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彼女のなんでもない一日

ある何でもない日のことです。
彼女は高速道路で反対車線をゆく消防車とすれ違いました。
次に救急車とすれ違い、続けてもう一台の消防車ともすれ違いました。
これは異常な量だな、と彼女は思いつつ、流れ行く緊急車両達を眺めていた。
「こんなにすれ違うなんて珍しい、何かあったんですかね」
その程度の短い会話を運転手と交わして彼女は予定されていた一日を過ごしました。

その日、彼女は、不運にも必修科目の講義を遅刻しそうになり、タクシーに乗る羽目となったのです。
学生の身分の彼女にとっては痛い出費となりました。
たぶん、あの消防車が、救急車が、走っていった方向では「誰か」が煙に包まれ炎が肌を舐めていったのでしょう。


その日は「誰か」にとっては地獄のような日で、「誰か」にとっては最期の日だったのでしょう。
それでも、その日が彼女にとってどんな一日だったか挙げるとするならば。

 ――遅刻しそうになってタクシーに乗った。授業には間に合ったけど、もうちょっと早く準備しとけばなぁ。

彼女にとってはただそれだけの、なんでもない一日なのでした。

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