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月の砂漠のかぐや姫 第166話


 ドドドウッ。ドドドッドドッドッ。
 ドドド、ドドド、ドド、ダダ・・・・・・。
 冒頓が「ここだ」と見定めた場所は、すぐにやってきました。冒頓は馬の駆ける速度を少しだけ緩めると、背中に収めていた弓を取り出して左手に持ちました。
 騎馬隊の右手から前方にかけて大きな砂岩の塊があります。隊の左側には細く長い亀裂が大地に口を開けているので、彼らは直進せざるを得ません。でも、亀裂の向こう側に広がるゴビに目を向けると、左前方、つまり、これから彼らが砂岩の塊に突き当たって方向転換をし向かう先には、砂煙を立ち上げながらこちらに向かって来る母を待つ少女の砂岩とサバクオオカミの砂岩の姿が見えます。その姿は、もうかなり大きくなっていて、騎馬隊が方向転換をした後は、真正面からそれらとぶつかることになると思われました。
 盆地に点在している砂岩の塊と亀裂のために、騎馬隊と砂岩の群れの双方が進行方向を制限されることから生じたこの位置関係でしたが、これは冒頓の騎馬隊に訪れた、母を待つ少女の奇岩とそれを守るサバクオオカミの奇岩たちに直接矢を射かける、最大にして最後の機会なのでした。
 ドド、ダダダ。ダダダ。
 ダダッ。ダダダ・・・・・・。
 冒頓は矢筒から矢を取り出して、弓につがえました。彼の鋭い視線の先には、大柄なサバクオオカミの奇岩の背にしっかりとつかまっている、母を待つ少女の奇岩の姿がありました。
 姿かたちを見分けることができるとはいっても、お互いの距離はまだまだ離れています。それに、馬上にある冒頓とサバクオオカミの奇岩の背に乗る母を待つ少女の体は、どちらも激しく上下しています。
 それでも、冒頓は確かに母を待つ少女と視線がぶつかったと感じました。それは、砂岩の塊を相手にしているという事実からすれば、まったくあり得ないことではあるのですが、この場においては、そのようなことはもはや驚きの源にはならないのでした。
「さて、色々と借りを作っちまったが、まずは、こいつでお礼をするとしようか・・・・・・」
 冒頓は母を待つ少女の奇岩から視線を外すことなく、愛馬の上で背筋を伸ばし、キリキリと弓を引き絞りました。後続の男たちも同様でした。この瞬間だけは、先に進むことは愛馬に任せて、自分たちは遠く離れた敵を射抜くことに集中するのでした。
 冒頓たちが、引き絞った弓から敵に向かって矢を放とうとした、正にその時のことでした。
 グラングラン、グランッ!
 グラグラグアッ!
 これまでも細かな振動を続けていた地面が、「もう我慢ができないっ」とでもいうかのように、激しく揺れ出したのでした。
「な、なんだ、うわっ」
「おおう、おわっ。やべぇ、おわぁっ」
 騎馬隊の男たちは、矢を弦から外すと、慌てて手綱を取りました。
 これまでの細かな振動とはまったく違って、この揺れはとても激しいもので、地面を蹴るはずの騎馬隊の馬の足が数度空回りをするほどでした。これでは、もちろん馬を駆けさせることなどできません。それどころか、男たちは、心の底から驚かされた馬が棒立ちになって乗り手を振り落としたりしないように、また、跳ねまわって足を折ったりしないように、ただただ落ち着かせることだけに集中しなければなりませんでした。
「わ、わっ。落ち着け、怖くないから、な。落ち着いてくれっ」
 苑も、大きな揺れに驚いて跳ねまわる馬から、その小さな体が振り落とされないように必死でした。いつしか、彼の手からは弓も矢も無くなってしまいましたが、そのことに気づく余裕すらありませんでした。
 グラングラアアン!
 ズズズ・・・・・・。
 ガラグランッ。グラグラグランッ!
 大地の揺れは、緩やかになったり激しくなったりを不規則にくり返していました。
 この状態では馬上に居続けることは困難であると判断した冒頓たちは、揺れが緩やかになった瞬間を捕まえて下馬をし、馬が飛び出していかないように手綱を引き絞りながら、揺れが治まるのを待つことにしました。
 自分たちを追いかけてきていたサバクオオカミの奇岩たちも、この揺れでは走ることは難しいだろうし、たとえ追いつかれるにしても、馬に乗っていてはとても戦える状態ではない。それだけの激しい揺れだったのでした。
「くそっ、いいところだったのによっ。なんだ、大地の精霊様か、意地が悪いのはっ」
 この激しい揺れが大地の精霊がもたらしたものだったかはわかりませんが、冒頓が悪態をついたとたんに、大きな反応が起こりました。
 グララアンッ。
 フドオオウン。シュウシュワァン・・・・・・。シュウウ・・・・・・。
 新たな大きな揺れが盆地を襲ったかと思うと、見る見るうちに大地に刻まれた裂け目に青白い光が満ち、そして、その光が大空に向けて放たれました。
 それは、雨上がりの時に雲間から光の筋が差し込む光景を、ちょうど逆さまにしたもののようでした。
 大地に幾つも口を開けていた裂け目から青白い光の束が天に向かって吹きあがっていきました。そして、間欠泉のあげる飛沫の様に、盆地の上空で青白い光の飛沫となると、再びゴビの大地に降り注ぐのでした。
 冒頓たち騎馬隊のすぐ左横の裂け目からも、青白い光の束が天上に向って吹き上がりました。それは上空で細かな飛沫となると、彼らの上にきらきらと舞い降りてきました。
 そしてそれは、裂け目を超えた先のゴビの大地を走っていた、母を待つ少女とサバクオオカミの奇岩の方でも同様でした。彼らの近くで口を開けていた裂け目から天に向かって噴出した青い光の束が、キラキラと輝く飛沫となって彼らの上に降り注いでいたのでした。





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