もし俺がヒーローだったら/クジラ肉と蔓無源氏
2020年3月の夜ほど飲んだ月はない。
ほとんど毎日、飲み歩いていたと思う。
示し合わしてもいないのに飲み仲間が集ってくる。
柏という街は不思議である。
最近よく行く焼酎のショットバーは音楽好きが集まることで有名だ。
みんな語りに来るというより、好き勝手集まって壁にかけてあるギターや
弾けない人はカホンなどをたたいて、それもない人は空いた灰皿と自前の太ももを叩く。30代から60代が多い店。曲のチョイスも多岐にわたる。
その日はサックス演奏者がいて、そのあとギタリストがやってきた。
流れる音をBGMに、隣にいた男に話しかけた。
宮城県からやってきたその男はツッキーさんといって、以前この店に友人と3人でよく来ていたそうだ。友人の1人はこの店で人生観が変わり酒蔵へ、もう1人は酒の販売員になった。(そういえば彼自身が何をしているのか聞いてなかった。)
「蔓無源氏のお湯割りとクジラのたれが最高にあうんですよ」
ツチクジラの赤身肉を血抜きせずに干した千葉県の特産品。
いわばクジラのジャーキーだ。僕も同じものを注文した。
しょっぱく肉々しいクジラ肉の酸味が蔓無源氏のアルコール感につながって、芋の柔らかな甘さにゆっくりと包み込まれていく。美味い。
(この血液感が癖になる。酒に血肉。鬼の気分。)
「うどんくん、なんか歌ってよ!」
このお店に来ると確実に僕の歌う曲を知っている人がいるので、
ついつい通って歌ってしまっている。
彼の思い出話にセンチな気分にされたので、知ってる中から曲を選んだ。
”もし俺がヒーローだったら
悲しみを近づけやしないのに...”
「翼の折れた天使」 歌:小野リサ 詩:高橋研
「ツッキーも何か歌いなさいよ!」
そう言われて照れていた彼だったが、
隣で小さく熱唱していたの、僕は知っている。
最近で一番楽しい夜でした。そういって彼はお店を出て行った。
きっとまた会うと思う。
クジラのたれと蔓無源氏、しっかり覚えておこう。
安田のロックを飲んで帰った。
ツッキー、また今度。
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