感想:映画『思いやりのススメ』 「父と息子」のロマンティシズム

【製作:アメリカ合衆国 2016年公開 Netflix配給作品】

介護士の資格を取得したばかりのベンジャミンは、18歳のデュシェンヌ型筋ジストロフィーの少年、トレヴァーの担当となる。
口が悪く、ひねくれたところがあるトレヴァーだが、自分のジョークに応答するベンジャミンには信頼を寄せるようになる。
遠出をほとんどしたことがないトレヴァー。彼の母の出張を機に、ベンジャミンとトレヴァーはアメリカ合衆国北部を自動車で巡る旅に出る。

介護にまつわる実話を基にした作品で、『最強のふたり』と同様、介護者-被介護者の関係や難病患者へのステレオタイプなイメージを覆すことに軸が置かれている。
主人公ベンジャミンは事故で息子を亡くしたことのショックから抜け出せていない状態にあり、乱暴な物言いも多い。
本作には介護を通してベンジャミンもトレヴァーから影響を受け、回復するという「持ちつ持たれつ」の構図がある。

息子を亡くしたベンジャミンと父親の愛情を得られなかったトレヴァーは擬似親子関係を築く。
トレヴァーは難病患者のステレオタイプである無垢・健気といった形容とはかけ離れた言動をとり、汚い言葉を多用し、発作を起こす芝居も行う。
こうした態度から何人もの介護士が辞めていったが、ベンジャミンはトレヴァーのそうした発言に乗って返事をし、「出先でトレヴァーが日々服用している薬と酸素吸引器を失くした」という芝居までする。
雇用-被雇用、介護-被介護の関係を覆すベンジャミンの言動はかなり荒っぽく、しかしそれがトレヴァーの性に合う…….という展開だ。

ふたりの親子関係はホモソーシャル的性質が強く、誇張された荒々しい言葉が飛び交う。
ベンジャミンがトレヴァーに初めてのカルパスを食べさせるシーン、トレヴァーが夢として半ば冗談で語った立ち小便を無理やりさせるシーンなどは極めて一方的かつ高圧的で、ハラスメントにみえた。何度も薦められることでトレヴァーはカルパスも立ち小便も受け入れるが、こうした独善的なアプローチを肯定的に描くことには違和感があった。
『最強のふたり』では人種および所得による階層問題があることで介護者-被介護者の関係が転倒しているため、介護者の粗暴な振る舞いに一定の説得力があったが、本作の場合年長者と年少者なので、権力はどうしても介護者が大きくなる。その点でもあまり巧い描写ではなかったと思う。

また、中盤にトッドが現れるまでのトレヴァーは、いたずらに性的な単語を口にしたり、女性スターに「奉仕」させてみせると言い張る。『最強のふたり』でも女性を客体化するような台詞があり、おそらく身体を思い通りに動かせないことによって男性としての価値が失われるという考え方が普遍的なのだと思われる(ベンジャミンが強く薦める前述の2点も「男性性を獲得する」行為といえる)。
しかし、こうした不能感はマッチョイズムやロマンティックラブイデオロギーといった規範の内面化から生じる側面がある。「男性と女性が結婚して子をなすのが"普通"」、「女を抱いてこそ男は一人前」という認識を変えれば、本人が心から望んでいるかも定かでないのに無理やり「男にさせる」ことなく、苦しみから抜け出せるのではないかと思った。
トッドとピーチズの前や、真摯に対応する必要のある場面ではこうした振る舞いが出てこないところから、彼らは「TPOを弁えている」。しかし、クローズドな関係における暴力的・抑圧的な発言が前向きな意味を持つことそのものがどうかと思う。「相手を選んで言っている」つもりの人が極端な価値観を内面化していく例は枚挙に暇がないし、発作を茶化したり女性を客体化しなければフラストレーションが処理できないというのはセラピーなどを受けるべき状態だと思う。

ベンジャミンを抜きにした人間関係は上記ほど乱暴なものではなく、トレヴァーとトッドのぎこちない恋や、トッドとピーチズの友情などは微笑ましいと感じた。

ベンジャミンは介護士としての仕事に手を抜くことはない(特にトレヴァーの排泄介助を行う様子は繰り返し描かれる)。
ただ、『パッチ・アダムス』でも感じたことだが、こういう「仕事をしっかりしているので態度が破天荒でも構わない」といった描写はあまり誠実なものではないと思う。
特に医療は責任やルールがあってこそ成立する仕事なので、破天荒な作品にするにしてもその点との葛藤には触れて欲しかった。Netflixを通じて全世界に配信される作品としての主題の強度や倫理性には欠けていたと思う。

なお、作中でトレヴァーに侮辱的に言及されるが、ベンジャミンの時給は9ドルであり、彼が新人であることを踏まえても安い。これは介護の仕事が軽視される状況が多くの国々に共通して存在することを示していて、改善していくべきだと強く思った。

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