ナアジマ ヒカル

演芸好き(身内に演芸家がいます)。創作好き。果物好き。主にコンテストや企画参加用。他、…

ナアジマ ヒカル

演芸好き(身内に演芸家がいます)。創作好き。果物好き。主にコンテストや企画参加用。他、気ままに小説、エッセイも。

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  • 「おーい!落語の神様ッ」

    創作大賞2024応募用の作品です。落語に少しでも興味を持って貰えたら嬉しいという思いで書きました。

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おーい!落語の神様ッ 第一話

 紋付羽織袴姿の男が深夜の浅草を千鳥足で歩いている。この街の人達は気にもとめない。「どうせまたどっかのバカが飲み過ぎたんだろう」と見て見ぬふりをしてくれる。  どっかのバカの正体は、この秋二ツ目から真打に昇進が決まっている落語家の紅葉家咲太、三十四歳。落語の世界ではまだまだひよっこの若手だ。なけなしの金をパチンコで擦って、ツケでやけ酒を飲んだ帰りだった。 「ちくしょう。死んでやる。死んでやるぞ」  咲太はガラスに映る自分に向かって、吐き捨てるように言った。 「真打昇進の晴れの

    • おーい!落語の神様ッ 第七話

       師匠宅へ行くのは正月以来だった。その時の咲太は師匠とはろくに話さず、挨拶が済んだらさっさと帰ってしまった。三年前におかみさんに先立たれてからの師匠はどこか近寄り難くなっていたし、荒んだ生活の中にいた咲太は必要最低限の用事には顔を出したが、全ての事が面倒に感じられていた。  咲太は、おかみさんの死に目に会えなかった。へべれけに酔って寝てしまい、連絡に気付かなかったせいだ。それからというもの、咲太は師匠宅に寄りつかなくなった。亡くなる少し前、おかみさんが咲太の事をとても心配して

      • おーい!落語の神様ッ 第六話

         咲太は自分の体内時計が狂ってしまったことにショックを受けていた。落語家になって十三年。時間を測る正確さだけは誰にも負けないと思っていたし、こんな事は初めてだった。みかんの高座が始まるまでには余裕を持って戻るつもりでいたのに、すでにみかんの高座は終わっていた。みかんはとんびが高座に上がっても咲太の姿が見えないので探しに来てくれたのだった。  会場に戻るととんびが『松山鏡』を演っていた。咲太は舞台袖でとんびの落語を聴きながら徐々に気分が落ち着いていった。さっきの新緑の中に映える

        • おーい!落語の神様ッ 第五話

           夏風亭とんびが国民的演芸番組『芸点』を降板すること、その理由が、まだ幼く難病の愛娘のためであることがネットニュースで流れるとたちまち話題となり、後援会が動いて寄付金が集められた。とんびの娘の当面の治療費が確保されたと聞いて、咲太は安堵した。  咲太がどこでそんな話を聞いたかと言えば、鳴りもしないケータイを充電するために浅草と上野の寄席の楽屋に顔を出した時だった。電気とガスが止まってそろそろ一か月が経とうとしていた。このままだと水も危うかった。こんな切羽詰まった時に限って誰か

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        おーい!落語の神様ッ 第一話

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        • 「おーい!落語の神様ッ」
          7本

        記事

          おーい!落語の神様ッ 第四話

           せっかく禁酒を始めたばかりなのに台無しになるといけないので、咲太は爺さんと一杯やりたい気持ちを飲み込んだ。「野暮用がある」と言うと「そうかい」と意外にもあっさり解散した。稽古もしたかったし、日がある内に帰ってやりたいこともあったので好都合だったが、やや拍子抜けだった。  歩き稽古の合間、どうしてあんな風に爺さんに食ってかかってしまったのだろうかと思い返していた。咲太自身もあの爺さんのように心のどっかで落語は男のもので、女には落語は出来ないんじゃないかと思っているところがある

          おーい!落語の神様ッ 第四話

          おーい!落語の神様ッ 第三話

           咲太があの爺さんに会ってから一週間が経とうとしていた。日本で唯一の演芸専門誌、東京瓦版発行の『寄席演芸家名鑑』にはフリーランスも含めて全ての演芸家が網羅されているはずだが、あの爺さんは載っていなかった。「そんなはずないんだけどな」と他協会の芸人のページを行ったり来たりしながら目を皿のようにして探したが、見つからなかった。『いつきや』の大将から引き受けた貧乏神も咲太の右肩で一緒になって首を捻っている。  あれから、他人の肩に乗っている貧乏神と幾度となく遭遇していたが、状況に慣

          おーい!落語の神様ッ 第三話

          おーい!落語の神様ツ 第二話

           自宅から歩いて5分もかからない場所にある居酒屋『いつきや』の暖簾をくぐると、いつものように大将が「いらっしゃいっ」と愛想よく迎えてくれた。咲太は思わず大将の肉付きの良い肩を確認しながらカウンターに腰かけた。日曜日の夕方の早い時間、先客はいなかった。おかみさんもおしぼりとコップを手に「いらっしゃいまし」と迎えてくれて、すぐに瓶ビールを持って来てくれた。おかみさんの肩も確認してしまう。 「どうしたんです、師匠」 「大将、師匠はやめてって言ってるでしょ、まだ二ツ目なんだから」  

          おーい!落語の神様ツ 第二話

          ショートショート「秘密の副業」

           初対面の男に突然「白髪を染めないでくれ」と頼まれたのをきっかけに、本当に染めなくなって今ではもうすっかり髪が真っ白だ。実際の年齢よりも老けて見られるが、それが返って良かった。  五十半ばを過ぎて独身。親兄弟はいない。親戚付き合いもない。恋人はもちろん、友達もいない。平日は会社と家との往復。社内では、上司には何の期待もされず、部下の誰からも頼られない存在だ。会社帰りに飲みに誘われる事も誘う事もない。外回り中、いつも決まった場所に車を停めてレシピサイトを見ながら献立を考えてお

          ショートショート「秘密の副業」

          秘境

           新宿にはグーグルが撮影出来ないようなヤバい一角がある。まだ百人町に屋台村があった頃、若くて好奇心旺盛のくせに偏見の塊だった俺はその一角にあるバーによく飲みに行ったものだ。  そこはまさに掃き溜めで、今よりもっと肩身の狭いセクシャルマイノリティ達や、立ちんぼ、不法滞在の外国人、やくざ、そして何を生業にしているかわからない怪しい人間の集まる場所だった。そこにいるのは本当に人間だけかと問われたら自信がなくなるくらい不気味な空気が充満しているような場所。「自分がどれほど存在価値が

          「値段なりの仕事をします」という言葉

           私の妻は落語家(個人事業主)である。  毎年、妻が確定申告の為の書類整理をひーひー言いながらやっている。  わざと私の前でひーひー言っている気はするが、そんな姿を見せられては手伝わないわけにはいかないので、私は割と前のめりで手伝う。毎年のその共同作業がなかなか楽しいからだ。  昨年に比べてどういった種類の仕事が減っただとか増えただとか、コロナ禍前と後の違いだとか、二人で話しながら領収書や支払調書の整理をしていく。  日々の暮らしの中で妻の仕事の内容はだいたい把握している

          「値段なりの仕事をします」という言葉

          しゅらしゅら

           十二月ってしゅらしゅらしてるね。  娘の言っている意味がわからなくて、 「しゅらしゅらしてて嫌だねぇ」  と適当に相槌を打った。 「ちがうよ。しゅらしゅらしてるとこがいいんだよ」 「わかったわかった。早く学校行かないと。靴履いて」 「パパ、嫌い」  娘の何気ない一言が気に障ったわけじゃないけど、なんとなくやる気が失せて、心のゲージが急激に減っていって、 「じゃあ、学校行くのやめるか」  そう言って玄関に娘を残して家を出た。  一度も後ろを振り返らず、マフラーを直して、

          ぼんやり猫の店番

           ぼんやり猫(やれやれ猫とも呼ばれている)は店番を頼まれた。  飛行機に乗っている時に頼まれたものだから、飲んでいたブラッディ・メアリも一緒に持って来てしまった。せっかく窓の外のオーロラを眺めながら優雅な時間を味わっていたにも関わらず。    ぱたん。  本を開けるような音とともにぼんやり猫がカウンターに現れた。    店内には数人の客がいたが誰もその小さな変化には気が付かない。    ぼんやり猫がまた次の一文を読んでいく。    そのまた次の一文を読んでいく。  ぼ

          ぼんやり猫の店番

          「世界」小牧幸助文学賞

          昨日失った世界を今日取り戻す明日のボク。

          「世界」小牧幸助文学賞

          「羽」小牧幸助文学賞応募作

          三万六千五百日願ったら背中に羽が生えた。

          「羽」小牧幸助文学賞応募作

          「逃避行」小牧幸助文学賞応募作

          強盗して捕まらずに死んで地獄まで逃げた。 小牧さんが新企画!!

          「逃避行」小牧幸助文学賞応募作

          撃たれた

          「走らないのか?」 このアラシマの言葉に補足をすると、 「走らないと死ぬけど、走らないのか?」 である。 「いや、アラシマさん、走れないんです、これで…」 ノリオは撃たれた右のふくらはぎを見せた。 スタローンみたいなアラシマは軽々とノリオを背負うとすぐさま走りだした。 アラシマ達の後ろでは仕掛けた爆弾が順番に爆発して火の手が迫っている。 さながらランボーである。 ノリオは数年ぶりにアラシマと組んでの仕事だった。 粛清対象がいるビルに侵入して目的を果たしたところまで