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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2023年6月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第274話

月の砂漠のかぐや姫 第274話

 これまで羽磋たちは母親の体験したことを追体験していましたが、それがあまりにも自然で生々しかったために、自分自身でがそれを体験したか、あるいは、母親がそれを経験するのをその場で見ていたかのように感じていました。でも、あくまでもこれは濃青色の球体の中で不思議な力が働いたために、彼らが過去の出来事に対して間接的に触れていたに過ぎません。夢を見ている時と同じように、いくらその世界が現実のように思えてもそ

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月の砂漠のかぐや姫 第273話

月の砂漠のかぐや姫 第273話

 夫を亡くしてから娘と二人で過ごした時間は、大変ではありましたが幸せな時間でした。その一方で、娘が熱病に掛かってからの時間では、どれだけの心配をしたことでしょうか。変われるものなら自分が娘と変わってやりたいと何度も思ったほどです。それだけに、長老から昔話に出てくる薬草の話を聞いたときには、それまで一度も感じたことのないほどの救いに思われました。
 薬草を探す旅の中で、母親はどれほどの苦労を重ねたで

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月の砂漠のかぐや姫 第272話

月の砂漠のかぐや姫 第272話

 胸の中の空気の全てを叫び声に変えて出し尽くすと、母親はゼエゼエと荒い呼吸を繰り返しながら砂岩の前に戻りました。今度は先ほどのように立ったままで覗き込むのではなく、砂岩の前にストンと力なく跪くと、震える両腕を前に伸ばしました。そして、母親は両腕を砂岩の後ろにまで回して、自分の身体をしっかりとそれにくっつけました。母親の顔は砂岩の先端部分にほおずりするかのように寄せられました。
 母親の背中は何度も

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月の砂漠のかぐや姫 第271話

月の砂漠のかぐや姫 第271話

「良かったですねぇ。これで娘さんも助かりますねぇ」
 母親の気持ちにすっかりと感化されてしまったのか、王柔が鼻をすすりながら湿った声で呟きました。
「そうですね。でも・・・・・・」
 羽磋も母親の過去を追体験しその気持ちを共有していましたから、王柔がそう感じるのはよくわかりました。でも、王柔と同じように「これで良かった」という気持ちにはなれないでいました。彼は忘れていませんでした。これは「母を待つ

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