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朝起きて会社へ。受動的なツマラナイ毎日。しかし、受動的にこそ成長がある!

まず、周りくどいのですが、会社の目標設定の話からさせてください:

会社で、今の”ありがち”な目標設定を止めて、毎日やることを目標設定しようと進言したのです。”ありがち”とは、どうなるかも解らない、自分だけのチカラで変えられる訳もない絵餅の未来を、偉そうに仰々しく設定する、という意味。代わりに、それをやると夢に近づくはずの「毎日やること」を、何があっても毎日やることを、自分のチカラで毎日やれることを設定しよう、と提案したのです。

で、その毎日やることを、上司との決め事ではなく、大切な仲間同士で互いに守るという約束にしよう、としたのです。自分の夢に近づくためだけど、仲間と相互に交わした約束を守るため、にも位置づける。「走れメロス(太宰治)」です。ということで、毎日コツコツやることを目標設定して、仲間との約束ごとにしたのです。

で、上述の流れで、ボクはnoteを毎日書いているのです。2年前の話なので約2年間。noteを毎日コツコツやることも、職場の仲間と約束してしまったからなのです。

で、不思議なことに「今日はこれをnoteに書こう!」と毎日、勝手に思いつくのです。そして、書き始めると想定していなかった思考の整理が始まって、結論が勝手に生まれる時もあり、それが楽しかったりします。

ところが、今日、何も思いつかないのです。おそらく、家から一歩も出ず、誰とも会話せず、だからなのです。今日は朝から会議続き。聞くふりして資料をコソコソ作る。午後からは会議も終り、集中して資料作り。気づいたら夜。夕飯食べたらもう22時。在宅で終始、資料作成だけ。会議も右から左で誰とも会話せず、本も読まず、TVやSNSも見ていない。

つまり、インプットが全然無い。だから、noteに何を書こうかが全然思いつかない。ネタを強制的に発想する方法を知らないので、こうなったらどうしようもない。何も出て来ない。

ということで、外出するって”大切”なんだな、と思ったのです。偶然のインプットにたくさん出会えます。仕事で議論、仲間とランチで雑談、街に出て何かが目に入る、ニュースやら電車内の広告やら他人の会話やら。世の中の色んな小さなことから発見があって、思考が深まる。学びがあちこち。偶然のインプットが勝手に脳で咀嚼され、自分の中で「新しい考え」が得られる、のです。noteを毎日書いてたらこんなことに気づいたのです。

家の中に閉じこもっているのは、気づき無し。もちろん、家の中でも読書したり、TVやSNS見たりで気づきはあるのだけど、「いつも同じ」家の中では「能動的」に動かないとインプットは得られない。そして、この「能動的」とは危険なもので、自分の好みに限定され、偶然の気づきを制限する。「自分が自分を知らず知らずに制限している」。エコーチェンバー現象もそのひとつ、かな。

一方、家から外に出ると「受動的」な「自分の好みに制限されない」インプットがたくさん。実は「受動的が知性・人格成長には大切」ですね。こんな、毎朝起きて、しょうがないから会社に行って、仲間と仕事して、なんて、一見、ツマラナイ受動的なイヤイヤな日常(=「ケ」)にも/にこそ、多大な価値があるんだな、と思ったのです。

あれ、結局、家にずっといても気づきがあった、のかな。あっという間に自己否定している。。。ま、いいか、今日も24時迄にnoteが書けた。約束は守れている。皆様も何か毎日続けていることありますかしら。なんか毎日コツコツやれているって大人になってもいいもの、ですね、たぶん。

読んで頂きありがとうございます。
(最近出会った素敵な気づきフレーズv7_73)


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