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ゴルフのレッスンプロの悩みを聞いて思う。教える側はこうありたい。

ゴルフに行きました。コース所属のティーチングプロの方々にもお会いする。順番待ちが長いために、新年の挨拶とぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。

年によるけど去年は180回ぐらいかな、ゴルフしたの、とのこと。ほぼレッスン、つまり仕事。で、レッスンには悩みが多いです、とのこと。

この「悩み」を聞くと、この方は素敵な方だなと思ったのです。ボクは教えてもらったことは無いのですが、日々、自問自答しながら、悩みながら、みなに良いアドバイスをしたいと、思っているようです。

こんな悩み:
1.
自分の型を押し付けていいのか。世の中色んな指導方法がある
2.
押付けたところで、自分の型を相手はできるのか。性別も、年齢も、体力も、経験も、腕も、道具も、真剣度合いも違う
3.
だから相手を見て都度、違うアドバイスをすべき。しかし自分が信じる型に引っ張られ、本当に相手に沿った適格なアドバイスをしているのか
4.だから、一方通行ではなく、双方向を心がける。結果、レッスン相手に教えてもらうことも多い。ありがたいが、一方でそれでいいのか悩む

相手を思い・悩み・自問自答し・答えを探す素敵なある意味「先生」です。

話変わって昨年末の忘年会。米国の有名大学で経済学を教える友人が帰国、一杯したのです。で、彼曰く、米国の大きな大学には教えるが専門の先生と研究するが専門の先生で別れている。ベストセラー本を出すような世界的に著名なのは研究する先生。だから僕は大したことないよ、と。いやいやそんなことはない。優秀な学生に日本人が英語で経済を教える自体がスゴい。

それに、「教える」と「研究する」を分けるシステムが素晴らしい、と思うのです。先のレッスンプロ同様に、教えることは悩みが多いのだ。学生は千差万別。だから片手間でできることではない。ベストセラー本は書かないかもしれないが、教えるはとても価値あること。日本のメジャー大学はどっちつかずでだいたいにおいて、残念な状況かしら。。。

「教える」という言葉を使ったのだけど、「教える」という言葉はちょっと好きじゃない。答えを押付けるイメージがある。本来は、「考えさせる」、「挑戦させる」、「変化させる」、「引き出す」、「気づかせる」ということかなと。勉強でもスポーツでも芸術でも、そして仕事でも、とても大切。

職場では上司が素敵な「先生」であって欲しい。今の時代、職場に答えがひとつ、なんてことはない。自分の過去の経験はもはや正しくない。だから答えの押し付けはありえない。

教える側(上司)も教わる側(部下)も、結果がすぐにでるかはわからないけど、真剣に、互いに悩みながら、議論し、答えを一緒にさがし、挑戦してみる、しかない。このプロセスを経ることが唯一の正しい答え、かな。自分の型(経験)を押し付けず、受ける側も言いなりにならず、真剣なキャッチボール。そういう職場をつくりたいと、年末と年始の出来事からそう思ったのでした。

読んで頂きありがとうございます。
(職場を/人生を良質にするコンセプトv6_85)


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