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隠れオタクの本音と建前に少しの初恋をブレンドしました(14):完結:【創作大賞応募作】

あらすじ&1話 ↓

第14話(最終話)

 通常並んで歩く距離より、半歩遠い。
 そんな微妙な距離感で、私と高杉は、私の自宅までの道を歩いていた。
 一人で大丈夫だと言った私に、高杉が「お、送ります!」と言ってくれたので甘える事にしたのだ。

 夕暮れから完全に黒へと塗り変わった空に、遠く星が見える。

 川に掛かった橋の上を歩く途中で不意に突風が吹き、少しよろけた私と高杉の手の甲が触れ合った。瞬間、弾かれたようにまた遠ざかってしまい、私と高杉の距離が振り出しに戻る。

 友達の距離、恋人の距離。
 そのどちらでもない、通常よりも半歩遠い私達には、どんな呼び名がふさわしいのだろう。

 私は歩きながら少しずつ、高杉のそばに寄っていく。一センチ、もう一センチ。右手に全神経を集中させて、高杉の小指に一秒触れた。高杉が肩を震わせこちらを見る。

「手が……寂しい!」
「え?」

 今度は、はっきりと右手を差し出した。

「手が、寂しいって言ったの!」

 拗ねたように高杉を睨むと、「は、はい!」と高杉が気を付けをする。それから遠慮がちにこちらへと伸ばされた手が、私の指先に近づいては離れ、近づいては離れ、何度も何度もそれを繰り返している。

 私から手を握ろうかと思った瞬間、高杉の手がギュッと私の手を握り締めた。

 皮膚から一気に高杉の体温が伝わってきて、私の血液まで沸騰してしまいそうになる。
 ただ手を繋いでいるだけなのに、たまらなく照れて、どうしようもないほど嬉しかった。

 そこから私の家に着くまでの数分間を、私と高杉は手を繋いだまま、ただ前だけを見つめて無言で歩き続ける。
 それでも胸の奥ではずっと、サイダーみたいにキュンの気泡が、次から次へと溢れ出していた。


 *

 昨日の晴天から一転。
 今日は朝から土砂降りの雨が降っていた。授業中も雨は勢いを増し、時折窓を叩きつける程に激しさを増している。

 そんな天候と呼応するかのように、正体不明の胸騒ぎがしていた。
 
 確信など何もないけれど、この教室で自分にとって大きな何かが起こる。そんな予感がする。

 お昼休みに未央たちと学食に行き戻ってくると、クラスメイトの井上くんに高杉が蹴りを入れられていた。井上くんは金髪に近い茶髪で、ブレザーの下にド派手な柄シャツを着ている、非常に見分けるのが楽な不良くんだ。

 扉の近くにいた子に話を聞くと、自席でお弁当を食べていた高杉の机に井上くんがぶつかり、井上くんの悪趣味なシャツにソースが飛んでしまったのが原因らしい。

 午前中の嫌な予感は、きっとこれに違いない。

 しかし、この状況はどう考えても高杉に非は無い。それでも、周りの皆は井上くんを含む三人の男子に何も言えずにいるようだった。

「土・下・座! 土・下・座!」

 三人の中の一人が、手拍子をしながら土下座コールで高杉を煽りだす。

「こいつ、ぶっ倒れ方まで存在感薄くね?」
「俺の服にクッサイ汁なんかつけやがってよ」

 床に倒れ込んだ高杉のお腹に、井上くんが足を乗せる。
 
 どうしよう。
 このままじゃ、高杉がやられちゃう。

『井上くん、許してあげて! これ以上見ていられないの!』
 優しい女のお願いモードで止めに入るか。

『先にシャツ洗った方がいいよ! 臭いが染みついちゃう! 私が洗ってあげるね』
 気遣いを見せて井上くんの気をひくか。

 でも……それじゃダメだ。
 どちらもその場凌ばしのぎで、これを切り抜けても、この先ずっと高杉は井上くん達に目をつけられる事になる。

 虐められた経験から、高杉は寂しいよりも標的になる方が辛いと言った。そして、高校では教室の中で空気のような存在になる事を選んだのだ。ずっと一人。うつむいて声を押し殺し、毎日毎日、ただ時が過ぎるのを待っていた。

 抱えた思いが深刻であればある程、それを声にするのが難しい事を私は知っている。

 家の中にも居場所が無いまま、高杉は誕生日に死のうとしていた。
 助けてなんて、そんなこと言えないまま……。

『必ず来ます』

 不意に、私を助けてくれたあの日の高杉の言葉が脳裏を過ぎる。
 高杉は、私が初めて助けを求めた人だ。そして本当に、助けに駆け付けてくれた人。恋する気持ちをくれた人。


 今まで自分が積み上げた体裁を捨てても、今度は私が救う番だ。

 私は入口から教室の奥へ進み、注目されるように机の上に立つ。そして深呼吸してから、思い切り叫んだ。

「いい加減にしなさいよっ!」

 私の叫びで、教室中の動きが止まる。
 クラス全員の視線が、机に立つ私に集中していた。その他大勢の視線を無視して、私は床に転がる高杉を見る。

「ねぇ、高杉。私が初めてその声を聞いた日に、あんたに言った言葉を覚えてる?」

 私の問い掛けに、高杉は首を縦に振った。

『その声は、死なせない』

 私は高杉の目を見つめて、あの日の自分の言葉を上書きする。

「あなたは、死なせない」

 私の言葉を聞いた高杉が目を見開き、それから顔をくしゃくしゃにして泣き笑いする。そんな高杉に微笑んでから、私は覚悟を決めて井上くんを見据えた。そして、机からジャンプして井上くんの前に着地する。

「そこに転がってる人、私の大事なヒーローなんですけど」

 井上くんや周りはみんな、理解できない言語を聞いたかのような戸惑った表情を浮かべている。

「今後一切、私のヒーローに近づかないで! 自分が高杉の机にぶつかったくせに、八つ当たりも大概にしてくれる? 超、格好悪いんだけど。理不尽な暴力振るう奴が、私はこの世で一番嫌いなの!」

 まだ静まり返ったままの教室の中で、私の声だけが思い切り伸びをしているかのように響き渡る。

 私は満足して高杉に手を差し出した。

「行くよ、高杉!」
「い、行くって……どこに?」

 そんなの決まっている。
 私達の秘密基地、旧校舎の理科準備室だ。そこには可愛い人体模型も待っている。こうなったからには高校生活残り一年三ヶ月を、無事に生き抜く為の作戦会議をしなければいけない。

「立って高杉。行くよ!」

 周りが呆気に取られている間に、私は高杉の手を引き走り出した。遠巻きにこちらを見ていたクラスメイトの輪をかき分けて教室を飛び出し、お昼休みで人の多い廊下をすり抜けていく。

 大変なのは、これからだ。
 
 まず初めに、井上くん対策として柔道黒帯のハックに相談しよう。ハックは女子の頼み事なら絶対に聞いてくれるから、私達を気に掛けて守ってくれるはずだ。ハックの歯が臭いのは、鼻で息をしなければ問題ない。

 それでも駄目なら、担任にも、教頭にも、校長にだって助けを求める。放送室から全校生徒に向かって、井上くんから暴力を受けています。助けて下さいと叫んだっていい。

 私はもう、助けを求める事を躊躇ためらわない。
 それが生き抜く為の手段であるなら、私は正々堂々と思い切り背を向けて逃げるし助けも呼ぶ。そうして少し出来た心の余裕で、もう死にたいなんて思う必要の無い自分を見つけるのだ。

 母に、父と別れて欲しいと言ってみよう。

 ずっと隠し続けた仮面も、もういらない。
 まずは未央達三人に謝る。ごめんなさいを受け取ってもらえるかは分からないけれど、私が本当に好きなものについて三人に知って欲しいと思った。

 きっと拒否されるだろう。
 架空彼氏設定なんて、散々な嘘を並べてきた。最低だと言われるかもしれない。けれどそれがこの嘘の代償なら、私はそれを受けとめる必要がある。

『隠れ』オタクは卒業だ。
 私は、私が好きな私の姿で生きる。

 まずは勇者である宗原さんと三宅さんに弟子入りしたい。門前払いを受けるかもしれないけれど、二人をどれだけ尊敬しているか真剣に説明しよう。

 ほら、少し考えただけで方法なんていくらでもある。自分を変えるのに必要な事は、変わると決める覚悟なんだ。

 よし、走れ、走れ、走れ、突っ走れ!
 どんな状況だって乗り越えてみせる。

 だから一つ。
 神様、一つだけお願いです。

 どうか三年のクラス替えも、高杉と同じクラスでありますように──。

 そしてたどり着いた理科準備室の扉の前で、私はようやく駆ける足を止めた。二人同時に膝に手をつき、乱れた呼吸を整える。

 二人で手を繋ぎ、ただ駆け抜けてきただけなのに、なぜかたまらないほど心がワクワクしていた。

「たか、すぎ。大丈夫?」
「わ、か……つき、さ、大丈夫……ですか?」

 互いのあまりにもヨボヨボな姿に、目が合った途端に吹き出し二人で廊下に崩れ落ちる。

「ふふっ」
「ふはっ」

 きっと私の自慢の斜め前髪もぐちゃぐちゃなのだろう。高杉のぐりんぐりんの癖毛は、更にローリングの激しさが増していた。

 オシャレな人がパスタをお皿に盛り付ける時の、あの捻り巻きパスタくらいのローリング加減だなと、私はこんな時にそんな分析をする。いつか高杉の髪をフォークで巻いてみようと、そんな事を思ってまた一人で笑った。

 そして、理科準備室の扉に手をかけ力を込める。鈍い音をたて、ゆっくりとスライドしていく扉。そこは相変わらずの、汚れた理科準備室だったけれど……。

「見て、高杉!」

 私は窓を指差す。
 土砂降りだった雨が止み、一転して、太陽が顔を出していた。雨に濡れたグラウンドや校舎や遠くの街並みが、日の光に照らされキラキラと輝いている。

「きれいだね」
「はい」

 高杉と窓際に駆け寄り、二人で見上げた空は青。
 心と同じ、文句なしの快晴!

(了)


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猶予三日の死の宣告を回避する手段とは……?

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