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「夢は叶う」と信じていたあの頃の私。人生で読んだ中で一番好きな本。

読書量は決して少なくないほうだと思うが、「人生で読んだ本のベストワンは?」そう聞かれたら、何の迷いもなく即答する。

ルーシー・モード・モンゴメリの「エミリー」シリーズです。

モンゴメリと聞いてピンとこない人も、「赤毛のアン」の作者だといえばわかるだろうか。もちろん「赤毛のアン」も大好きで、中学生の頃にシリーズで「アンの娘リラ」まですべて読んでいる。

だけど、「人生のベストワン」に挙げるほど好きなのは、「可愛いエミリー」「エミリーはのぼる」「エミリーの求めるもの」の「エミリー」シリーズだ。

なぜ好きなのか。いろいろ理由はあるが、やっぱり主人公のエミリーが「文章を書かずにはおれない少女」だったからだと思う。

私も文章を書くことが好きだった。子供の頃から何の取り柄もなく、「生きるのってしんどいな」と思ってきた。でも、唯一、それも“ほんの少しだけ”人よりできたことが、文章を書くことだったから、完全に自分の姿をエミリーに投影させていた。

「エミリー」シリーズはストーリーとしても面白く、ぐいぐい引き込まれる。登場人物はまるで知っている人のように生き生きと動き、話す。私はすぐこの物語に夢中になった。アンよりもちょっとミステリアスというか、スピリチュアルな要素もあって、それも気に入っていた。

中でもたまらないシーンがある。今でもパラパラとそのページをめくるだけで涙があふれる。

エミリーは作家になって本を出版することを夢見てきたが、実際には叶わず、本当は相思相愛だった男性とも結ばれず、失意のまま24歳の誕生日を迎える。その日、「十四歳の彼女から二十四歳の彼女へ」という、かつての自分が未来の自分宛てに書いた手紙を開封する。

「あなたはえらい本を書きましたか。あなたはアルプスの道の頂上に達しましたか。・・・おお、愛する二十四歳よ」

その手紙はバカバカしいほどロマンチックで夢と希望にあふれていた。エミリーは手紙をしまい、机にうつぶせになった。そして心の中でつぶやく。

「小さなばかな、夢の多い、幸福な、無知の十四歳よ。将来には何かえらい、すばらしい、そして美しいことが待っているようにいつも考えていた。紫の山には必ず届くと思っていた。夢は必ず実現されると思っていた。幸福になることを知っていたおろかな十四歳」

その時、“運命の足音”が階段に響く。それは、いとこのジミーさんが、ある知らせを持ってくる足音だった。なんとジミーさんはエミリーに内緒で、エミリーの書いた物語を大きな出版社に送っていたのだ。持ってきたのは、「その本を出版する」という出版社からの手紙だった。

その手紙を読んで驚き、まだ信じられない思いの中でエミリーは言う。「ごめんなさいね、小さい十四歳よ。あなたはばかじゃなかったわ。あなたは賢かったわ。あなたは知っていたのよ

ここで私はいつも、ぽろぽろと泣いてしまう。

人が夢をかなえる瞬間というのは、たまらない。それも自己投影した主人公が、完全に失望したときに一発逆転するのだから。私も「作家になる」「本を出版する」という夢を持っていたから、自分のことのように感動してしまうのだ。

この「エミリー」を読んでから、私はモンゴメリの作品に没頭していった。モンゴメリという作家を知っていくと、彼女の「自然」や「人」に対する捉え方、イマジネーションとユーモアのセンスにすべて共感できることに気づいた。もし同じ時代に同じ場所に生まれていたら、親友になれたのではないかと思った。それこそアンの言うところの「腹心の友」に。

その想いがあまりに強くなり、モンゴメリの生まれ育ったカナダのプリンス・エドワード島に降り立ち、物語の舞台となった場所を実際に歩いて見て、モンゴメリのお墓に手を合わせたいと思うようになった。これは21歳の時に実現させている。

今日、「エミリーのことを書きたいな」と思い、先ほどの引用したシーンを久しぶりに読んでみたが、やっぱり泣けてきた。こんな年齢になってもまだ、心のどこかで夢を見ているのかな、私は。自分にも“運命の足音”が聞こえる日が来るのではないかと。

noteを始めて、仕事とは関係ない文章を書くようになって、また小説を書いてみたいと思うようになっている自分に気づいてもいるのだ。



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