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#連載小説
月の砂漠のかぐや姫 第328話
「おっ、これは、行けるんじゃねえかっ」
冒頓は、相手の攻撃を受け止めようと身体の前に突き出していた短剣を、素早く引き戻しました。
自分が見せてしまった大きな隙をついて相手が攻撃を仕掛けてくると思った冒頓は、咄嗟に防御の構えを取っていたのでしたが、相手からの仕掛けはありませんでした。それどころか、「母を待つ少女」の奇岩は急に動きを止めてしまっていました。防御の必要性がないどころか、逆にいまこそが
月の砂漠のかぐや姫 第327話
敵と対峙しているにもかかわらず、自分の注意を別のものに向けてしまうだなんて、歴戦の強者である冒頓に似つかわしい行動ではありません。つまり、冒頓の目に入った羽磋の姿は、それだけの大きな衝撃だったということなのでした。
数日前の事、冒頓の護衛隊は、ヤルダンで交易隊を襲っている「母を待つ少女」の奇岩を倒すために、土光村を出ました。ヤルダンを通り抜けて吐露村に行こうとしている羽磋も冒頓たちに同行し、
月の砂漠のかぐや姫 第326話
さて、物語の舞台は、再び地上へ戻ります。
地下の大空間の中で濃青色の球体と対峙していた羽磋が、天井から伝わるドドドッという振動を感じて、「自分たちの頭の上で冒頓の騎馬隊が走り回っている。彼らは『母を待つ少女』の奇岩と戦うためにヤルダンに入ったのだから、その戦いがいま繰り広げられているんだ」と考えたのは、的を射ておりました。
「母を待つ少女」の奇岩が立つヤルダンの中では珍しく開けた場所へ、冒頓
月の砂漠のかぐや姫 第325話
「いいぞ、頑張ってくれっ。あの大きな割れ目を通じて、理亜たちを地上に吹き出してくれっ!」
ギュッと両の拳を握り締めながら、王柔は叫びました。
その声に奮い立ったのか、月夜に輝く湖面のようにキラキラとした青い光で周囲を明るくしながら、水柱はグングンと立ち上がっていきます。
でも、その様に一気に進んでしまって良いものでしょうか。もしその狙いが少しでもズレていれば、水柱は天井にある亀裂を通り抜ける
月の砂漠のかぐや姫 第324話
「王柔殿・・・・・・」
羽磋には、王柔の言うことが理にかなっていることが、良くわかっていました。それでも、非情になって「わかりました。王柔殿がここに残ってください」と言うことは、簡単にはできないのでした。
王柔は、羽磋の優しい心根を良く知っていましたから、「羽磋殿は決断を下すのに苦しむだろうな」と想像がついていました。そこで、王柔は羽磋の返事を待たずに自分が率先して動くことにしました。王柔は羽
月の砂漠のかぐや姫 第323話
「ええっ・・・・・・」
母親の説明が自分の思っていたものと違っていたために、羽磋はなんとも返答のしようがなく、口ごもってしまいました。
彼にとっては、理亜の身体の異変を治すため、それに、自分たちが地下から地上に戻るために思いついた唯一の手段が、「濃青色の球体に飲み込んでもらって、地下世界の天井の穴から外へ吹き出してもらう」ということでした。「母を待つ少女」の母親が持っていた「自分たちが彼女を騙
月の砂漠のかぐや姫 第322話
でも、これですべてが収まるべきところに収まったと言えるのでしょうか。
いいえ、そのようなことはありません。
そのことに皆の注意を促したのは、やはり、羽磋でした。
「そうです! ここにいる理亜の身体の中には、娘さんの心の半分が入り込んでいます。それをおわかりいただけて、良かったです。でも、さっきから何度もお話ししていますが、急がないといけないんです! 娘さんと理亜の心の残り半分はいまどこにあり
月の砂漠のかぐや姫 第321話
長い年月が過ぎ去る間に、たくさんの交易隊がヤルダンの交易路を通り抜けました。彼らは「ヤルダンの中に奇妙な形をした砂岩の塊がある。それは、まるで母親を待っている子供のようだった」と言う土産話を地元に持ち帰り、それが月の民全体に広がって行くのでした。
交易隊員たちの見立ては間違ってはいませんでした。何故なら、その長い年月の間も、由は待ち続けていたのですから。あの大地の亀裂に飛び込んで消えてしまった
月の砂漠のかぐや姫 第320話
薬草を手に戻ってきた母親は、自分の愛する娘の姿が「砂岩でできた像」と言う異形に変わってしまっていることに、これ以上無いほどの強い衝撃を受けました。確かに薬草を探す旅には非常に長い時間が掛かりましたから、自分が帰る前に娘が熱病のために死んでしまうのではないかという心配は、常に心の中に冷たく重い塊として存在していました。でも、まさかこのようなことが起きていようとは、想像さえもしていなかったのです。
月の砂漠のかぐや姫 第319話
奴隷買い付け人は、引き続き奴隷市場に目を光らせておくために西国に残る必要があったので、理亜とその母親を他の奴隷と一緒にして、月の民に戻る寒山の交易隊に託すことにしました。ただし、彼は理亜が特別な奴隷であることを、寒山や交易隊員には伝えませんでした。それは、男が受けていた命令が、他言無用のものだったからです。その代わりに、彼は一通の書を記して封筒に収めると、それを閉じる蜜蝋に自分の印をしっかりと押
もっとみる月の砂漠のかぐや姫 第318話
では、この理亜の行いが、彼女と母を待つ少女の奇岩に起きた不可思議な出来事の原因の全てなのでしょうか。
いいえ、やはりそうではありませんでした。理亜の行ったことは確かに非常に重要なことではあったのですが、それだけであの不可思議な出来事が生じた理由を全て説明することはできないのでした。
実は、理亜が行った行為だけでは無く、それを行った理亜本人にも、理由となる要素があったのでした。
その赤い髪色
月の砂漠のかぐや姫 第317話
理亜が思わず大きな声を上げてしまったのは、昨日の夜に自分がもたれかかっていた背の高い砂岩の塊が、どこにも見当たらなくなっていることに気付いたからでした。
いまも広場には小ぶりな砂岩の塊が幾つも転がっています。でも、それらは小さな理亜の腰ぐらいまでの高さしかありません。ぐったりとした彼女が背中を預けたあの砂岩の塊とは、明らかに異なるのです。
「どうしたんだろう・・・・・・」
あの砂岩の姿を探し
月の砂漠のかぐや姫 第316話
疲れ切って地面に座り込んでいた理亜でしたが、びっくりして反射的に立ちあがりました。それは、別の声が割り込んできたのをきっかけとして、その声の出どころから「辛い」だとか「絶望」だとかの感情が、一気に押し寄せて来たからでした。
その声は彼女のすぐ後ろから聞こえてきていました。でも、後ろを向いた彼女の目に映ったのは、いままで彼女がもたれかかっていた砂岩の塊だけでした。ひょっとして、その後ろに誰かが隠