見出し画像

それを踊りと呼べるまで⑦ 「ケア」を踊りと呼べるまで 後編

前回は私の初めての「ケア」の体験から、社会福祉法人 あすか会との出会いまでを振り返ってみた。
今回は私が今、あすか会で行っている「アートの時間」ワークショップについて、詳しく書いていこうと思う。前編はコチラ>>

<「アートの時間」始動>

このワークショップの構想自体はコロナ以前からあったものの、実際に第一回が開催できたのはコロナ第5波が収まり始めた2021年10月のことだった。
初めは対象を利用者さんのみと想定していたが、「あすか会アール・ブリュット展」での気付きを経て私は「まずは、あすか会で働く職員さんとの関係性を築かなければ、利用者さんに響くワークショップは出来ない」と考え、職員向けワークショップと利用者向けワークショップを、二本立てで行わせてもらう事にした。

職員さん向けワークショップでは、あすか会で働く職員の皆さんに、発達障がい児の運動療育者のための研修を、私なりにアレンジしたワークを体験してもらった。それは、私がかつて東京で6年間働いていた、発達障がい児専門の運動療育の現場での経験が、同じ「ケア」を仕事にしている、あすか会の職員さんにも役に立つと考えたからである。

職員さん向けワークショップの様子

その内容は、発達障がい児と呼ばれる子供たちが、普段どのような世界を生きているかを疑似体験できるワークや、チームで行う療育方法、更には「ケアする側」と「ケアされる側」に分かれて行う実践形式のワークなど、2時間があっという間に過ぎるプログラムだ。

まずこのワークショップでは、職員の皆さんに普段の「職員」という役割から一旦「降りて」もらう。

「役割から降りる」というのは、舞台に関わってきた私なりの言い方だが、要は「人の立場に寄り添う」「人の気持ちになって考える」というケアの基本を行うために、まず一度、自分の固定概念や、思考傾向を脱ぎ捨てて、"まっサラになってみる“ということだ。それは大人になればなるほど難しい事でもある。

往々にしてコミュニケーションを難しくしている要因の一つは、いわゆる肩書きや立場といった、その人の「役割」だったりする。
その役を一旦降りて、単なる「人と人」として相手と向き合うことで、障がいを持つ利用者さんと職員さんとの関係をホグしていく。
更にそこから見えて来る景色を、職員さん同士が共有することで、職場の人間関係もホグして行こうというのが、このワークショップの狙いだ。

そして最後には、職員さん自身が「利用者役」「職員役」となって日々のケアの再現を行ってもらう。
「こんな利用者さんおるわ~」「こんな場面、ようあるわ~」と笑いながら話す中に、日々葛藤しながら利用者さんと向き合う職員さんたちの日常がリアルに浮かび上がってくる。

職員さんが利用者役と職員役に分かれて行うワークの様子

障がい者のモノマネをするなんて、福祉施設の職員としては、不謹慎だという意見もあるだろう。
しかしこれは単なる「モノマネ遊び」ではない。

このワークは職員さんが日々、どれだけ真剣に利用者さんを観察できているか?どんなふうに普段利用者さんに接しているか?そして、どのように他の職員さんと連携を取っているか?が可視化され、共有されるシビアなワークでもあるのだ。
そしてその「あるある」を共有し、笑いに昇華することで、職員さん同士の“戦友としての絆”が、より一層、深まっていくのである。

同世代、趣味が一緒、気が合う飲み友達といった、職員同士の職場以外のゆるい連帯も勿論必要だ。
しかし単なる連帯は、現場では通用しない。
逆に仲が悪くても、年が離れていても、プロとしての協働が出来ていれば、質の高いケアを提供することはできる。それは発達障がい児の現場も、福祉の現場も変わりはない。

ここで、ワークショップを受けた職員さん達の感想を、幾つか紹介したい。

・普段、自分のケアの質について振り返る余裕などないので、有意義な時間だった
・職員同士の連携が、如何に大切かを実感した
・他の職員さんが、自分と同じように悩んでいることが知れて良かった
・利用者さんのマネをしてみて、初めてその人の気持ちが分かったような気がした
・普段あまり関わらない職員さんと話せて楽しかった

<利用者さん向けワークショップ>

そして職員さん向けワークショップを受けたメンバーで、今度は利用者さん向けワークショップを行う。

利用者さん向けワークショップは、利用者さん6人に対し、職員さん6人のマンツーマン体制で行う。(その後、試行錯誤を経て、現在は職員さん2名、利用者さん10名程度で行っている)
内容は簡単な準備運動やストレッチから始まり、布や音楽を使って体を動かしたり、職員さんと利用者さんがペアになって踊ったりと、内容は特に目新しいものではない。

ただ一つ違うのは、この場が単なる利用者さんの為の「余暇活動」であるだけではなく、職員さんが職員さん向けワークショップで学んだことを、実践する場であるということだ。

利用者さん向けワークショップで行った、布を使ったワーク

職員さんには、ワークショップで学んだことを活かしてもらうだけでなく、「利用者さんに無理にやらせずに、自分がとにかく楽しむことを大事にしてください」とお願いした。
その狙いは、職員さん自身がワークを楽しむことで、利用者さんも安心してワークを楽しめるという事を、実践の中で気付いてもらうことだ。

ワークショップで学んだことを即、実践出来る人など殆どいない。
それよりも大切なのは、利用者さんを目の前にして、職員さんがどこまで「役を降りれるか」。つまりは、殻を破って、或いは一歩踏み込んで、自分が心底楽しむ姿を、利用者さんに見せる勇気を持てるかだ。

結果的に、このワークショップは利用者さんに好評で、回を増すごとに私のところへ「次はいつあるのか?」と楽しみに聞きに来てくれる人が増えていった。

利用者さん向けワークショップでの、利用者さんの様子

私のやるワークが良かったわけではない。職員さん達一人一人の努力が、利用者さんの満足に繋がったのだ。
そんな利用者さん向けワークショップの、職員さんの感想もいくつか紹介したい。

・利用者さんの普段見られない表情や表現が見られて驚いた
・「役を降りて」利用者さんと一緒に楽しむ事で、その場を客観的に見ることができ、発見が沢山あった
・普段は近すぎて見えていないことを、俯瞰で見る余裕が出来た
・利用者さんに負けないぐらい、ただ楽しんでしまった
・京極さんの声かけによって、いつもと同じ現象がリフレーミング(再解釈、再定義)されていくのを感じた

これらのワークショップは現在、コロナ第6波の影響もあり、まだ全ての職員さん、利用者さんとは行えていないが、職員さん向けと、利用者さん向けの二つのワークショップをセットで行うことで生まれる相乗効果は、着実にあすか会の日々のケアの現場に良い効果をもたらしてくれているようだ。

そのお陰もあって先日、職員さん向けワークショップの内容をそのまま、あすか会の「新人研修」の場で行わせてもらうことも出来た。そこで私は、「ケア」に関しての、とても大きな気付きを得ることが出来た。

<「ケアする人のケア」という考え>

コロナで実践的な研修を受けられないまま、即、現場に配属されている新人職員さんは、日々のケアをこなすことで精いっぱいで、考えたり、振り返ったりする機会が無い。
さらに職場の人間関係もまだ確立されていないので、誰に何をどう相談してよいのか分からないというのが現状で、これはあすか会に限らず、多くの福祉施設で共通して起きている現象だと思う。

そしてそんな新人職員さんの中にはきっと、十数年前の私のように「ケア」に苦手意識を持ってしまう人もいるだろう。(※前編参照
「ケア」は「ケアされる側の人」だけではなく、「ケアする側の人」にも必要だということは、昨今の「ヤングケアラー」や「老々介護」という言葉と共に広く知られるようになった。
だが、実際にその「ケアする人のケア」をどのように行うべきかは、どこの現場でも日々、試行錯誤が繰り返されている事と思う。

特にあすか会のような施設での「ケア」の提供は1人では成立しない。職員同士のチームワークが絶対的に必要になってくる。チームでのケアの提供と、“チーム自体のケア”が、今後より一層必要になってくるはずだ。

まだハッキリとは言えないが、私はこの「アートの時間」の二つのワークショップが、今後様々な場面で起こり得る「ケアする人のケア」に、何かしらのヒントを提示できるのではないかと考えている。

利用者さん向けワークショップで利用者さんと共にポーズをとる職員さん

その一つが私がワークショップ中に、よく口にしている
「身体のトーンを揃える」
という言葉だ。

人は言葉だけでコミュニケーションを取るわけではない。
表情、声、目線、姿勢、様々な要因が相まってコミュニケーションは成立している。
1人の利用者さんに対して、二人の職員さんでケアする時、もし職員さん二人の言っている事が「言葉として」は同じでも、その二人の「身体のトーン」が違っていると、利用者さんは混乱してしまう。

どうしても現場での職員さんの意識は、利用者さんに多く注がれがちだが、それと同等に大切なのは、職員さん同士の連携だ。
職員さん同士が視線を交わし、呼吸を揃え、「身体のトーン」を合わせることで、その場の雰囲気も変わる。その雰囲気によって、人を動かしたり、制したりすることも可能だ。

そして何より、この「身体のトーンを揃える」と、それをした者同士が気持ちよくなり、身体が“ホグれる”。
その“ホグれ”は周りに波及していく。
利用者さん向けワークショップで、職員さんが思いっきり楽しむのを見て、その気持ちよさが利用者さんに波及していったように、ホグれた身体はやがて、“その場をホグしていく”のである。

実際にどのようにして「身体のトーンを揃える」のか?
ワークショップの中で紹介しているその方法を、私は発達障がい児の運動療育の現場と、国内外のダンスの現場で学んだ。そしてその学びは、障がい者福祉の現場でも大いに通用するということを、私はあすか会の職員さん達に教えてもらった気がしている。

そして新人研修で私は、この「身体のトーンを揃える」という言葉を、「身体のトーンのギャップ」が辛くて「ケア」に挫折してしまった、数十年前の若い私自身に言い聞かせるように、新人職員さん達にも伝えることが出来た。
この研修を、嘗ての若かった私に受けさせてあげたかったなと思う反面、あの挫折のお陰で、この言葉を言えるようになったと思うと、私は勝手に、私の過去を弔ったような気持ちがして、私の身体もホグれていくのを感じたのだった。

<これからの「アートの時間」と「ケアの射程」>

誠心誠意、真面目に向き合う事だけがケアではない。
たった一人で背負わずに、時にはその役を降りてみることも必要だ。
身体をホグすことで、関係性がホグれ、人もその場もホグれていく。

そんな事が身をもって分かったのは、つい最近の事だ。
それが如何に難しい事かも、年を重ねるごとによくわかる。

だからこそ、このワークショップを通じて毎回、職員さん同士が少しずつホグれていくのを感じるのが嬉しい。そして私と職員さんとの関係性も、時間をかけて少しずつホグれて来た。

そんなホグレた身体のトーンが利用者さんへと波及して行くのを見ていると、私は「アートの時間」の持つ「ケアの射程」が着実に広がって来ているのを感じる。

「アートの時間」は「アート作品」を作らない。あくまで作るのは「時間」である。
今後その副産物として、何か作品が出来るかもしれないが、それがメインではない。
利用者さんと職員さんがワクワクしたり、楽しんだり、癒されたりする時間を作っているのだ。

わかりやすい結果や、効果があるものが重宝される世の中で、この「時間」を作るという考えを理解してもらうのは中々難しい。
それでも、このプログラムがあすか会で実現した訳は、あすか会の施設長の岡本さんの信念ともいえる、この言葉の中にある。

「最大の支援とは、その人とただ、何もせずに一緒に時間を過ごせることだ。」

それは正に、深い信頼関係とコミュニケーションがあって初めて成り立つ「一緒の時間」を作ること。それこそが最大級の支援、「ケア」の形であるという考えだ。
そんな施設長のいる、あすか会だからこそ、この「アートの時間」は実現し、今も継続しているのである。

職員さん向けワークショップにご参加いただいた岡本施設長(左奥)

今後、このプログラムを他の施設へと展開してみてはどうかという考えも出ているが、私はまずはこのあすか会で、「アートの時間」を深めていけば、自ずとその「ケアの射程」は広がっていくだろうと信じているし、このプログラムには「ケアする人のケア」を超えた、「社会全体のケア」に通じるヒントがまだまだ沢山、隠されていると思っている。

「障害」が「障がい」と言い換えられて20年。
私達はまだ、ケアする側と、される側が支え合うようなケアの形をまだ見つけられていない。

時に反発し、時に支え合う一組のペアダンスのように、一方通行ではなく、互いを必要とするような、支え合うケアの形が生まれた時、それはダンスと呼べるのではないだろうか?
それはペアダンスならぬ、“ケアダンス”と呼んでみてもいいかもしれない。
やがてその“ケアダンス”が派生してゆけば、固まった身体、冷たい場、切迫した時間から逃れてきた人々が自ずと集まり、福祉の現場は“ダンスフロア”になるかもしれない。

様々な価値観が根底から覆されていくであろう、これからの20年。
福祉業界にも「障害」から「障がい」程度の“言い換え”ではなく、「ケア」を踊りと呼べるような、大胆な“発想の転換”が求められているのかもしれない。

そこまで大きな話ではなくとも、いつか私自身が、ケアされる側になった時、「ケア」を踊りと呼べるなら、年を重ねるのも少し楽しくなるような気がする。
障がい者福祉の現場にも、そんな小さな光が見えることを願って、いつもより大分長くなってしまった今回の連載を終えたいと思う。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



京極朋彦の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/mf4d89e6e7111


読んでくださり、ありがとうございます。 このnoteの詳細や書き手の紹介はこちらから。 https://note.com/beyond_it_all/n/n8b56f8f9b69b これからもこのnoteを読みたいなと思ってくださっていたら、ぜひサポートをお願いします。