった。侮られ、蔑まれて、それでいて自分は震えて何もできない。部下を皆殺しにされても。恐怖に負けた。騎士団も半機人と同じだ。不可侵になったことでこの増上慢。それが罷り通る道理を許していて、何が警察だ、と思った。自分も若い頃は体術の修練に励んだ。若いディラン巡査たちよりも射撃の腕には自信があるし、老獪さがある。ここでやらねば、警察の面目など潰れて見る影もなくなってしまう。
 警部は震える足を叱咤し、走り出す。影騎士を追って。

「レティーナ、ここはどこなんだ」
 フレイボムはレティーナの肩を借りながら足を引きずって歩いていた。二人は逃げ込んだ建物から伸びていた地下街に入ったが、その地下街には非常灯が灯るだけで店の明かりはなく、人気もなかった。
「恐らく、旧市街地でしょう。建物の下に眠っていた旧市街地に通じる道が、爆発によって開いてしまったのでしょう」
 旧市街地、とフレイボムも驚きを禁じ得なかった。旧市街地など、都市伝説の類だと思っていたからだ。地表を汚染されたことで空へと逃れて生活を始めた人類は、古き時代の悪しき遺産として忘れないよう、旧時代の街を破壊して新たな都市を作るのではなく、その旧時代の街の上に都市を築いたのだとされていた。空で生活していたとか、都市の上に都市など馬鹿げている、と今では誰も信じないおとぎ話だとされていたが、実在していたのだ。
「ここに隠れていれば、安全か」
 旧市街の建物に寄り掛かりながら、レティーナの腕から下りてその場に腰を下ろす。そんなフレイボムに申し訳なさそうに「そういうわけにもいかないようです」とレティーナがため息を吐く。
「見つけたぞ。鼠どもめ」
 影騎士はレーザーブレイドを展開して無造作に近づいてくる。
 坊ちゃま、とレティーナは呼びながら手の中のレーザー銃をフレイボムに向かって投げる。フレイボムはそれを受け取るか受け取らないかの瞬間に引き金を引く早業を見せ、レーザーを放つが、影騎士のレーザーブレイドに容易に阻まれてしまう。
「ほう。ただのお坊ちゃんではなさそうだな。見事な早撃ちだ」
 だが、と影騎士は左手を前方に突き出し、大股で駆けてくる。「銃は我には通じぬぞ」
 影騎士がフレイボムに迫った刹那、レティーナが間に割って入り、光り輝く刃を一閃して影騎士を薙ぐ。
 影騎士は呻き声を上げて後ろに飛びずさると、後退して距離をとった。
「ぬう。まさか貴様も使い手とは」
 影騎士が手で押さえた胸の辺りから手を離すと、焦げた黒マントがはらりと脱げて地に落ちた。
「残念です。今の一撃で勝負をつけたかったのですが、浅かったようですね」
 レティーナの手には黄緑色に輝く光線を纏ったレーザーブレイドが握られていた。

〈第2話に続く〉

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