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【北欧ノルウェー】~早期退院と地域リハ促進の代償~自治体に課せられる1晩8万7000円の罰金

医療者が抱える罪悪感~いくら考えても良い方向に進めない状況~

ノルウェーのリハビリテーション分野における医療・介護サービスの現状と、高齢患者の複雑なニーズに直面する医療従事者の倫理的ジレンマについてお話しさせてください。

現在のリハビリテーション分野は、厳しい予算と地域リハ促進という国からの明確な指示が多く、医療従事者は自分の判断で動く余地が少ないと感じています(Kvæl, 2021; Kvæl et al., 2019)。

それとともに最近では、患者一人ひとりの選択の自由が重視されていますが(Ruyter, et al., 2018, p. 275)、医療者は仕事が多すぎて時間も足りないため、患者の希望やニーズに応えるのが難しい状況です。そのため、お金の制約と自分たちの専門的な価値観の間で悩むことが多くなっています。

個人では解決できない倫理的ジレンマ を抱えるノルウェーの医療者たち

Heggestad(2021)は、医療従事者が日常的に直面する倫理的ジレンマは、ほとんど解決できないものとして体験されることがあると述べています。典型的な例として、看護師が患者を優先する際に、一方の患者を優先することで、他の患者が最適なケアを受けられない場合があります(Heggestad, 2021)。Eide & Aadland(2008, p.10)は、倫理的ジレンマとは、どのような選択をしても誤りと感じられる状況であり、患者や家族の判断と対立する専門的判断や、本来必要で提供すべき医療サービスを妨げる規則や制度の例を挙げています。

ノルウェーの多くの医療従事者は日々ジレンマによる罪悪感を感じてます。フレイル高齢者は既存するサービスのなかで選択肢は少なく、無理に適応させられることがあり、そのために本来重要とされる動機付けや自由意志と、それに反するサービスへの強制の境界線が曖昧になることがあります(Johannessen & Steihaug, 2019, p. 14)。

患者が自分で決める権利を含むパーソンセンタードケアは、病院の早期退院という方針やイデオロギーによって制約されているのが現状です(Meld. St. 47 (2008 - 2009))。Kvæl et al.(2019)の研究では、医療スタッフはこの関係においてプレッシャーを感じていると示されています(Kvæl et al., 2019)。

患者退院を拒否した場合、自治体は罰金を払わなければならないノルウェーの現状

回復期で働く私は、新患の方がこられる度に、以下のような状況を目にします。

93歳のオーラフさんがデイケアセンターの帰り道に転倒し大腿骨骨折。病院で人工関節置換術を受け病院で3日ほど様子をみる。3日後、病院側としてはオーラフさんはすでに退院可能であり、自治体のケアワーカ―は「2日後にはオーラフさんを退院可能ですので、自治体は受け入れ準備をしてください」と病院のコーディネーターから連絡をもらう。しかしオーラフさんの家には階段や段差が多く、今のADLレベルでは自宅に住むことは不可能。コミューネと自治体が管轄する回復リハ施設への転院が今の時点でベストだと判断。しかしオーラフさんが住む回復期リハ施設にベッドの空きがなく、空きが出るのは3日後になると判明。オーラフさんは空きが出て転院ができるまでの3日間病院にいることに。

早期退院と地域リハ促進の代償:自治体に課せられる罰金

上記のオーラフさんのような、退院準備が整った患者を受け入れられない場合、自治体は「延滞日」の費用を請求されます。

2024年現在で一日延滞ごとに約8万7000円です。オーラフさんのように3日分となると、自治体は26万1千円罰金を払わなくてはいけないのです。このような状況が続くと、自治体は延滞料を払わなくて済むように、本人の意思や医療者の専門的視点と反して、患者が病院から早く退院させられすぎてしまうことがあります。私自身、こちらに転院してきた当日体調悪化し病院にまた戻る・・・というパターンを何度も見てきました。Glette et al.(2022)は、早すぎる退院は再入院の原因になることが多いことを記述しています。

日々募っていく医療者の倫理的ジレンマ

医療スタッフはまた、患者に関与する時間が不足していると感じ、時間的なプレッシャーと組織的な制約が専門的な判断を阻害し、個別化されたリハビリテーションのための余地がないと感じることにつながります(Kvæl, 2021)。たとえ指針に従っていても、何かが間違っていると感じ、自身の専門的な判断や決定と一致しない選択をしなければならない場合があります。そうなると医療従事者はシステムに対して無力感や無助感を感じてしまいます。さらに、ジレンマや罪悪感から自分のメンタルを守るために、自身の実践についてフィードバックしなくなったりします。

ロッキングチェアに座る医療者

何を選ぶべきかわからないときには、自分の立場的に最も抵抗の少ない道を選んだり、もしくは患者さんのために何もできず立ち往生してしまうことがあります。例えるなら、これは「ロッキングチェア」に座っているようなものです(Kirkeng, 2021)。動いている感覚はあるが、どこにも進んでいないのです。しばらくの間は快適かもしれませんが、倫理的議論や熟考がなければ、Eide & Aadland(2008)によれば、満足感がなくなり、職業的な誇りが欠けることになります。

倫理のクオリティが高まると、わたしたち医療従事者の満足度と仕事の意義も高まる

ノルウェー健康局(2015)は、医療倫理にかんして、職場で常に議題に上がるべきだと強調しています。倫理的ジレンマに関しては、Eide & Aadland(2008)が述べているように、しばしば組織的な側面が関係しており、ルーティーン、ガイドライン、経済的枠組みなどが関連しています(p.10)。彼らは、医療従事者の倫理的能力に焦点を当てることが、道徳的および倫理的ジレンマに対処するために重要であり、医療サービスの質を間接的に向上させると述べています(Eide & Aadland, 2008, p.11)。Eide & Aadland(2008)によれば、医療サービスの倫理的質の向上は、職員の満足度と仕事の意義を見出す助けになります。

まだまだ山積みの倫理的課題とこれから

倫理に関する議論を通じてさまざまな視点から状況を見ることで、新しい解決方法を発見し、組織内での創造性を刺激し、優れた倫理的基準に貢献することができます(Eide & Aadland, 2008)。高い倫理的基準は、病欠の減少や医療・介護サービスの評判向上にも寄与します(p. 11)。これは専門的な質に関わる問題です(Eide & Aadland, 2008, p. 13)。しかし、忙しい日常の中で倫理的反省が優先されないことが問題です。

皆さんの職場でも、このようなこと起こっていませんか?今回は私や私の同僚たちの経験をもとにノルウェーの医療やリハビリの現状を投稿させていただきました。何が「正しい」かなんてみんな分かっているのに、それを「阻止」しようとする国の法改正やルールが、わりといつもジレンマの種になっているような気がします。

この投稿が、あなたの職場の倫理的議論を始めるきっかけになればなぁと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました!

参考文献

  • Kvæl, L, A, H. (2021). Helhetlige pasientforløp: brukernes erfaringer med pasientdeltakelse og personsentrert omsorg i kommunal korttidsrehabilitering i overgangen mellom sykehus og hjem. Tidsskrift for omsorgsforskning. 7(2), 29-43.

  • Johannessen, A & Steihaug, S. (2019). Brukermedvirkning i helsetjeneste for eldre- en kvalitativ studie av to kommunale akutte døgnenheter og samarbeidende kommuner. Tidsskrift for omsorgsforskning. 8(1) 1-14.

  • Johannessen, A & Steihaug, S. (2013). The significance of professional roles in collaboration on patients’ transitions from hospital to home via an intermediate unit. Scandinavian journal of healthcare science. 28(2). s.364-372.

  • Dale, B & Hvalvik, S. (2013). Administration of care to older patients in transition from hospital to home care services: home nursing leaders' experiences. Journal of Multidisciplinary Healthcare, (6). 379-389.

  • Ruyter, K. W., Førde, R., Solbakk, J. H. (2018). Medisinsk og helsefaglig etikk. (3. utg.) Gyldendal Norsk Forlag.

  • Meld. St. 47 (2008 - 2009). Samhandlingsreformen — Rett behandling – på rett sted – til rett tid. Helse - og omsorgsdepartementet.

  • Glette, K. M., Kringeland, T., Røise, O. & Wiig, S. (2022). Helsepersonells erfaringer med reinnleggelser fra primærhelsetjenesten – en oppsummering av en casestudie. Tidsskrift for omsorgsforskning, 8(1), 1-10.

  • Eide, T & Aadland, E. (2008). Etikkhåndboka for kommunenes helse- og omsorgstjenester. Kommuneforlaget.

  • Kirkeng, Ole (2021) Rocking chair [Album]. Bandcamp.

  • Reeves, S., Zwarenstein, M., Espin, S., Lew





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