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連載小説「超獣ギガ(仮)」#12


第十二話「初陣」

 破裂音。もしくはそれによく似た破壊音。質量を持つ物体が破壊される、弾ける音。埠頭にそれが鳴り落ちた。質量、重量を伴う音塊が氷の溶け始めたアスファルトに跳ねて、そして消えた。
 いまだ戦闘の終わらない、東京、晴海埠頭。間もなく午前八時。十二月二十五日も八時間を刻んだ、午前。進化した人類と、正統進化外のモンスター、通称、超獣ギガの交戦が続いていた。
 
 対超獣ギガ(仮)を目的とされる国家公安維持機関・冥府。その直属で遊撃部隊になる隠密機動部隊、通称ケルベロスの波早風は、自身の操る神技、鬼腕力王(きわんりきおう)によって約四百キロの鋼鉄の棍棒をフルスイングした。その渾身の一撃は、鳥谷りなの使う神技、雪猫憑依(ゆきねこひょうい)によって、重力場を失い、浮上させられた超獣ギガの背骨を捉えた。そのとき、骨が粉砕する音が聞こえて、手応えを感じた。通常の生物なら致死に至るダメージを受けた、その巨体は、折れ曲がり、一瞬、後頭部と踵が衝突しかけたかに見えるほどだった。モンスターは血を吐き、絶命寸前の叫びをあげていた。そして、再び、地上へ落下を始めた。
 なあ、おまえ。おまえは何人の人間を殺してきた? 泣き叫んで助命を請う人間を噛み潰して、その身体を握り潰して、何百人を殺めてきたんだ?
 人外の猿に俺の言葉は届かないだろう。おそらく理解し得ないだらう。それでもな。俺の大切だった誰かのために。
 この、くそ猿。
「ずっと。おまえを叩き潰したかった」
 尖る眼。波早は呪いを吐き出した。彼は思い出していた。少年期、野球に明け暮れたことを。チームの主軸、四番打者だった。何度、空に弧を描く打球を放っただろう。真芯で捉えた白球が空へ消える瞬間のことは、何年経っても忘れることがない。こんなところで役に立つなんてな。
 なぁ。聞こえるか。
 ふいに空を振り向いてみた。何が起きても、何がなくとも、変わらずに澄み続ける青。吐き気を覚えて、遠慮することなくすべて吐く。そして、目を閉じた。まぶたに浮かぶ、死者たち。超獣ギガと呼ばれる、大猿に殺戮された人々の姿。
 俺が弱くて悪かった。守れなくて、悪かった。
 そう思うと乾ききったはずの体から涙が流れた。それは雨のように落ちてゆく。波早は思う。許されなくてもいい。でも、俺は、お前らの仇を打ちたいんだ。置き去りにはできない過去。誰もが抱える、二十五年前のこと。
 そして、自身を使い果たした波早はその身体を自由落下させながら、意識を失った。膝を抱き、まるで小さな子供のように、回転しながら落ちてゆく。血一滴さえ燃料にして戦った。彼のなかには姿勢を制御する体力さえ残っていなかった。
「波早さんっ!」
 地上から空を睨み、花岡しゅりは叫んだ。死力を果たし、体力を使い果たした波早風が落下してくる。その細い体を、自分の視界を壊す陽光に目を伏せ、思わず顔をしかめた。
 さあ、行かなきゃ。
 もう一度、空へ。
 しゅりも残り少ない力を使い果たすつもりでいた。目標術野までの距離を測る。何歩、跳べば、たどり着くだろう。遥か上から、チームメイトが落下してくる。いま、その彼には、自立することすら不可能だろう。
〝鈴音一歩(すずのねいっぽ)〟
 宙に向けて、駆ける。その姿は点滅して、さらに上へ。広がる歩幅のぶんだけ、しゅりの移動速度があがる。いま、光のように瞬き、立ち昇る。手を伸ばす。
 ほら、すぐ、そこだ。私たちは一人じゃない。
 そして、体を折り曲げられたモンスターは、呻き声と共に地上に向けて落下軌道を描いていた。

 同時刻。人類と超獣ギガの交戦が続く、東京、晴海埠頭。

「目標の落下ポイント、補足」
 高速降下中です。助手席の雪平ユキはインカムに噛み付く。揺れる髪。きつく結っていた髪をほどいて、そのゴムを唇にくわえた。額に汗。乱れる長く黒い髪。
 自らを制御できず、落下の始まったモンスター、超獣ギガを捉えるための檻、冥匣(めいごう)を、その背に積載している、装甲特殊運搬車オーガス。運転席の小日向五郎は眉間のしわをさらに深く刻んだ。
「計算しろ。落下地点に向かうぞ」
 運転席から声を荒げた。しゃがれた声がさらに嗄れる。思わずボトルのミネラルウオーターを飲み干した。掴んでいた利き手でそれを潰す。それでも一滴の潤いすら感じない。乾き続ける喉、そして、体。
「起きて、オーガス!」
 雪平の呼びかける声が総員のインカムに流れた。その叫びに呼応したオーガスは、前面のディスプレイに「Operation Augus,Start Up.」と、青い光で目覚め、起動した。それを睨む運転席と助手席の二人の疲れた顔を青く、そして白く、浮かび上がらせた。

 文月が覗き見る車内に並ぶモニターに、あるいはその手のつかむ双眼鏡から、交互に戦況を見つめていた。指揮司令車ミカヅキに乗る高崎要には、その詳細が数値として刻一刻と変化し、ドローンに映し出されたリアルタイム画像はライヴとして、彼が見つめる複数のディスプレイに映し出されていた。

 すでに朝が終わりつつある、晴海埠頭。無人の交戦エリアはひたすら渇き、荒ぶり続けていた。しかし、ようやく、その初陣は、作戦の成功が迫ってもいた。超獣ギガ捕縛のために作られた巨大監獄・冥匣を積載する、オーガスは対象の着地点へと動き始めていた。搭載されている人工知能(A I)が話し始めた。ヒア・ウィー・アー。
〝may god bless you.(神様があなたを祝福しますように)〟
 鋼鉄の体のその内外に音声が繰り返された。車体は自動運転に切り替わり、そして、状態変化を告げるアナウンスもなく、突然、ギヤが変わって、その巨大な車体は後退を始めた。背に背負う十字形の巨大監獄、冥匣が軋む。冬の朝の陽光。それを跳ね返す白い躯体。光を受けない、漆黒の十字架。
「わわっ!」
 ハンドルに体をぶつけそうになりながら、しかし、シートベルトがそれを防ぐ。背もたれに体をバウンドさせられて、二メートルに近づこうとする、大柄な小日向の全身を揺さぶった。助手席の雪平はそれを横目にこっそりと微笑む。
 特殊運搬車オーガスは、その動作に躊躇もなく、目的の落下地点へ、リバースで走ってゆく。そこに落下してきたのは、もはや意識を失ったままの、進化外侵略体だった。
「冥匣を閉じましょう」
 その体長が予測とは言え、六メートルかそれ以上になる、巨大な体躯を持つ、超獣ギガ。想定はしていた。はずだった。車体は保つだろうか、推測の六百キロと、それに加速。計算式を考えるも、そして、小日向がその式の正答を考えるよりも早く、オーガスは速度をあげ、本体と乗組員二名の軽い体が上下に跳ねて、落ちた。
「着弾と同時に拘束を外す」
 握る理由のないハンドルを握ったまま、小日向は叫ぶ。そのときだった。
「冥匣を閉じろ」
 その声は、文月。小日向はふと左を見た。同時にそれを聞いていた、雪平は、左手に掴んだままのタブレットに向き直る。「拘束」と点滅したままの、赤と黒。警報。歪む車体に合わせて、後方へ引っ張れられる背骨。か細い人の体は、腰を中心に後方へと吸い込まれたような気がした。
 背から折れ曲がった車体はくの字を描く。同じく、背骨を折られ、Uになった巨体は、その尾骶骨から着弾していた、小日向が助手席で上下するタブレットを叩く。「拘束解除」と点滅していた。
「神様があなたを祝福しますように」
 オーガスが勝利を告げた。十字架に拘束させられていた冥匣は、へしゃげた、その母体を苦にもせず、本来の正六面体へ折りたたまれてゆく。その座の超獣ギガを包むように。埠頭に金属が重なり合う、轟音が鳴り響いた。空は昨日よりも青い。匣に戻った金属のなかに塞がれる怪物。
 無意識の巨大モンスターは、その閉じられた檻のなかで、自らを制御するツノを破砕していた。
 雪平の手のタブレットの画像には、サイコロのなかの猿が昏倒していた。

「おつかれっ」
 落下を続けていた波早の、その腕を、花岡しゅりがつかまえた。落ちてゆこうとする、その体を抱き寄せた。
 空から地上へ。いまだ気を失っている波早。鈴音一歩。落下速度を軽減して、背中のパラシュートを開く。地上には、膝をついた鳥谷りなが手を振っていた。
「ねえ、波早さん」
 語りかけるしゅり。逃げずに戦った私たちは、もっとずっと強くなれる。人がみな、そうであれば良かったんだけど。
「次はもっと」
 がんばれるさ。ふう、と、ひと息。巨大な監獄のなかで、大猿は微動だにせず眠っている。
「捕縛完了。状況終了」
 総員、作戦本部に帰投せよ。雪平が叫ぶ。そのよろこびが埠頭に響く。冬の空。氷の溶けたアスファルト。そして、誰もが空を仰ぎ見た。昨日見た空より澄んで見えた。
「しゅり。よくやった」
 その声が誰であったのか、呼びかけられた花岡しゅりはわからなかった。しかし、それぞれの耳に、それぞれがよろこぶ声が届いた。
「勝ったぞ」
 部隊長、文月玄也が、その初陣を宣言した。そばにいた、蓬莱ハルコが歓声をあげる。パラシュートの下でそれを聞いていた、しゅりは微笑み、地上へピースサインを送る。檻のなかに捉えた大猿は浅い呼吸を続けながら、いまや戦意を喪失していた。
「作戦完了。我々の勝利です」
 文月と、それを聞いていたハルコに親指を立て、高崎がようやくの笑顔を浮かべた。
 それは変わらずに凍り続けている、真冬の東京、晴海埠頭の出来事だった。

つづく。

 さて。
 開始以降、ずいぶん長くなりましたが、モンスターと進化した人類の戦闘は、初戦が終了です。次回からは、この物語の世界の秘密に迫る、物語パートをお送りする予定です。
(適度に)ご期待ください。
 それでは、また。ビリーでした。

©️ビリー

artwork and words by billy.

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