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ネットショッピングでは不可能なこと

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先日、Twitterでこんなツイートがバズっているのを目にした。

当時、メゾピアノは日本中の小学生女子の憧れブランドだったんじゃないだろうか。子供服にしてはなかなか生意気な値段設定だった上に、デザインも濃いめのピンクを全面に押し出していて、田舎の女児が着るには少しハードルが高かっただろうなといまとなっては思うけれども。
とはいえ当時おジャ魔女やハム太郎、ポケモンに夢中で、大量のぬいぐるみをベッドに置いて毎晩物語を紡いでいた、イマドキの小学生女子であったわたしは、メゾピアノ可愛いなあ、着てみたいなあとしきりに言い続け、誕生日に叔母に一着だけ長袖のカットソーを買ってもらった。そのたった一着のカットソーを、大事に大事に着ていた覚えがある。小学生は日々成長しているので、長袖だとすぐに袖の長さが足りなくなってしまうのだけど、袖口を伸ばして誤魔化してできるだけ長く着ようと必死だった。

そのメゾピアノが、化粧品ブランドを始めたという情報は、小学校時代生粋のちゃおっ娘であったために誌面の特集で知った。
キラキラしたメイクグッズの数々は、化粧やおしゃれに興味を持ち始める年頃だったわたしの心を掴んだ。
そして、わたしもこの漫画の作者さんとほとんど同じように、
あのページのあの香りに魅了され、憧れ、はじめての香水を持ちたがった。
今となってはすごいところに置いていたなと思うのだけど、当時わたしは自分の学習机の下にちゃおを毎号保管していた。
習い事から帰り、宿題もしっかり終わらせて明日の準備もランドセルに揃えた後、学習机の下に潜って、香水の香りが染み込んだ月のちゃおを開いては嗅いでいた。
憧れブランドの香水なので決して安いものではなかったが、お年玉貯金をはたけば問題はなかった。田舎の小学生女子にはそれ以上に障害となるものがあった。

店が近くにない、ということだ。
ネットショッピングが今ほど浸透していない時代、
そもそもお店に行けなければ手に入れることができなかった。
最寄りの店舗は渋谷の109。
今となっては東京に行くなんて簡単なことだけど、当時のわたしにとっては県外に出た時点で未知の領域。香水を諦める理由としては十分だった。
しかも何故か母は渋谷はとっても怖いところだとわたしによく言っていた。あの頃高崎線は上野までしか行かなかったから、乗り換えが難しかったんだろう。

コスメティックパーラーのオードトワレ、フルーツポンチは、その香りの素晴らしさに加えて手に入れるのが難しいという希少性で、わたしの心に深く刻まれたのだった。

数年後、その香水を手に入れるチャンスがやってきた。
県内のショッピングセンターの中にある子供服専門店の一角で、コスメティックパーラーの取り扱いを始めるという情報が、
ナルミヤの公式サイトで発表になったのだ。
小学生の頃から情報収集能力だけは高かったわたし、早速ねだってモールまで連れて行ってもらった。
こうしてわたしは念願のフルーツポンチを、妹は白いマニキュアをひとつ、手に入れることができた。

そうは言っても小学生、香水をつけていく機会などそうそう多くなく、ハンカチにつけたりちょっとしたお出かけのときに背伸びしてつけるくらいしか用途がなかった。今でも度々思うのだけど、香水ってなかなか減らない。
一般的に、香水の使用期限は3年くらいだという。小学生向けとはいえ本格的なオードトワレ、使用期限をゆうに越え、普通に使うには劣化していて忍びない。
中身は半分くらい残ったままだけど、時が経ち引っ越しも何度か繰り返し、それでも捨てられないまま手元にある。

そんな思い出の香水の存在を、冒頭のツイートによって思い出した。
懐かしさに感動も覚えながらリプ欄も見たところ、似た香りの香水を探している人が結構いることを知った。
そして、

この香水がフルーツポンチによく似ているとのコメントがあった。
近いうちに新宿に行く機会があったので、スマホにメモして店舗に赴いた。

小さい頃人気で憧れていた香水の香りによく似ているらしい、という不確かで曖昧なわたしの話を店員さんはニコニコ聞いてくれた。
その上、よくあるテスター用の厚紙で試してくれただけでなく、わたしの手首にも振ってくれ、さらにハンドクリームも試させてもらい、迷い始めたわたしの反応を見透かしてか
「香水は時間が経って香りが変わってくるので、そのときの香りもお楽しみになってから、もし気に入ってくださったらまた戻ってきてくださいね」
と言ってもらった。手厚い接客を受けると断りづらくなる田舎者のわたしは、その言葉に心が軽くなった。

振りたての香りは少し違うかなと思ってピンとこなかったのだけど、友達とランチし、買い物をし、散歩をして1日を過ごした後手首の匂いを嗅いだら、
なんとなくフルーツポンチに近いような気がした。
香りなので確信を得るのは難しいけれど、あのピンクのガラス瓶が思い起こされたのだった。
その日の夕方、帰りの電車に乗る前に再びパルコの店舗に向かい、香水を購入した。同じ店員さんだったのでちょっと気恥ずかしくてはにかみで誤魔化したけれど、店員さんは気にせず紙袋にも香水を振ってくれた。

憧れに憧れたフルーツポンチに似たこの香水、アラサーのわたしが日常的につけるにはちょっと若くて甘酸っぱすぎるような気がして、
店員さんおすすめしてくれたとおり、寝る前に枕に数プッシュつけるという使い方を今はしている。
可愛くてキラキラしたこの香りに包まれて、
漫画家にもパティシエにも魔法使いにもなれた、
ベッドの上でぬいぐるみに囲まれて、どんな世界にも行けた、
あの頃に少し戻れるような気がしている。


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