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連載小説「超獣ギガ(仮)」#24


まるで、お正月のビリーのようですね。


第二十四話「呪縛」

 昭和一〇〇年、一月四日。
 午前五時。神奈川県横須賀市。

 その、某所。
 内閣直属の国家公安維持機関、冥府。その実働部隊である、隠密機動部隊、通称ケルベロス。それはあくまで通称である。隠密ゆえに呼び名を持たなかった彼らを、地獄の番犬と称した、あるいは評した、しかし、場合によってそれは揶揄にもなった。番犬。鎖に繋がれた生き物は、誉め言葉には使われない。その身を拘束された者はときに侮蔑の対象にすり替わる。
 事実、彼ら自身は自らをケルベロスとは呼ばない。呼称はあくまで隠密、もしくは機動部隊である。
 地獄の番犬。
 しかしそれは言い得て妙なもので、総員七名がすでに揃った基地内部、指令室は、外からの音は届かず、内側の音が外に漏れることもない地下空間。暗室のように調光され、並んだプロジェクタの青い光が室内をわずかに空間であることを知らせてくれた。必要以上に見える広さ。たったの七名は、それぞれがぽつりと孤立して見える。
 まだ闇に近いそのなかで、ようやく輪に集まった彼らの白い顔を青く浮かび上がらせていた。
「揃ったか」
 足音を数えていた文月が口を開く。視線は変わらずプロジェクタに流れる動画に向けられたままだった。左上隅に「LIVE」と赤が点滅するそれには、横浜ベイブリッジの現在の様子が映っていた。おそらく、定点観測用のカメラだろう、橋脚から眺められるのは、首都高速。交通はまるでない。すでに封鎖されているのだろう。パトライトらしきが点滅しながら映像に現れて、消えた。機影は捕捉できなかったが、テイルローターも音像化されていた。周辺空域にヘリもいる。おそらく、自衛隊だろう。
「機動隊にすでに封鎖してもらっている。民間人に犠牲は出ていない。現時点では、警察や自衛隊にも、犠牲者の報告は受けていない」
 落ち着いた、いつもの声。面々は、映し出された明け方の様子を睨んでいた。黒のジャケットとパンツ。早朝ながら、すでに、いつもの指揮官の姿だった。
「熱源、およそ、八十度。光体現象も観測されています。そして、これを」
 モニタリングされた情報を集めながら、高崎要はプロジェクタを指差す。
 各々はそれぞれに持つタブレットに目をやる。そこには、やはり、あの日と同じ、青く光る一つ目、そして、モンスターの影らしき巨体が浮かび上がっていた。動作しているらしく、揺れ、クリアではなかったが、車輌と比較すると、その大きさを確認できた。
「準備して、急行しよう」
 小日向五郎の声。正月も明けたばかりの早朝だ、突然の召集に慌てたのだろう。ぼさぼさの白髪頭、着古したスウェットの上下に褪色したダウンジャケット。いつもの精悍さはかけらもなかった。
「おじいさん感、マシマシ」
 いつものように、気楽な様子で雪平ユキは小日向を揶揄う。しかし、その雪平とて、アサルトスーツではない。ゆったりと大きなスウェットパーカにデニム、スニーカー。最年少者のカジュアルは、機動部隊員には見えない。緊張感のない口調も相まって、学生にさえ見えた。
「仕方ないだろう」
 急だったんだから、と、小日向も応戦する。新年、昭和が一〇〇年に刷新されても、変わらないこと。変わらずにいて欲しいもの。そんな風景。
「準備しなきゃ」
 もはや、トレーニング用ジャージの上下を私服のように着ている、花岡しゅり。頭頂部に小さなちょんまげ。ぐるぐるに巻いたマフラー、ダウンベスト。身長や容姿もあって、いい加減な姿もそれなりには見えるが、しかし、それは単なる錯覚や勘違いであることを、鳥谷りなはよく知っていた。
「ほな、行こか」
 トレードマークのメガネ。肩の落ちた大ぶりなストライプのシャツに、ワイドシルエットのカーキのパンツ。椅子にかけたコート。しかし、慌てたのか、引っかけてくるように履いているのは、クロックスに似せた、安いサンダル。家から持参の缶ビールをつかんだままの鳥谷りな。赤い星を模したラベルは、好物の赤星。
「久しぶりな、気がする」
 まだ前回から十日しか、経っていないなんて。波早は黒のスーツ、インナーもやはり黒。文月に寄せているわけではないようだが、しかし、その印象が似てはいた。隠密。忍びの者。その意識もなくはないが、衣類について考えることを面倒に思う波早は、通年、その服装で通しているのだった。
「ヘキサに花岡、鳥谷、波早。操縦者は高崎」
 メンバーに視線を合わせて、文月は作戦とその編成を告げる。時折、鋭く光る、その眼差し。
「了解」
 しゅり、りな、波早の声が重なる。
「ベイブリッジ上空で静止、三人はパラシュートで降下し、目標と会敵してくれ」
 高崎は隊員の輸送と、現地でそのままオペレーター任務を遂行することになる。
 ヘキサ。それは、新しく配備された、高機動ヘリの通称で、制止状態のメインローター・ブレードを上から視ると、六角形に見えることから、ヘキサと呼ばれていた。戦時において、ヘリは最も高い機動性を誇る。離発着に必要なスペースがなくとも、パラシュートで降下できる。訓練を受けた隊員なら、懸垂下降で狭小地にも進むことができる。また、救護者を搬送することも可能になるのだ。
「オーガスで、小日向さんと雪平」
 特殊運搬車、オーガス。
 その容貌は、梯子車を思わせる。
 初戦闘時、その躯体の骨格となるラダーフレームが歪むほどの致命的なダメージを受けたが、オーバーホールの末、強度を増して戻ってきた。いまは、ヘキサ同様、格納庫にて、出動を待っている。
 今回も前回同様、超獣ギガの捕縛に使う監獄、冥匣の輸送と、波早専用の武器、それから、今作戦から導入された、六基搭載のロケットランチャーを搭載している。それに、しゅりら、直接部隊のための予備武装もオーガスに積載していた。
「僕はミカヅキで随行する。すぐに追いつく」
 指揮司令車、ミカヅキ。白く塗装された、装甲車である。
 エンジン性能を向上させ、その最高速は時速二百五十キロ近くまで可能になり、悪路の走破性も向上されていた。ケースによるが、七名全員を乗せて戦地からの脱出も可能だ。
「それから」
 文月が指を鳴らした。
「そこにいるんだろう? 君も行くのか」
 壁を背にして、死角から作戦に聞き耳を立てていた、細い影が姿を見せた。
「まったく、命知らずだな」
 だが、文月のようやくの笑顔は、その姿によってもたらされた。蓬莱ハルコ。現職の内閣総理大臣で、文月にすれば、かつての夫人でもある。そもそも、冥府、そして、この隠密機動部隊も、内閣府の直属。ハルコはパスを所持していた。秘匿ファイルのなかに、この住所にアクセスするためのコードを見つけていた。指紋と顔、それぞれの認証が必要だったが、おそらく、それを官邸に残してくれたのは、文月だろう。彼でなければ、まだ見たことのない冥府の誰かが、内閣府にいるのかもしれない。考えたところで、わからなかった。
「私はこの国の責任者ですから」
 そうは言いつつ、ため息。いくらか痩せたらしく、頬骨の下の影が濃くなっていた。本業が何であったのか、忘れそうになる。数日先に行われる、予算審議の国会答弁の資料に目を通して気づいたが、このチームの予算は、国家予算内のはずだが、それらしい項目はなかった。基地こそ、横須賀の海岸沿いの僻地だが、この設備。駐屯地や一師団どころではない。しかも、レールガンなど、公にはできない特殊装備も保有している。月への無人運搬船と、その離発着設備も有しているようだ。運搬車と言いながら、最新鋭のロケットランチャーを積み込んでいる。治安維持機関というより、もはや、軍だ。その前身組織が何であったのかさえ、見えてこない。外郭を辿れば、旧軍部の影がちらつくものの、しかし、文月はそれについて返答してくれない。
 国民には何も知らされないまま、歴史は動き続けているのだろう。国の首脳になったつもりが、しかし、自分も国民の一人でしかないのだと思い知らされてばかりだ。
「鳥谷。ビールは置いてゆけ」
 意地汚く残りを啜ろうと缶をくわえたりなを、小日向が咎めた。怒ってはいないが、その背に緊張は漲らせている。
「また飲んでるの」
 雪平はこれ見よがしなため息。
「まだ、お正月休み終わってへん。うちが何を飲もうが勝手やろ」
 しかし、苛立ちついでに缶を握り潰して、りなが雪平を睨んだ。潰れた口から溢れた泡。細い指に垂れて、そして、床に落ちた。
「はい、そこまで」
 二人の間にしゅりが立ち進む。緊張が続くと人は擦り減り、苛立つ。今朝は醒める前の早朝に叩き起こされ、すぐに出撃だと聞かされた。これから、戦地に赴くのだ。そこには、あの、モンスターが待っている。
「りな。終わって、帰ってきたら、飲み直そう、ね?」
 肩を抱く。早くなっている心音に気づく。昂っている。不安もある。リラックスしたいのは、わかる。苛立つと冷静さを失う。その感覚の領域には永久凍土を持たなければ。訓練時、よく、そう聞かされた。
「それ、いいな」
 文月は笑った。その目にりなを見定める。酔ってはいない。酔いたいが酔えない、そんなところだろう。おそらく、冷たいほど覚醒している。ろくに眠っていないのだろう。
「隊長。みんなも。全員で無事に帰って、新年会にしよう」
 蓬莱総理も参加してくださいね。そして、微笑みを浮かべた。
「奢ってもらおや。ハルコはん、そーりだいじんやで」
 一堂に笑顔が帰ってくる。
「いいわよ。何を食べたいか、考えておいて」
 内閣総理大臣権限で、この国にあるものなら、店なら、どこにだって連れて行ける。逆に言えば、現時点では、ハルコにできるのはそれだけしかなかった。
 まもなく、午前五時。
 凍りつく早朝へ旅立つ。あの日によく似た戦場が、彼らを待っているのだ。

つづく
artwork and words by billy.
次回、第25話をもって、第一部完結です。

#創作大賞2023
#SF小説
#超音速スーパーバトル

P.S.
 昨夕。「機動戦士ガンダム 水星の魔女」が終了しました。
 令和のガンダムは学園もの。少女たちが、少年たちが、理想のために立ち上がる物語。
 ガンダムといえば、戦死者続出の「全滅エンド」なんてことが起きうる世界観なのですが、今回の「水星の魔女」は、主人公のスレッタや友人たちの多く、何より、ミオリネさんも、無事に生き延びて、エンドロールでは、スレッタとミオリネさんが結婚したこともほのめかされました。
 ラストに、YOASOBIの「祝福」。最終回タイトルが歌詞に歌われる「目一杯の祝福を君に」なんて、あつい。やっぱり、ikuraさんの声は、祝福に満ち溢れている。
 ありがとう、ガンダム。
 スタッフの皆様、キャストの皆様、それから、サンライズの皆様。おつかれさまでした。素晴らしい作品をありがとうございました。
 ガンダム・チルドレンとして、僕もがんばります。僕は、高知にやってきて、何度も、ガンダムを夢に見たことから、改めて、ガンダムシリーズの作品を見たんですね。
 そのとき、「鉄血のオルフェンズ」という、2015年かな?の、ガンダムに夢中になって、物語の力を思い知り、「僕も物語をつくりたい」と、小説を書き始めたんです。 
 だから、きっと、いつでも、原点には、子どもの時に見たガンダムがあるんです。 
 再放送なのか、再々なのか、よくわからないけれど、毎日、ガンダムを放送していたんです。まだ幼稚園児だったけれど、すぐに夢中になった。 
 いつだって、ガンダムは僕の憧れ。
 それでは、また。ビリーでした。

じゃあのー。

to be next……


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