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焼きおにぎりとやる気

休日の朝、私は起き上がることができなかった。

体調が悪いわけでもなく、眠いわけでもなかった。では、なぜ起き上がることができなかったのかといえば、予定がなかったからである。

起きても、やることがない。

そう思うと、目は覚めていても身体を起こすことが億劫になった。まだ暖房のついていない部屋は寒くて、その寒さも私を布団の中にとどまらせた。

でも、予定はなくても、朝起きて活動しないと身体のリズムが崩れて自律神経が乱れると聞いたことがある。若いころは平気だったのに。

仕方がない。予定がなくとも起きる理由はないものか。起きる理由……。何かやることは……。

グズグズとダラダラと時間だけが過ぎていく。

しばらくすると、私のおなかがグゥ〜っと鳴った。

あ、やること、あった。ごはんを食べることだ。

ゆるゆると布団から身を起こし、シャワーを浴びるべく、バスルームへ向かう。シャワーを浴びながら、冷蔵庫に何が入っているのかを思い出す。

ああ、ちょっと前に炊いたごはんで、おにぎりつくったなぁ。あれを焼いて食べたらおいしいかも。

おにぎりってことは、お味噌汁もほしいなぁ。たしか、乾燥わかめがまだ残っていたはず。

そういえば、ちょっと前に白菜の漬物をつくったんじゃなかったっけ?自分でつくったくせに忘れてるなぁ。

シャワーを浴び終えるころには、頭の中で朝食のこんだてができあがっていた。

焼きおにぎりとお味噌汁、白菜の漬物付き。

バスタオルで身体を拭き、急いで部屋着に着がえる。濡れた髪の毛はそのままで、とにかくやかんに水を注ぎ、ガスコンロにかける。冷蔵庫からつくりおきのおにぎりを出して、包んであるラップを取り、オーブントースターに入れる。スイッチをひねる。予定時間、10分。

その間に、髪の毛をドライヤーで乾かす。……と、その前に顔に化粧水と乳液をたっぷりぬる。冬の乾燥は、年齢を重ねたお肌の大敵である。

鏡を見ながら「ハァ~ッ」と、ため息のような、そうでないような声がもれる。ため息、というと暗い感じに聞こえるが、そうではない。強いていうなら、温泉に入ったあとで出る、あの「ハァ~ッ」である。

それからドライヤーで髪の毛を乾かす。私はショートヘアなので、髪を乾かすのに手間はかからない。ブラシも使わず、ドライヤーのあったかい風をブワ~ッと髪に当てるだけだ。あとは、手ぐしでちゃちゃっと整えておしまい。

そうこうしているうちに、やかんが「ピーッ」と鳴った。

ちょうどいいタイミングでオーブントースターも「チンッ」と鳴った。

私は「よしっ!」とキッチンへ向かう。

冷蔵庫から、忘れかけていた白菜の漬物を出す。タッパーに入ったそれは、切った白菜を漬けてあるから、小鉢に盛るだけ。

やかんから小鍋にお湯を注ぎ、顆粒だしと味噌を加えて、味噌汁をつくる。おわんに乾燥わかめを入れて、アツアツの味噌汁を注ぐ。

そして最後に、焼きおにぎり。小皿に焼き海苔を敷き、まだ余熱の残っているオーブントースターからおにぎりを取り出す。

アチチッ!

手づかみで取ろうとしたら、思いのほか熱くてびっくりする。でも、外側がこのくらいじゃなければ、おにぎりの真ん中まであったかくなってはくれない。

よし、できた! 焼きおにぎりとお味噌汁、白菜の漬物付き。

いそいそと食卓へ運ぶ。手前の左側に焼きおにぎり、その右隣にお味噌汁、ちょっと奥に白菜の漬物。並べたところで、お箸を持ったまま手を合わせる。

「いただきま~す」

まずは、わかめのお味噌汁。顆粒だしとお味噌をお湯でといただけなのに、どうしてこんなにおいしいんだろう。

そして、焼きおにぎり。外はカリッと、中はふわっと。数日前に炊いたごはんとは思えないほどおいしい。

焼きおにぎりをほおばりながら、時々、白菜の漬物。塩だけで漬けたシンプルな漬物だ。自分でつくって忘れかけていたのに、忘れるくらいの時間がかえって漬物をおいしくする、ような気がする。

味噌汁、焼きおにぎり、漬物。このトライアングルを何回か繰り返しているうちに、いつの間にか私は、こんなことを思っている。

ああ、きょうは洗濯をしよう。掃除もしよう。それが終わったら、近所の公園あたりへ散歩に出かけてみよう。

腹ペコのぐうたらな休日は、焼きおにぎりによって、やる気で満たされていくのであった。

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