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ある寿司打ちの一日【創作】

【Side A】

へい、いらっしゃい。
お客さん、見ない顔だねえ。この店は始めてかい?

そうか、ならこの席に座っとくれ。
うちは3つのコースしか提供してねえんだ。
ささっ、どれにするんだ?

「お勧め」でいいんだね?へいっ、少々お待ちを。

寿司は俺のタイミングで出すから、皿が流れる前に急いで食っちまいな。
何にしても食べごろってのがあるんだよ。
じゃあ、行くぞ?

毎度、「鉄火巻」。

お、食いっぷりが良いねぇ。
気に入ってくれたかい?

お次はこれだ、へい「身長」ひとつ。
、、、何不審がってるんだ?
早く食わねえと流れっちまうぞ?

はいよ、
「ゴージャス」
「美少年」
「助けてー!」

中々早く食うじゃねえか兄ちゃん。こっちも腕がなるってもんよ。

お次「猫にマタタビ」、「グーチョキパー」でい。
おっと、こぼしなさんな。
急いで食ってもいいが、寿司は味わって食わねえと。

連続で出すぞ
「いらっしゃいませ」
「真っ赤な太陽」
「スイッチを押す」

おいおい、ちょっとこぼし過ぎじゃねえのか?
まだ時間はあるぜ。落ち着いてくいな、兄ちゃん。

次、「ヘッドスライディング」一丁。

、、、兄ちゃん?何ボーッとしてんだ。
「ヘッドスライディング」流れちまったじゃねえか!

まあしょうがねえ。
初めてにしてはなかなかいい食いっぷりだしな。

もっと出すぞ、まだ食えるな?

「カラクリ人形」
「水分補給」
「財布落とした」
、、、、、。

ここまでっ!!
兄ちゃん、時間だよ。
さっ、茶でも飲んでゆっくりしな。

お会計かい?あいよ、5000円いただきます。
兄ちゃん、あんた得したねえ。

え?そうだよ。2700円の得だよ兄ちゃん。
美味かったか?

またいつでもいらっしゃい!


【Side B】

今気になっている人との始めてのデートが決まった僕は、そのデートを完璧なものにするため、一度訪れるつもりの街を散策してみることにした。

そこで見つけた一件のお寿司屋さん。
その名も「寿司打」。

たしか彼女はお寿司が好きだと言っていたな。
下見がてら一度入ってみよう。
そうして僕は「寿司打」の暖簾をくぐった。

店内はカウンター席のみであるにも関わらず、なぜかそのカウンターに一本の線を引くように、回転寿司屋のレーンが敷かれてある。

BGM は、和食屋さんとはかけ離れた異国の曲調で、妙に短い音楽のループがだんだんと癖になってくる。

暖簾をくぐると、威勢の良い大将に席を促され、せかせかと席に座らされた。

どうやらメニューは3種類しかないようだ。
3000円の「お手軽」
5000円の「お勧め」
10000円の「高級」
の3種類だ。

客は僕しかいないのに、コースによって制限時間というものが設けられている。この店は時間制なのか、夜になったら繁盛するのかな、などと思いながら、私は「お勧め」コースを注文した。

「寿司は俺のタイミングで出すから、皿が流れる前に急いで食っちまいな。」

大将が意味深な一言を放つ。
普段100円の回転寿司しか食べることのない僕にとって、5000円のコースとはこういうものなのか、、、と値段相応の緊張をした。

大将はお寿司を握ると、私に直接出すのではなく、私の目の前を流れるレーンの上にお皿を載せた。

一品目「鉄火巻」が流れてくる。
僕は「鉄火巻」を手に取り、急いで口に運ぶ。

、、、美味しい!!

美味しいマグロというのは今まで何回か食べたことがあるが、きっとこの美味しさはマグロだけでは成り立たない。
、、、これが職人の技ってやつか?
僕がたかが一貫のお寿司に酔いしれているところに、次のお寿司が目の前を通った。

「身長」

何だこの寿司は!?!?
これを寿司と言って良いのか??

僕はこのときシャリの上にのった「身長」を初めて見た。
というか、「身長」そのものを初めて目にした。
こんな見た目をしていたのか、、、「身長」、、、。

「何不審がってるんだ?早く食わねえと流れっちまうぞ?」

大将の一言で僕は我に返り、急いで「身長」を口に運んだ。
そうか、、、こんな味してたのか、、、「身長」。

この調子で大将は、僕が初めて見るものばかりを流してきた。
「ゴージャス」
「美少年」
「助けてー!」

僕はもはや何が流れてきても動じない体になっていた。
味など気にする間もなく、ただ目の前のレーンを流れる珍種のお寿司を口に運び、咀嚼し、飲み込む。その一連の作業を無心で繰り返した。

へいよっ「グーチョキパー」お待ちっ。

大将が次に流した「グーチョキパー」を食べようとしたときのことだ。
その直前に食べていた「猫にマタタビ」が喉に引っかかり、「グーチョキパー」を取り逃し、少し机にこぼしてしまった。

ここで僕は少し焦った。
その焦りは、こぼしてしまって申し訳ないという大将への罪悪感から生まれるものではなく、次のお寿司が食べられなくなるという、時間制限によるものだった。

この後も何度かネタを机にこぼしては、その度に申し訳ないと思いつつもお寿司を掴み、頬張った。

焦りが見え始めてからしばらくした頃。お腹も程よく脹れている中、「ヘッドスライディング」が僕の前を通った。

ほかのお寿司同様「ヘッドスライディング」にも手を伸ばそうとしたが、つかめなかった。
「ヘッドスライディング」はするりと僕の掌をすり抜け、依然そのレーンの上に居座る。

満腹感か、取りこぼした焦りか。
頭が真っ白になってしまった私は、「ヘッドスライディング」を取り逃してしまった。

「兄ちゃん?何ボーッとしてんだ」

大将は怒るとも不思議がるとも慰めると言えない微妙な距離感で僕に言葉を投げてくれた。
おかげで僕は最後まで諦めないでお寿司に向き合ったのだった、、、。

「ここまでっ!!兄ちゃん、時間だよ。」

大将の一言でようやく僕はこの無限寿司地獄から逃れることが出来た。
満腹だし手は疲れるし頭は空っぽだしで、決していい食後とは言えなかっただろう。

お茶を飲んで一息ついた僕は、お会計を済ませるため、大将にコース分の5000円を渡した。

「兄ちゃん、あんた得したねえ」

会計の際、大将にこんなことを言われた。
どうやら大将の話を聞くに、5000円のコースの中で、僕は7700円分のお寿司を食べたらしい。2700円の得だと言われた。

だからなんだよ。と強く思った。
もっとゆっくりさせてくれよ!!のほのほほんと!!

帰り際大将は、純粋な笑顔を見せながら、「またいつでもいらっしゃい!」と見送ってくれた。

こんなとこ、彼女と行ってたまるか。

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