無料2.0
ビジネス図解研究所のきょんです。
博報堂さんが手がける雑誌『広告』のリニューアル創刊号(特集:価値)に、ビジネス図解研究所のチャーリーときょんで「無料2.0」をテーマに記事を寄稿させていただきました。
無料と冠したからには内容を無料で公開すべきと判断し、相談の上、公開できることになりました。ぜひ、ご覧ください。
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無料2.0〜図解で読み解く新たな「無料」のしくみ
2009年、『フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(以下『フリー』)という本がNHK出版から発売された。そこには「フリーミアム」を筆頭に、無料で儲ける仕組みや概念が提唱され、世界25カ国で刊行されるベストセラーになった。発売から10年経った2019年のいま、様々な形に進化した無料のサービスやビジネスが生まれ、時代背景も大きく変化してきている。ここに、かつての定義ではとらえきれない新たな「無料」の仕組みを紹介したい。
無料1.0
『フリー』では、無料で価値を提供する仕組みを総称して、フリーモデルといった。フリーモデルには、直接的内部相互補助、三者間市場、フリーミアム、非貨幣市場の4つの種類がある。これらを、無料1.0として定義し、あらためて一つひとつ特徴を振り返ってみたい。
1. 直接的内部相互補助
直接的内部相互補助とは、ある商品やサービスを販売するために、ほかの商品やサービスを無料で提供する、というビジネスモデル。ある商品を1個買ったらもう1個ついてくる、というようなもの。それ自体では利益が出なくても、そこで商品を知ってもらって、将来的には顧客になってもらったり、ひとつの商品を買うついでにほかの商品を買ってもらうことで、利益が得られるという仕組み。このビジネスモデルで有名な事例は、ドミノ・ピザやカラオケだ。
ドミノ・ピザは、持ち帰りでピザを買った人には、2枚目を無料で販売する、というキャンペーンを実施している。ピザを買う人が、ついでにほかの商品を買ってくれたり、その後継続的に利用してくれるきっかけを生むことでやがて利益を回収しようとしている。
カラオケは実は部屋代ではなく、飲食代で稼ぐモデルになっている。だから、ルーム代の無料キャンペーンを行なって、カラオケに来る人を増やし、その人たちが飲食することで収益を得るという方法をとることが多い。
2. 三者間市場
三者間市場とは、サービスの提供者が、利用者とは別の第三者から利益を得ている、というビジネスモデル。このビジネスモデルで有名な事例は、FacebookやYouTubeだ。
両社は、ユーザーに対して基本的に無料でサービスを提供している。その代わり、画面上には広告が表示される。Facebookはそうした広告枠を企業に販売することで収益を生んでいる。企業としては、より商品を買ってくれそうな人に広告を出せるメリットがあり、自らの顧客になることを期待する。一方、ユーザーはサービスを無料で利用するために、広告を見ることを許容する。そして広告を見た一部の人がその商品を買うことで、このモデルは成り立っている。
3. フリーミアム
フリーミアムとは、基本的なサービスは無料で提供するけれど、さらに充実したサービスを受けたいなら課金してもらう、というビジネスモデル。有料課金をする人たちが一定数いることで、たくさんの人が無料でサービスを利用できるようにしている。このビジネスモデルで有名な事例は、スマホのゲームアプリだ。
アプリのゲームは、基本的な機能だけでプレイするなら無料で楽しめる。しかし、そのゲーム上でより強力なアイテムを手に入れるなどの追加コンテンツを利用するためには、課金をしなければならない。そうした追加コンテンツに対して課金をしてくれる人たちが一定数いることで、アプリ自体を無料で提供しても、全体として利益が生み出せている。一般的に、有料課金する人が5%程度いればWEBサービスは運営できると言われている。
4. 非貨幣市場
ユーザーに無料でサービスを提供し、どこからもお金を得ることがないビジネスもある。それは、非営利な事業によって評判を獲得し、ブランドを形成することを目指すモデル。基本的に、この事業で利益を生むことは考えないので、収益をあげるという意味でのビジネスにはならない。しかし、無償の事業が評判を呼び、寄付などによってお金が集まる例もある。代表的なのは、WikipediaやLinuxだ。
Wikipediaは、世界中の誰もが自由にページを作成したり編集したりできる。だが、そこに金銭的なインセンティブは存在していない。それでもWikipediaを編集する人々がいるのは、自分の知識を世界に流布したいとか、有用な知識を世間に知ってもらいたいというような、金銭とは違う目的を持っているからだ。
Linuxも同様に、オープンソースになっていて、様々な人がLinuxのソースコードを編集し、改善する権利がある。そこに金銭のやり取りはなく、参加者は金銭以外の動機にもとづいて参加している。
無料2.0とは?
ここまで見てきた4つのモデルを無料1.0と定義したとき、その範疇ではとらえきれない新たな無料ビジネスの仕組みが生まれ始めている。それらを無料2.0と呼ぶことにする。
無料2.0の特徴は、簡単に言うとハイブリッドである。ひとつのカテゴリーだけでは語ることができない、複数のカテゴリーを混ぜ合わせたモデルが次々に登場している。ここからは、そうした新たな無料のビジネスモデルを図とともに読み解いていきたい。
非貨幣市場と三者間市場のハイブリッドモデル:ライフストロー
スイスを拠点とするベスターガード社が開発した「ライフストロー(LifeStraw)」は、泥水のような濁った水でも飲めるようになるという、画期的なストロー型の浄水器。アウトドアや災害時、そして安全な水を飲むことが困難な地域で活躍する製品だ。
しかし、浄水設備が整っていないことからライフストローを必要とするアフリカなどの人々の所得は低く、この商品を購入するのは難しい。そこでベスターガード社が注目したのは、ライフストローによるCO2排出量の削減効果だった。
アフリカで安全な飲み水を得るためには、水を煮沸して殺菌する必要があり、そのために木を燃やし多くのCO2を排出していた。しかし、ライフストローがケニアの西部州で安全な公共水道を利用できない全世帯の91%(約450万人)に提供されたことで、年間およそ200万tの炭素排出の削減につながった。この実績を国連に認定してもらい、削減されたCO2排出量を炭素クレジットとして換算し、ほかの企業に販売できるようになったのだ。
これは、企業が炭素クレジットを購入することで成立する三者間市場のモデルだと言える。同時に、ベスターガード社は、困難な社会課題を解決する高い社会性と創造性を持った企業というブランドを確立した。これは非貨幣市場のモデルであるとも言える。一般的に、ソーシャルビジネスは、受益者負担がしづらいものだったが、それを解決する仕組みを構築することで、その創造性に期待が集まり新たなビジネスチャンスにもつながっていく。
フリーミアムと三者間市場のハイブリッドモデル:Spotify
月間2億人以上のユーザーが利用する世界最大級の音楽ストリーミングサービスである「Spotify」。その収入源は、主に月額課金と広告のふたつである。とくにユニークなのは広告モデルで、Spotifyは独自の広告配信システムや広告メニューを保有しており、これまでにNetflixやBoseなど大手広告主からの出稿実績もある。
Apple MusicやLINE MUSICなどの競合他社は月額課金を前提として、無料トライアル期間を設けているが、Spotifyでは一部の機能に制限はあるものの、期間無制限かつ無料でフル再生や楽曲選択が可能となっている。
また、課金売上の部分も強みで、月額980円を払ってプレミアムプランに加入すると、ユーザーはより高音質の曲を聴けたり、広告がなくなったり、オフライン再生が可能になったりする。Spotifyの2019年第1四半期においては、ユーザーの44%がプレミアムプラン登録ユーザーであり、売上の9割がこのプレミアム課金からのものだった。
ここでの広告のモデルは、無料1.0でいう三者間市場だ。しかし同時に、一部のユーザーが任意で有料にすれば広告がなくなるため、フリーミアムのモデルでもある。この点で、Spotifyは無料1.0のモデルのふたつをハイブリッドさせていることがわかる。
三者間市場ではなく四者間市場のモデル:ジャンプルーキー!
「ジャンプルーキー!」は、集英社が運用している漫画家の卵たちのためのサービスだ。仕組みとしては「漫画を投稿する→読者は全作品を無料で読める→読み終わったら広告が表示される→広告収益が作者に支払われる」という流れになっており、その広告収益がすべて漫画家に還元されるところが大きな特徴だ。
集英社がどこで儲けているのかというと、月間ルーキー賞という取り組みに答えがある。「ジャンプルーキー!」内で人気ランキング上位の作品が毎月実施される月間ルーキー賞にノミネートされ、そこで入賞した作品は『週刊少年ジャンプ』本誌やWeb版の『少年ジャンプ+』などに掲載される。それが連載化されると、単行本の売上として集英社に利益が入る、という仕組みになっている。何より集英社にとっては、多くの漫画家の卵を囲うことができるので、未来の『少年ジャンプ』を担う人気漫画家の発掘にもつながっている。
広告モデルは通常、事業を運営する側に還元される。しかし、「ジャンプルーキー!」の場合は漫画の投稿者に収益が還元されるという点で、三者間市場ではなく四者間市場になっている。
非貨幣市場の新しい形:書籍の全文公開
最近の出版業界における新しい動きとして、著者が自らの書籍をnoteなどのプラットフォームを介して無料で全文公開するというものがある。たとえばキングコングの西野亮廣氏による『新世界』(KADOKAWA)や、作家の川内有緒氏の第16回開高健ノンフィクション賞受賞作である『空をゆく巨人』(集英社)などが話題になっている。われわれビジネス図解研究所も「#全文公開チャレンジ」として、『ビジネスモデル2.0図鑑』(KADOKAWA)を、note上で無期限で全文公開している。
全文公開のメリットは、誰もが気軽に読めるため、何気なく読んだ人がその内容をシェアして話題にしてくれることや、これまで接点がなかった人に広くアプローチできるので、新たなファンの獲得につながることにある。また、ネット上で何万字という文章を読むのは大変なこともあり、内容に共感した人が紙の本を購入するということも起きている。先述した『ビジネスモデル2.0図鑑』は、全文公開によって話題となりAmazonランキングの書籍カテゴリーで総合5位を獲得し、重版につぐ重版の結果、計6万部を超えた。
全文公開は、出版事業として儲けるにはリスクがあるように見える。しかし、新しいファンを獲得でき、さらに書籍の購買にまでつなげられるという点では、著者に大きなメリットをもたらすものと言える。これまで、非貨幣市場といえば、評判や名声を獲得することはできるものの、お金を生み出す目的のビジネスモデルではなかった。しかし、いまでは非貨幣市場がアップデートされ、多様な金銭的リターンを生み出せる時代が来たのかもしれない。
無料のビジネスモデルのこれから
最後に、無料のビジネスモデルがこれからどうなっていくかを考える上で、「無形資産」に注目したい。無形資産とは、ブランドや信用、アイデアや特許などの、目には見えづらい資産のこと。ひらたく言えば、直接お金では買えない資産だ。ちなみに、有形資産は、お金で買える資産のこと。工場や店舗、商品などがそれにあたる。
いま、無形資産が有形資産以上に重要になってきている。米国大手500社における企業価値評価の年代ごとの内訳を見ると、1995年に有形資産と無形資産の割合が逆転して以来、年を追うごとに無形資産の割合が高まっていることがわかる。
無料のビジネスモデルではユーザーから直接的な金銭を得ることはないが、その代わりに名声や評判を獲得できる。また、無料で利用できるため、認知度やユーザー数の拡大に寄与する。こうした名声や評判、認知度やユーザー数は、まさに無形資産である。
無料1.0から無料2.0へと移行し、様々な創意工夫のもとで新たな無料のビジネスモデルが誕生している。そして、無形資産がますます重要になるこれからの時代において、無料のビジネスモデルはさらなる進化を遂げていくに違いない。その進化に注目していきたい。
文:ビジネス図解研究所
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この記事は博報堂が発行する雑誌『広告』リニューアル創刊号(特集:価値)より転載しています。
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