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ともに耕し、磨く

 今年度最後の記事は、わたしの演劇活動とその周辺について。
東京在住で、出身地である岡山でもOTOというユニットを主宰し、演劇活動を行って9年目。ここ数年は、学生や若手を育てることに集中していたけれど、今年度からは、岡山から演劇を発信していこうという新しい企画を立ち上げることに。5歳の幼稚園児の娘と2歳のイヤイヤ期の息子を育てながらの遠距離演劇、コロナの影響による公演延期など、てんやわんやではあったけれど、その中で、もがいたこと、模索したこと、感じたこと。


Cultivation program 2022『人魚の器官』撮影:yukiwo

日常生活と地続きの場所から

 今年から始めたCultivation program。岡山の演劇人たちとともに「耕し、磨き」ながら創作を積み重ね、県内外に向けてオリジナリティのある作品を発信していこうという3年間の企画。先日、せんだい短編戯曲賞を受賞した岡山在住の劇作家、河合穂高さんの新作を毎年上演することに加え、WS、県外のアーティストとともに実験的な創作に取り組み、地方における演劇のプロとしてのあり方を模索していく。
1年目は、8月に岡山市内の蔭凉寺で、若手の伊藤圭祐くんが演出を担当し、河合さんの新作戯曲『人魚の器官』の上演。11月に香川を拠点に活動する桐子カヲルさん(コキカル主宰)と公募の参加者とともに『ロミオとジュリエット』を題材に創作するWS発表会を企画した。

『人魚の器官』は、気候変動など人為的な理由で、オーストラリアや南極周辺に、人間が住むことができない地域が出現した未来、人工の細胞小器官をDNAに組み込むことで、老化を防ぐ治療の治験に参加する夫婦の姿を描くSFミステリー。現役の癌研究者でもある河合さんの医学的な知見が活かされ、医療や化学技術が進歩していく中で「人間の境界線」はどこなのかを問う作品。
創作は、国内外のアーティストがライブを行う音楽寺として有名な蔭凉寺の空間と、どうコラボするのかを考えるところから始まった。日常生活と近い場所にあるお寺から、観客が地続きに演劇の世界に入って来てほしい。
このお寺は、アート活動に加え、街作りのシンポジウムなども開かれる場所。そこで、司会者と最先端の老化治療を受けた男性が、妻の身体に起きた異変と想定外の結果について観客に語りかけるところから展開することになった。



創作ワークショップ 身体で物語る『ロミオとジュリエット』

公演延期からの立て直し、そして創作WS

 何事も新しいことを立ち上げるにはパワーが必要。もともとOTOのメンバーは、わたし1人だったけれど、3年間の期間限定のプログラムメンバーが加わり、目標を共有してチームワークを築くことに、やはり時間と力を費やした。そもそも岡山で、プロの演劇を観られる機会自体が少ないのに、プロのレベルを目指すのは本当に難しいこと。
8月の公演の1週間前にはブラッシュアップを図るため、大阪を拠点に活動する、コーポリアルマイムのアーティスト、巣山賢太郎さん(tarinainanika主宰)に創作指導とWSをお願いし、成果をワークインプログレスとして発表した。けれど、その数日後に、出演者の1人が新型コロナウイルスに感染していることが判明。公演は延期とし、その連絡やWSとワークインプログレスの参加者への対応に追われた。
代替公演の日程は、助成金の期限があったり、仕事をしながら演劇をしているメンバーもいて、なかなかベストな時期とはいかなかったけれど、蔭凉寺のご住職のご協力もあって、1月末に再設定することができた。
コロナの対応に追われることは、ここ3年間ずっとだけれど、創作以外のことに力を奪われていくことに、とても焦りや悔しさを感じた時期だった。

 スケジュールが狂った感は、なかなか拭えなかったけれど、10月からは稽古を再開。わたしが東京、伊藤くんが島根在住のため、オンライン稽古も多かった。
11月には、参加者を公募しての創作WS、身体で物語る『ロミオとジュリエット』を岡山市内の築約100年の禁酒會館で行った。講師の桐子カヲルさんは、関西や東京で活動した後、地元の香川を拠点に、題材からエッセンスを抽出し、会場の空間を活かしながら、音楽や身体を使いダンス的な手法で創作をしている。参加者は、若手や子育てで演劇からしばらく離れていた方、ダンサーなど様々。劇薬を服毒したジュリエットと現代の安楽死を重ねた、河合さんのテキスト「ジュリエットの毒」を拠り所に、グループで創作。
2日目には、できあがった小作品を一般公開。その時、その場に集まった人たちだからこそ生みだせるものを大事にする桐子さんをリーダーに、『ロミオとジュリエット』を通して、参加者自身が何をやりたいのか、自分と相手を大切にしながら、創作する場の空気感がとても良かった。それぞれの「より良く生きたい」という切実な意志が見える作品になったように思う。



Cultivation program 2022『人魚の器官』撮影:yukiwo

模索は続いていく

 年が明けて、『人魚の器官』の本番が迫って来た。年末年始には集中して岡山で稽古したけれど、娘の幼稚園の送迎もあり、土日に岡山に通っての稽古。娘を迎えに行く前の1時間ほど、公共施設を借りて、1人で稽古したりもした。岡山のメンバーも自主稽古をしてくれて、みんなが集中力を切らさないように協力して取り組んだおかげで、難しいスケジュールをのり越えて、作品を仕上げることができた。
築約300年の包容力のある蔭凉寺の空間と漆作家の河合桂さんの現代アートのオブジェにもとても力をいただいた。
期待してくださっていたのか、想定していた以上のお客さんに来ていただき、学生の割合も高かった。若い観客も一緒に成長していけるような場になったらよいな。OTOの企画に何回か参加してくれた高校3年生の演劇部の男の子も来てくれて、4月から東京の大学に行き、演劇を続けていくと報告してくれたこと、とてもうれしかった。

 『人魚の器官』が無事終演し、たちまち2023年度の準備に追われている。来年度も、夏に公演、WSなどを計画中。県外での公演の調整もうまく進んでほしい。
演劇⽂化を地域に根付かせるためには、多様な舞台表現に⾝近に触れられる環境が⼤切。しかし、多くの地方でそうであるように、岡⼭でもプロのアーティストの表現に触れる機会や、県外まで発信されるような強度のある作品が創作されることが少ない。多地域のアーティストと交流、共同制作をすることで、地元の演劇⼈たちは、新たな視点や表現法、技術を獲得することができ、活動の幅が広がるのではないだろうか。今後、演劇を通じた地域間交流により力をいれていきたいと思っている。岡山で演劇することの可能性の模索は続く。



Cultivation program 2022『人魚の器官』撮影:yukiwo

わたし自身が変わること、目の前の小さなことから

 最近、企画によく参加してくれる女性が、OTOのWSは、受け入れられている感じがして居心地が良い、だからハズレがないと言ってくれたのが、うれしかった。WSや創作の企画をする時に、今でこそ「ハラスメント」が起きないようにと、講師の方とお話したりするけれど、考えてみると活動を始めた9年前から「こういう場にしたい」ということと同じぐらいに「こういう場にしたくない」ということについても話し合ってきたように思う。

 昨今、演劇の場でのハラスメントの問題が顕在化してきている。けれど、「人格と才能は別」「芸術に犠牲はつきものだ」というような認識がまだまだ根強いことに危機感を感じる。確かに、アーティストの人格と才能は別次元のものかもしれないけれど、才能や権威があれば犯罪も許されるということとイコールにはならない。そもそも芸術は、人がより良く生きるためにあるものであって、そのために犠牲になってよい人なんていないはず。

 わたし自身がこれまで、他者への信頼を失わずに、演劇を続けられてきたこと、周囲に恵まれてきたからだと思っている。けれど、日本の演劇界での俳優の立場は圧倒的に弱い。いろいろな場面で、声をあげたら、出演の機会を失う、活動できなくなると思い、黙ってしまう人は多いと思う。
わたしは、あるアートマネジメント系の勉強会に参加した時に、全員の前である参加者から「なぜここにいるのか。俳優は余計な知恵をつけない方がよい。演出家の言う通りにだけしていたらいい」という趣旨の言葉をかけられたことが忘れられない。前後のことは記憶にないが、わたしは呆然としてしまって反論もできず、誰も擁護してくれなかったことだけは覚えている。

 問題は、芸術だからではなく、構造だと思う。演劇活動を経済的に成り立たせることは難しい。やはり俳優たちの経済的、体力的な負担の上に成り立っている部分が大きいからこそ、起こっていることなのだと。
簡単に解決できるものではないけれど、この状況と向き合い、知恵を出し合っていくことが大切で、そうして取り組んでいくことが、演劇と社会との接点を見出すことにも繋がるのではないかと考える。
わたしのような影響力のない人間には、他人を変えることも、ましてや、社会を変えることなんてできない。けれども、わたし自身を変えることだけはできる。目の前の小さなことから、できることから取り組んでいきたいと思う。


米谷よう子


岡山で主宰するOTOの活動はこちらをご覧ください。


カバー写真:Cultivation program 2022『人魚の器官』撮影:yukiwo



米谷よう子の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/me1e12a71d670


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