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今ふりかえる極東ロシアの旅⑦ やはりロシアは芸術の国

2017年の夏、私は極東ロシアの旅に出かけ、「暗い」「冷たい」「怖い」というロシアのイメージを随分と変えた。それから約5年後、この原稿を書いている2022年4月の時点で進行しているロシアによるウクライナ侵攻はいかなる理由があっても正当化できるものではない。しかし、いまの時点にたって当時、極東ロシアで見聞きし、感じたたことを伝えることは意義があることだと考え、何回かに分けて極東ロシアの旅をふりかえることにした。

 2017 年の極東ロシアの旅では、「やはり、ロシアは芸術の国だ」と感じた。

あのマリンスキー劇場がウラジオストクに

 ウラジオストクの最終日にマリインスキー劇場沿海州劇場で、プロコフィエフ作曲のオペラ「3 つのオレンジへの恋」を観た。 

 マリインスキー劇場といえば、サンクトペテルブルクにあるバレエやオペラの殿堂で、「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」などが初演された世界的に超有名な劇場である。そのマリインスキー劇場がウラジオストクで直営する常設の劇場がマリインスキー劇場沿海州劇場である。2012 年にオペラ、バレエの劇場として開設され、2015 年からマリインスキー劇場の傘下に入っている。

 下記はマリインスキー劇場沿海州劇場のホームページである。日本語のページもあり、毎日どんな公演をやっているかわまり興味深い。

 私は以前から、オペラの全編を生で観たいと思っていたが、なかなかそういうチャンスがなかった。日本では、オペラの中の有名な曲が演奏会形式で演奏されることはよくあるが、ちゃんと芝居としての舞台をセットし、衣装を着けて、歌劇の舞台として上演されることは多くはない。また、そうした舞台は、それなりに値段がはる。なので、今回、ウラジオストクにマリインスキー劇場の直営劇場があることを知り、ぜひ、ここでオペラを観ていたいと思った。

 実は私が極東ロシアへ行く直前の 8 月 14 日まで、28 日間にわたって第 2 回「マリインスキー極東フェスティバル」が開催されており、世界 12 か国から約 500 人ものアーティストが集まって、オペラ、バレエ、クラシックコンサートなどを開催していた。また、共催イベントが、ユズノサハリンスクや中国のハルビン、韓国の平昌でも開催されていたという。

 聴衆は、地元ロシアのほか、アジア、ヨーロッパなどから 5 万人が訪れたということだ。とくに最終日の 8 月 13 日の閉会イベントでは、私の大好きなカール・オルフの「カリムナ・ブラーナ」が演奏されたということ。もうちょっと早く情報がわかっていれば、それに合わせてウラジオストクへ行ったところだった。それはともかく、私のウラジオストク滞在中に観ることができるオペラやコンサートを探すと、唯一あったのが、プロコフィエフの「3 つのオレンジへの恋」だったので、迷わず、マリインスキー劇場の HP でチケットの予約をした。

  そのときビックリしたのは料金だ。1,000 ルーブルなので、当時の日本円で 1800 円程度だった。交換レートを 1 桁間違っていないかと何度も確認したが、間違いなかった。

Youtubeで「3つのオレンジへの恋」を予習

 ただ、不勉強で「3 つのオレンジへの恋」というオペラはまったく知らなかったので、事前にストーリーを調べ、Youtube にアップされている「3 つのオレンジへの恋」(1989 年、イギリスで英語版で上演されたもの)の全編を観たりして、”予習”した。

 下記はその時に予習した動画である。

  「3 つのオレンジへの恋」というのは、イタリアの作家の童話を元にしてプロコフィエフが作曲、創作したオペラである。ある国の王様が、うつ病になってしまった王子と国の将来を憂いて、道化師を使って王子を笑わせ、うつ病から脱出させようとした。これにたいして、王位を狙う大臣は、王子が回復すると困るので、いろいろと妨害をしようとした。そこから、王様の側につく側近、道化師、魔術師と、大臣の側につく王女(王様の姪)、魔女、黒人の召使などがドタバタ劇を繰り広げるという話である。吉本新喜劇を歌にのせてやるようなものといってもいいかもしれない。

客席後方のざわめきからオペラが始まる

 当日は午後7時開演だった。ウラジオストク中心街から、ゴールデンブリッジで金角湾を渡って対岸にある沿海地方ステージはガラス張りの大きな建物だった。6時半ごろから少しおしゃれした人々が続々と集まってきた。童話を基にしたオペラなので、子供連れも結構いた。

開演前の客席の様子

 いよいよ開演。舞台を注視していたら、いきなり客席の後ろの方からざわざわとした声がしてきた。「なんだ、遅れてきた客がうろちょろしているのかな、迷惑な!」と思ったら、大違い。それは、俳優(歌手)たちであり、オペラの始まりだった。俳優たちが客席の間の通路を通って舞台へ上がった。

 全編ロシア語だったが、Youtubeで「予習」していたおかげで、舞台横に出る英語の字幕をちらちら見る程度で、ストーリーはよく理解でき、パフォーマンスそのものを楽しむことができた。

可愛く、コミカルな演出

 指揮者は、 Anton Torbeevという若い指揮者だった。予習で観た「3つのオレンジへの恋」(1989年、イギリスで上演)に比べると、舞台装置はシンプルだった、沿海州劇場の演出の方がもっと今風で、かわいらしく、コミカルな感じだった。

 もともとの台本では、道化師がいろんなパフォーマンスをやっても王子様は一向に笑わないなかで、パフォーマンスの妨害にやってきた魔女と道化師がもみあっているあいだに、魔女がひっくり返った姿があまりに滑稽なので、王子様が笑いだす、という場面がある。

 1989年のイギリス公演ではその場面を、魔女が大股を広げて、パンツ丸見えでひっくり返るという演出をしていていました。これにたいして、沿海州劇場では、魔女がひっくり返るときに、かつらが取れて、つるつるの頭が丸見えになるという演出をしていた。爆笑する場面が何度もあった。

 Youtubbeを確認すると、マリインスキー劇場極東ステージでの「三つのオレンジへの愛」の動画もアップされていた。

 それにしてもオペラ歌手というのはすごいと思った。歌手としての歌唱力はもちろん、演技力も求められるが、それが見事に演じらえていました。

 王子様がうつ病で悩んでいる様子や、魔女の魔法にかけらえて、オレンジに恋して旅に出る一途な姿。悪者なのだけど、どこか憎めない魔女。そして、オレンジから生まれて、最後に王子と結婚することになる王女はとてもかわいらしい演技だった。

 子供連れも結構いたが、子供のころからこういう生のオペラに触れる機会が多いのではないかと思った。

 公演が終わったのが午後9時半過ぎ。お客さんたちは、オペラの余韻を味わいながら、会場をあとにしていました。ゴールデンブリッジの夜景がとてもきれいに輝いていた。

沿海州劇場から見たゴールデンブリッジ

ゴーリキー・ドラマ劇場

 ウラジオストクには、マリインスキー劇場のほかにも、様々な劇場や人形劇場があった。

 街の中心部にゴーリキー・ドラマ劇場という演劇場があった。”ゴーリキー・ドラマ劇場”という名前を聞いたただけでゾクゾクとしてくるので、ぜひここでお芝居を観たかったのだが、たった2日間のウラジオストク滞在のなか、観ることができなかった。 

ゴーリキードラマ劇場

  ホームページを観ると、「エディスと彼女の悪魔」(8/18)、「アンナ・カレリーナ」(8/19)、「結婚」(8/20)、「椿姫」(8/25)、「あなたの最愛と別れないでください」(826)、「No13 またはクレージーナイト」(8/27)・・・・と連日、よくわからないが面白げなお芝居の公演が目白押しだった。

クライ プリモルスキー人形劇場

 ゴーリキードラマ劇場の近くには、クライ プリモルスキー人形劇場というものもあり、そちらも非常に気になったが、観る機会はなかった。

 上の写真の道路の向こう側にある建物が人形劇場である。私が前を通りかかったときは、うらぶれた感じがして、本当にやっているのかなと思ったが、HPを観ると、こちらも子供向けにいろんなおとぎ話を上演しているようだった。

 ロシア語なので、無理やり自動翻訳させて読むと、この年の6月には日本のおとぎ話をベースにした「鶴と天狗」という人形劇も上演したそうだ。

 舞台もとてもきれいだという話だ。今回は観ることができず残念だった。

 また、この人形劇場のHPでは公演した人形劇のダイジェスト版のビデオも公開しているので、ちょっと覗いてみると面白い。

芸術のすそ野が広い

   ウラジオストクにせよ、ハバロフスクにせよ、そんなに大きくない街なのに、コンサートホールや演劇場、美術館、博物館・ギャラリーといったものが多いような気がした。何かの本で、ロシアでは、サンクトペテルブルグにあるエルミタージュ美術館やマリインスキー劇場などを頂点に、地方の小さな都市にまで芸術施設の重層的なネットワークがあると書いてあった。これは、旧ソ連の文化政策の遺産であるという。今でも、バレエやクラシック音楽などでは、ロシアは世界的なトップレベルにあり、世界中から留学に来る人も多いのだが、そうしたトップレベルを支えるすそ野が相当に広いのではないかということを感じた。

 そういえば、今度のウクライナ戦争でも、日本からキエフへバレエ留学していた女性が、日本へ戻らざるを得なくなったというニュースが流れていた。文化の重層的なネットワークがあるというのは、ウクライナも含めた旧ソ連圏に共通するのかもしれない。

 マリインスキー劇場沿海州劇場で感じたように、あんな子供の頃から、プロコフィエフのオペラを生で観る経験をした人がゴロゴロいるとしたら、国全体の文化水準は上がるはずだ。

 コロナ禍と戦争がおわり、ふたたびウラジオストクへ行く機会があったとしたら、マリインスキー劇場沿海州劇場、ゴーリキードラマ劇場、クライプリモルスキー人形劇場、さらに市内のいくつかの美術館、ギャラリーなどを集中的に観て歩く旅を企画したいものだ。

<今ふりかえる極東ロシアの旅⑥ | 今ふりかえる極東ロシアの旅⑧>


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