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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2020年6月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第103話

月の砂漠のかぐや姫 第103話

 翌日の朝を、羽磋は天幕の中で迎えました。その天幕は、小野の交易隊員が土光村の周囲に設営したものの一つでした。
 羽磋は護衛隊の者に混じって、まずは自分たちが騎乗する馬の世話や交易隊が連れている駱駝たちの世話を行い、それが終わった後でようやく、乳酒や乳茶、それに、クルトと呼ばれる硬いチーズの朝食を取りました。
 月の民の者は、家畜から得られる恵みと共に、季節を過ごします。
 つまり、草が茂り羊が良

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月の砂漠のかぐや姫 第102話

月の砂漠のかぐや姫 第102話

 小部屋の中で、一番扉に近い位置に座っていたのは羽磋でした。羽磋が小野に確認をしてからそれを開くと、明り取りの窓からさぁっと風が吹き込んできて、小部屋の中のむっとした空気を酒場の方へ、そして、その先の店の外へ、押し出していきました。
「いつの間に、こんなに体や心が凝り固まっていたのだろうか」
 その風が吹いた後に一度に身体が軽くなったことで、自分がどれだけ話に集中していたのかに気づき、羽磋は驚いて

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月の砂漠のかぐや姫 第101話

月の砂漠のかぐや姫 第101話

 理亜は王柔の背中から急いで離れると、いつ眠り込んでしまってもいいように、自分の椅子に座り直しました。彼女は人に触れることはできないのですが、椅子にであれば腰掛けることができるのです。
「おう、お嬢ちゃん、眠くなっちまったか」
 彼女の変化にいち早く気がついたのは、その正面にいた冒頓でした。彼はできるだけの優しい声を出して、王柔がその事に気がつけるように、配慮してやるのでした。
 理亜の周りの大人

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月の砂漠のかぐや姫 第100話

月の砂漠のかぐや姫 第100話

 こうして改めて問われると、冒頓の言うこともよくわかるのでした。理亜の現状が続くという保証など、どこにもありません。このことにヤルダンの精霊の力が関わっているのだとしたら、こうして理亜がヤルダンから離れていることが、悪い方向に働くことだってあるのかも知れません。
 でも、だからと言って、ヤルダンに乗り込んでいくことが正しいということにも、ならないのではないでしょうか。それが決定的な悪いことにつなが

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月の砂漠のかぐや姫 第99話

月の砂漠のかぐや姫 第99話

 まるでヤルダンに並ぶ奇岩のように、王柔は固まってしまいました。いま彼の頭の中では、冒頓が投げ掛けた問いに対する答えを探そうと、思考が激しく渦を巻いていました。でも、心の中の全ての意識をそこに集めて答えを探さないといけないということは、王柔がその点についての答えを持っていなかった、いや、そもそも考えてみたこともなかったことを示していました。
「理亜のことを大切に・・・・・・。そうだ、だから、理亜を

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月の砂漠のかぐや姫 第98話

月の砂漠のかぐや姫 第98話

 ブルブルブル・・・・・・。
 王柔の膝が震えていました。
「す、すみません」
 反射的に王柔が口にしたのは、謝りの言葉でした。
「謝るぐらいだったら、最初から言うんじゃねぇっ。お前には芯ってもんがねえのか?」
「す、す、すみません・・・・・・」
「だから、謝るなって言ってるだろうがっ。謝るぐらいだったら、座って大人しくしとけよっ」
 はっきりとしない王柔の態度は、冒頓を余計にイライラとさせるもの

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月の砂漠のかぐや姫 第97話

月の砂漠のかぐや姫 第97話

「皆は、ヤルダンを無事に通れるようにすることだけを考えている。理亜のことなんて、だれも考えてくれていないんだ。僕が、僕が、はっきりと言わないといけないんだ。理亜のことをきちんと考えてあげて下さいって。理亜を守れるのは僕だけなんだ・・・・・・」
 王柔には、そう思えてならないのでした。
 王柔は、気を抜くと足元に落ちていってしまう視線の先を、机の真ん中に固定しました。この場にいる一人一人の目を見て発

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