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ショートショート45 『Umbrella on a sunny day』

“ああ、恥ずかしい。
別に今日じゃなくて良かったやん”


去年の春、大学に通うため地方から東京に出てきた俺は「とにかく田舎者だと思われたくない」という薄~いカルピス的プライドを我が子のように大切に抱きかかえて生きていた。


ダサイと思われたくない。
イケテる大学生と思われたい。
そのプライドが故に、今、とても恥ずかしいことになっている。


季節は夏。
見渡す限りの青空。
街行く人は皆、肌を露出した浮かれた軽装。
俺は、というと、大きなリュックを背負い、片手にビニール傘を持ち、山手線の電車に揺られていた。

こんな晴れた日に。


恥ずかしい。
みんな見てる気がする。

ねえねえあの人傘持ってるけど今日雨降らないよね?ウケる
ねえねえあの人傘がファッションの一部の人なのかな。ウケる
ねえねえ見て見てアンブレラマンいるよウケる。バクワラ


そんな幻聴が聞こえる気がしてならない。



去年から大学に通っているものの、仕送りだけでは心もとないので居酒屋のバイトが軸の生活。
今日はバイトは休みだったが、渋谷を一人で買い物した帰り、たまたまバイト先の近くを通った為「そういえば充電器忘れてたな」と立ち寄ったのが運のつき。

「そうだ、置きっぱなしだった傘も持って帰っとくか」となってしまったのだ。

いや、これには理由があって。
ほら、雨の日になるとさ、“人の傘を容赦なく持って帰るマン”が必ず現れるっしょ?

あれなんなんだろう。
人様のものは盗んではいけないって当たり前のルールなのに。いや、基本みんな守ってるだろうけど、なんというか、傘だけは治外法権というか。特にビニール傘とかたくさん並んでたら、すっ、と自然に持って帰るやついる。


なのでとりあえず“人の傘を容赦なく持って帰るマン”の餌食になる前に、持って帰ったわけだ。こんな晴れた日に。傘はこれしか持ってないし。


しかし恥ずかしい。
うーん。
何とかこの傘、ごまかせないものか。


例えば英国紳士のようにステッキとして傘を使うのはどうか。俺は普段から“傘込み”で歩いているのですよ、みたいな。
いや、恥ずかしい。発想が小学生だ。


例えば日傘として使うとか。いやダメだ。俺は男だし、そもそもこれビニール傘だし。こんな晴れの日にビニール傘なんかひろげた日には、いよいよアンブレラマンになる。てか、なんだアンブレラマンて。


そうだ。傘があって助かった、みたいなシチュエーションでも起こればいいのでは。


例えばひったくり犯が逃げてきて、俺の横を走り抜けるとき、すっと傘で足をひっかける。英雄だ。ひったくりはいないか。いないよな。いないほうがいい。ダメだ。


例えば木に登って降りれなくなった子猫を傘を使って助けてあげる。これならどうだ。ダメだ。こんな都会に木も野良猫も見当たらない。


例えば子供が木に引っ掛かけた風船を取ってあげる。ダメだ。木がなかったんだった。


例えば雪に埋もれた地蔵はいないか。俺が優しく地蔵に傘を。ダメだ。夏だ。あと俺は地蔵に傘はあげない。あと地蔵いない。

こんな不毛なことを考えているうちに電車は無常にも、家の最寄り駅に辿り着く。


家までは徒歩15分。
メンタル持つのか俺。
耐えろ俺。


改札を出た俺はすぐさまコンビニに立ち寄った。だってほら、コンビニの傘立てに一回置けるから。一回手放せるから。もう限界だったから。
“晴れの日に傘を持ってない恥ずかしくない俺”を思い出させてくれ。一回休憩させてくれ。


しかしながら、特に買うものもない中でのコンビニでのウインドウショッピングはなかなかに退屈だった。
無理やりなんか買うか。傘でも買うか。いや本末転倒だ。


そんなダサめの右往左往をしていると、見知った顔がコンビニに入ってきた。

おいおい。同じ大学の神原さんじゃあないか。
密かに気になっていた同級生女子。
ご近所だったのか?
どうする。大学でも挨拶くらいしかしたことはないが、ここで話すのは不自然ではないはずだ。
これも何かの縁。お菓子売り場を眺めている神原さん。
よし、コアラのマーチを久々に買いにきた母性溢れる男、を演じるとしよう。


「えーと…あったあった、あれ、神原さん」

「あ、えーと、峰山くんだっけ」

「そうそう。偶然」

「だね、家このへんなの?」

「そうなんだよ。まだここから15分くらい歩くけど。はは」

「そうなんだ。へー。知らなかった。コアラのマーチ?好きなの?」

「そうそう。久々食べたくなって」

「あはは。おいしーよねー」

「でしょ。…じゃあまた大学で」

「うん。バイバーイ」


当たり障りない。THE当たり障りない会話、の例文に使われそうな会話。
しかも男というのはプライドの生き物だから、ここで一緒に帰る?とか言って断られるのも怖くてできないし、気があってもこうして逆の態度をとる生き物。それがカッコいいと小学生から思っている愚かな生き物。じゃあまた、じゃねーよ。カルピスプライド再び。


俺の手元には食べる気のなかったコアラのマーチと、晴れの日のビニール傘が残ったわけだが。


しかしどうしよう、流れで先にコンビニを出てしまった。ビニール傘を手に取るのが恥ずかしい。
神原さんが見てたらどうしよう。
絶対なんか思われる。
“人の傘容赦なく持って帰るマン”に勘違いされるかもしれない。俺の傘なのに。しかも晴れなのに。やばい。詰んでるぞこれ。


なんてことを考えてしまったもんだから、買い物を済ませた神原さんもコンビニから出てきてしまう。
まるで待ってたみたいで余計恥ずかしい!


「あれ、峰山くん、まだいたの?ふふふ」

「あ、ああ、天気もいいからね」


なに言ってんだ俺。
天気がいいからってなぜコンビニの入口で立ち止まる必要がある。


「そうだねいい天気」と言いかけた神原さんが、自分のトートバッグに目をやった。その瞬間、衝撃が走る。折りたたみ傘…だよな?うん。絶対そうだ。神原さんのバッグに折りたたみ傘が見える。なんで?なんでこんな晴れの日に?俺と同じ理由?


「神原さん、それ」

「ん?」

「折りたたみ傘?」

「あ、そうなんだよ。なんか私、昔からそうなんだよね。いつも鞄に入れてるの。不安症なのかな。あはは」


そう堂々と言ってのける神原さんを、俺は偉大だと思うと同時に、自分がこれまで培ってきた傘への価値観や概念が、音をたてて崩れさっていくのを感じた。

折りたたみ傘、か。
その手があったか。


「方向同じなら一緒に帰る?」
気がつくと神原さんから、そんな夢みたいな言葉を投げ掛けられていた。
「てかさ、私もコアラのマーチ買っちゃったよ。ふふふ」

なんだこの子。天使か。


そのまま自然に歩きだす俺たち。


俺は心の中で、自分のビニール傘に別れを告げた。すまん。グッバイマイアンブレラ。心優しい“人の傘そっと持って帰るマン”に拾われてくれ。


その後、実は神原さんと家が全く逆方向だった俺は、なかなかそれが言い出せず、10分くらい歩いた後、「じゃあ俺こっちだから」と見たこともない適当な曲がり角で別れを告げた。


その半年後、神原さんにそれがバレるのだが、それはまた先のお話。


とりあえず明日にでも、折りたたみ傘を買うとしよう。明日が晴れでも折りたたみなら関係ないのだから。






プレゼン社員「ええと…以上となります!これを動画CMにしてですね、わが社の自慢の折りたたみ傘を、あまり折りたたみ傘に興味のない男性層なんかの購買意欲を掻き立てられればと!」


上司「うーーーーーん……いや。ええと、これは君の実話か何かかね?」

プレゼン社員「はい!事実をもとにしてます!」

上司「ほう?そうなのかね。どのへんが事実なんだ?」


プレゼン社員「はい!ええと、傘をバイト先に取りに行った、までです!」


上司「ものすごい、かさ増しだね」








~文章 完 文章~

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