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びっとらんだむ:Sweet Stories Scrap

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noteで見つけた小説やエッセイのセレクション。皆さんからの推薦作品もお待ちしてるぜっ!🍌
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2021年2月の記事一覧

Sweet Stories Scrap マンスリー Vol.7 2021/2

 すっげえ寒い日もあったけど、どうやら春はちゃんと近くまで来てるようだ。最近はそんな陽気が感じられる日もちらほら。皆さん、元気ですかぁ?(猪木風)さて、それでは今月の3作品をば。 優しい金魚屋/さく  ノスタルジーとファンタジー。理屈が通ってないと読む気がしない人には面白くないかも知れない。でも、小説なんてどこか理屈にほころびがあるものだ。というか人生自体が不条理に満ちていて、不思議だらけで、理屈の通らないことだらけだ。それが故に人間は空想とか妄想が出来るようになってるんじ

枯れない花を抱いて歩く

 緑の細い茎を水中に浸し、ハサミを持つ手に力を入れる。わずかな抵抗は一瞬で崩れ先端からニセンチほどが皿の底に落ちた。声を出さずに三秒数える間、斜めの切り口が水を吸い上げる様を想像する。  茎から花びらのように見える青色のガクへ。手まりのようなアジサイの、花だと思っていた部分は装飾花と呼ぶのだといつもの花屋さんが教えてくれた。本物よりもお飾りのほうが華やかだなんて。やがて水は、ガクの中心に慎ましやかに置かれた小さな花に届く。   しばらくすれば、空梅雨で乾いた天気に弱ってしまっ

淹れたてショコラの香りに誘われて

ドキドキ。 ほんの少し、緊張している。 右手の人差し指でこのベルを押すことを、私はまだ躊躇っている。ドキドキ。 私は、珈琲屋さんのカウンターの前に立っている。ここにはいつも、先客がいる。 外から見ると、お客さんは店主さんと仲が良さそうで、所謂常連さんだと思われる。その常連さんは、いつも違うのだけれど、どのお客さんも、親しそうにしている、ように見える。そんな雰囲気を醸し出している、気がする。 そんなお客さんと店主さんの会話を邪魔してしまうのは、気が引けてしまう。誰もいな

有給休暇

去年の2月14日。狙ったわけじゃないが仕事で彼女と顔を合わせた。もちろん、ジャストその日に会うのだから義理でもチョコくらいはいただけると思っていたのだが。 その時のことを後日彼女に聞くとこう答えた。 「もちろんバレンタインデーなのはわかってましたよ。でも、勘違いされると困るなと思って」 なるほどね。 彼女には俺が勘違いしそうな男に見えていたわけだ。 それと、ほんのちょっぴりだが彼女に好意があることもバレていたようだ。 なあに、期待なんかしてないさ。ただの仕事の関係

コールドターキー

運ばれてくる風が随分と暖かくなった。まるで手で掴めてしまいそうな生温い風に包まれると私は自分がどこに立っているのかわからなくなってしまいそうになる。どうしてこんなにも初めての季節のように感じるのだろう。どうしてこんなにも、私は泣きそうなのだろう。 あぁ、だから嫌いなんだ。春なんてさ。 「おごるから一緒に飲もうよ」 カウンターの隣にいた男の手が私の肩に伸びてきたのが見えたので阻止するように私は煙草を咥えてライターを探すふりをした。男は少し残念そうにしてから自分のライターを

掌編小説 | インディアン・サマー

前日譚:世界のすべては3.24㎡ ・・・  小学4年生の時に出された国語の宿題は「あなたの名前の由来を調べましょう」というものだった。帰宅後、変わらぬリズムで野菜を刻む母の背中に問い掛けたあの日の夕方をあたしはきっと一生忘れない。たとえ、記憶力が良すぎるという短所のような長所を抜きにしたとしても。  《小春日和》晩秋の穏やかな気候の日を意味し、俳句の世界では冬の季語、それなのに春という漢字が当てられていて、ちなみに英語で訳すと辞書に出てくるのは “Indian sum

ふしぎのきもち

 彼は自分が知らないことなどこの世にないと思っていた。幼いころから本の虫で、ありとあらゆる本を貪るように読んだ。食事時も本を読むのをやめないものだから、母親が怒って無理やり本を取り上げると、腹を立て、ぶつぶつ不平を言っていたのを、母親は放って置いたのだが、しばらくすると静かになっている。不審に思った母親が彼を見ると、一心不乱にドレッシングのラベルを読んでいた、そんなこともあった。  そんな具合だったから、彼はその年齢にしては驚異的と言っていいくらいに様々な物事を知っていた。ド