「完璧」の由来
漫画キングダムにも登場してくる・・・藺相如(りんしょうじょ)といえば、廉頗(れんぱ)将軍というこれまたキングダムでもおなじみの武人との「刎頚の交(ふんけいのまじわり)」(たとえ、首が刎ねられることがあってもお互いの友情は代わることがないんだぜ、という固い絆のこと)で有名な人物です。
藺相如も廉頗将軍も中国の戦国時代における趙(ちょう)という国の臣であった。
中国の戦国時代とは戦国七雄と言うように七つの大国が競い合っていた時代(まさにキングダムですよね)。
藺相如の時代は、七雄の中でも秦が強国として台頭してきた頃である
(後に秦王である政が全国統一し、始皇帝となる)。
大国である秦の王(昭王)が、趙の王(恵文王)に次のような話をもちかけてきた。
「趙の王よ、君のところに名高い【璧(へき)】(美しい玉)があるそうじゃないか。わしゃ、それが欲しくて欲しくてたまらんのじゃぁ~。まあ、ただでくれとは言わん。うちの縄張りにある十五の城と交換しようじゃないか、どうじゃ・・・わしの言うことが聞けんということは、どういうことになるかは君はよく分かってると思うけど・・・フォッフォッフォ」
秦のやり方はもちろん趙でもよく分かっていた。
璧(へき)だけ奪って、城はこちらへは渡さないということを・・
つまり、強大な武力を背景にした詐欺・恐喝である。
戦になり国を滅亡させるわけにもいかないし、かといって脅しに屈するわけにもいかない。
ここで登場するのが藺相如である。
趙の国を愛する漢、藺相如は考えていた。
「俺はこの国を愛している。ヤクザな秦にそう簡単には勝手にはさせん。」
そして、彼は趙王に言った。
『城入らずんば、則(すなわ)ち臣請う璧(へき)を完(まっと)うして帰らん』
「秦が十五の城とわが国の美しい壁との交換という約束を守らなかった場合、私が璧を無事に持ち帰ります!」
彼は、秦王と会った。そして璧を渡した。
秦王は予想通り、十五の城を出す気などさらさらなかった。
そこで彼は、璧に疵があるから教えましょうということで、秦王の手に渡っていた璧を彼の手にとった・・・
その瞬間、彼は立ち上がり宮殿の柱のそばへ走り、こう叫んだ。
「ヤクザなやり方しやがって!そっちがその気ならこっちにも考えがある。約束を守らんと言うのなら、この璧を柱にぶつけて壊してやる。そして、俺も柱で頭をかち割って死んでやる、俺は本気やぞ!」
秦側は慌てふためいた。
その混乱の間に藺相如は家来に璧をこっそり渡して、国へ持ち帰らせた。そして、彼はゆっくりと秦王の前に立ち、こう言い放った。
「もう璧はここにはないぞ。さあ、煮るなり焼くなりなんとでもしやがれっ!」
藺相如の決死の気魄、度胸に圧倒された秦王はただポカンと口を開けるしかなかった。
そして、藺相如は悠々と趙の国へ帰っていった。
まさに「璧を完うして帰った」のである。
「完璧」(かんぺき)の語源はここにある。
何事も「完璧」に行うことは難しいことである。しかし、藺相如はそれをやってのけた。何故ならば彼は「絶対やってみせる、あきらめないぞ!」という気魄があったからである。私たちは、ここに大いに学ぶべき点があるのかもしれませんね。
「断じて行えば鬼神もこれを避く」(司馬遷「史記」)
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※ヘッダーのデジタル画は(第1回目の緊急事態宣言下で登園出来なかったため)幼稚園年長さんだった娘が僕の古いPCで遊んでいて描いたもの。ちびっ子画伯と呼んでいまして、このnoteのいろんなところに載せています。ちびっ子画伯展もよければどうぞ(^_-)-☆
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