太陽を射落とす伝説 小ネタというか他人の褌ですが
相互フォローしていただいている始祖鳥堂まふ(M.A.F.)さん。小説や博物館等のレポートを記事にしておられます。
先日、狭山市博物館のレポートをアップされていたので、早速拝読いたしました。
いろんな制約があるため、僕は名古屋近辺の博物館以外はなかなか行けません。関東地方ですと国立科学博物館ですら2回行ったきりで、ここ10年以上行けていないくらい。色々魅力的な展示があることはわかっていても、各地の博物館まではとてもとても、という状況ですので、このような紹介はとてもありがたいです。
記事のメインはアケボノゾウ。復元模型、骨格、産状の複製と博物館としても力が入っていることがわかります。こちらについては是非、リンク先の記事でご覧ください。
さて地域の博物館ですので、自然史系、民俗系、歴史系の展示が一つの博物館にまとまっています。その中で「太陽が二つ現れて旱魃が起きた。帝が片方は魔物に違いないと見抜いて弓の名手を派遣した。射手が片方の太陽を射ると三本足のカラスになって落ちた」という昔話が紹介されていた、と書かれています。
はて?これは何か聞き覚えがある。そっちでは10個の太陽のうち9つを射落とした話で、殷王朝が元々は10の王家が持ち回りで王を出していたのが、一つの王家に集約されていく過程が説話化したとか言われているのではなかったっけ?
調べてみると十日神話と呼ぶようですね。射落とされた太陽が三本脚の烏に変じるのも同じです。こちらの記事とか分かりやすいでしょうか。
Wikipediaだと出展は「楚辞」ということなので、知識階級経由で日本に入って来ても不思議はないのですが、それが日本の話として民話となるまでにどんな経緯があったか興味深いですね。
ところでこの神話、確かに古代中国の本でも読んだんですが、一番初めに知ったのは、こちらのサイトだったりします。
引用元だよりの記事でしたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。本業のサイトもご覧いただければ幸いです。リンク先の商品は8月31日まで15%OFFですので、是非ご検討下さい。