喜多見奈美

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最近の記事

カードゲームUNOにゆらぎの定理を適用してみた【論文紹介】#22

カードゲームUNOの山札と対戦相手をお風呂とみなす。そうして、自分の手札の枚数が増えたり減ったりする統計的な振る舞いにゆらぎの定理を当てはめてみると、ゲームの興味深い解釈ができるようになる。 今週紹介する論文はこちら Emergence of Fluctuation Relations in UNO UNOにおけるゆらぎの定理の適用可能性 2406.09348 (arxiv.org) ゆらぎの定理についての解説はこちらの動画に譲る(説明がかなり丁寧なおかげで長いが、55:

    • 結び目理論超入門(凝縮系物理に関わる結び目理論)【論文紹介】#21

      まず、結び目理論の入門として、ありそうな誤解を一つ解いておく(私がしばらく誤解していたことだが)。 結び目理論は、3次元空間中の結び目そのものを扱うのではない。結び目を2次元平面に描いた結び目図式とそれに対する操作のみを扱う(下図A)。一旦2次元に落とすために、やや回りくどいことをやっているようにも見えるが、2次元に落とすおかげで扱いやすくなっているという恩恵は大きい。 本記事では、結び目不変量(同じ結び目なら同じ値、違う結び目なら違う値になるもの)の代表例である、ジョーンズ

      • 対流圏という乱流の花園【時候コラム】#3

        地面が太陽に照らされる。 地表付近の水蒸気の多い空気が暖められて上昇し、積雲が湧きたつ。 水蒸気を含む空気が露点高度より高くまで断熱膨張することで乱流が可視化されている。 なんと美しい光景だろう。 現代の気象予報技術では、数十km程度の解像度の一定範囲で積雲が湧きたちそうだということは予想できる(天気予報で「大気の状態が不安定になる」というのがそれ)。しかし、積雲1個1個の発生位置や形や規模は全く予測不能で、せいぜい1時間くらい前にわかるのが関の山だ。 地球が太陽に照らさ

        • 正解のない社会での合意形成のダイナミクス【論文紹介】#20

          哲学者のゴットハルト・ギュンターは、主観しか持ちえない我々がどのように思考を精緻化するかを考え、ヘーゲルの弁証法に対する批判として複弁証(polycontexturality)を提唱した。(これまた定まった訳語がないようなので、ここでは複弁証と訳す) まず、ヘーゲルの弁証法は簡単に言うと、テーゼ(ある命題)とそれを否定するアンチテーゼを考え、その2項対立ではなく2つを包括するジンテーゼに至るという思考法である。ジンテーゼという一段高い思考に至る過程のことをアウフヘーベン(止揚

        カードゲームUNOにゆらぎの定理を適用してみた【論文紹介】#22

          群衆力学(Pedestrian dynamics)から見るヒトの形(ヒトは球とみなしてよいか?)【論文紹介】#19

          人混みの振る舞いを大規模に調査するため、オランダで5番目に大きい駅であるアイントホーフェン(Eindhoven)中央駅の3,4番乗り場の階段とエスカレータの部分に次のような観測装置を置いた。 一日の利用者は約46,000人である(パンデミック前は約77,000人だったそうだが)。この装置によって2021年4月から2022年5月まで約1年間のデータを取り、従来の研究より3桁も多くの群衆の動きのデータが得られた。 今回紹介する論文はこちら。 階段上の群衆力学の大規模統計とその

          群衆力学(Pedestrian dynamics)から見るヒトの形(ヒトは球とみなしてよいか?)【論文紹介】#19

          「これはスモウ」「スモウってこれか」言語集団におけるラベル付けの発生【論文紹介】#18

          話し手(Speaker)側の画面に3つの図形が表示され、そのうち一つがランダムに選ばれて黒枠を付けられる(下図a)。顔の見えないところにいる聞き手(Hearer)にも同じ3つの図形が見えていて、どれか1つを選択できるようになっている(下図b)。その聞き手に同じ図形を選んでくれるように、話し手は黒枠で選ばれている図形の特徴をアルファベット6文字以内で伝える。並び順はランダムに変えられているため、左、中、右という伝え方はできない。話し手と聞き手を交代しつつ、正解した数だけ両者とも

          「これはスモウ」「スモウってこれか」言語集団におけるラベル付けの発生【論文紹介】#18

          あつまれブリッスルボットの平原(協調運動の発生起源)【論文紹介】#17

          日本語資料がないのが不思議なほどだが、ブリッスルボット(bristlebot)というものすごくシンプルな仕組みで自走するロボットがある。 歯ブラシのブラシ部分だけを切り取って、スマホのバイブパーツと電池を付けただけのもので、ブラシの毛を足として振動によって前進する。あと、全く必要ないが目を付けてかわいくしてある(←重要!)。 今週紹介する論文はこちら。 A Mechanical Origin of Cooperative Transport 協同輸送の機械的起源 2402.

          あつまれブリッスルボットの平原(協調運動の発生起源)【論文紹介】#17

          "月を読む"先に見えるもの【時候コラム】#2

          新年快乐! 2月10日午前7:59(日本時間)は新月で、旧暦では新年を迎えます。 太陽の周期のみに合わせたグレゴリオ暦とは違って、旧暦は月の周期とも合っていてちょっと憧れる部分もあります。 月着陸機SLIMが太陽光を浴びて活動する期間を終え、次に太陽光が当たる期間になればまた活動し出すかもしれないと言うとき、「月面上で次に太陽光が当たる期間」を言うのに「来月」という言葉が既にあるのは、なんだか月面文明を築くポテンシャルもあるようで素敵だと思います。 来世紀くらい、月面開発が

          "月を読む"先に見えるもの【時候コラム】#2

          SNSを伝搬する衝撃波とそれによるエントロピーの上昇【論文紹介】#16

          SNSを使う人がN人いて、通し番号が振られているとする。その中から任意に選んだ2人、i番目の人とj番目の人(i≠j)が互いを見てある確率で相互フォローになるとする。 今週紹介する論文はこちら。 Shockwavelike Behavior across Social Media ソーシャルメディアを伝搬する衝撃波のような現象 Shockwavelike Behavior across Social Media (aps.org) (本論文内のanti-Xとは、Twitter

          SNSを伝搬する衝撃波とそれによるエントロピーの上昇【論文紹介】#16

          球の衝突と密度変化だけから起こる相転移(牛を球とみなして何が嬉しいのか)【論文紹介】#15

          例えば、ペットボトルに小石を入れて振る。 この中で起こる現象をよく見ると実は未解明の現象がある。 パラメータとして、小石の数・大きさ、振る振幅・振動数を変えると、小石のほとんどがペットボトルの振動と同期して振動する状態と、同期せずばらばらの振動数でぶつかり合う状態があり、パラメータ空間中での状態の遷移が非常に普遍的な相転移を示すのである。 今週紹介する論文はこちら。 Interplay between an absorbing phase transition and sy

          球の衝突と密度変化だけから起こる相転移(牛を球とみなして何が嬉しいのか)【論文紹介】#15

          カオスの縁を彷徨う霊魂【論文紹介】#14

          去年の初め頃、大規模言語モデルは学習量が200億語程度を超えると(仕組みは従来と同じでも)相転移のように急激に性能が上がることが示された。そのおかげでChat GPTなどは大幅に性能が向上した。 それより2年ほど前に、天然のニューラルネットワークである人間の脳において、意識を失っている状態と意識がある状態の脳の活動の調査から相転移的な振る舞いを分析したのが本論文である。 今週は、arXivのこちらの記事 2401.10009.pdf (arxiv.org) が引用しているこ

          カオスの縁を彷徨う霊魂【論文紹介】#14

          67光年の孤独【時候コラム】#1

          20日深夜、JAXAの小型月着陸実証機SLIMが、月面の狙った位置への着陸に成功しました。ただし、太陽光パネルによる給電ができておらず、バッテリーのみの駆動で、数日以内に通信が取れなくなるようです。 また、現在最も地球から離れた人工物である、惑星探査機ボイジャー1号は、去年の11月頃からシステムの不調を起こし、電波は届いているのですがまともな通信が取れなくなっています。 ちょうど11年前の2003年の1月21日には、当時最も地球から離れた人工物であったパイオニア10号との通

          67光年の孤独【時候コラム】#1

          明るさの変化による魚の群れの形の変化【論文紹介】#13

          魚類は50%以上が群れ行動をとり、捕食者からの保護、採餌性の向上、移動コストの削減などの利益を集団にもたらす。 魚類は、群れを形成するために、視覚、側線による触覚(周囲の水の流れ)、嗅覚(仲間から発せられるにおい)を手掛かりにしていることがわかっており、中でも視覚と触覚の比率が大きいとされている。魚の目を覆う器具を付けたり、側線の機能を制限するなどして視覚や触覚の影響を調べた研究はすでにあるが、その取り付けた器具が泳ぎ方に影響している可能性を排除しきれない。そこで本研究は非侵

          明るさの変化による魚の群れの形の変化【論文紹介】#13

          カオス発見の第一報を読む【論文紹介】#12

          前略(あけおめ) 新年っぽいネタということで、初モノで初心に還るという意味も込めて古典的名論文の紹介をしてみたい。 Edward N Lorenz著 Deterministic nonperiodic flow 決定論的で非周期な流れ Lorenz63.pdf (bu.edu) ”カオス(chaos)”とは論文には書いてないが、現在カオスと呼ばれる概念を最初に科学的に記述し、その美しく深遠な数学的構造を調べ、研究発展の可能性も明晰に記した名論文である。その内容の講演会を行

          カオス発見の第一報を読む【論文紹介】#12

          温度変化に晒される磁石の磁化の臨界的振る舞い【論文紹介】#11

          イジングモデルと、その2次元での厳密解が求まっていることは知っているものとする。 と言いたいが、私の論文紹介シリーズでイジングモデルが出てくるのは初めてなので概説する。(イジングモデルは、量子力学と同じくらい、大学で物理を学んだ者なら誰でも知っている前提知識のようなものだが。) 鉄が磁石になったものは分割しても両極を持つ磁石なのはよく知られているが、原子一個でも磁石の性質を持っている。 実は原子一個で磁石の性質を持つ元素は金、銀、銅、リチウム、ナトリウム、カリウム…など他に

          温度変化に晒される磁石の磁化の臨界的振る舞い【論文紹介】#11

          クヌーセン気体に見られる自発的なエントロピー減少【論文紹介】#10

          先週紹介したこととは矛盾するようだが、クヌーセン(Knudsen)気体というちょっと特殊な状況で熱力学第2法則を破るように見える事例の紹介。なんだそれ、そんなのありかよと思われるかもしれないが、矛盾するようなことがどちらも理論的にしっかりと立脚している、これもまた理論物理の面白いところではないかと思う。(”理論的にありうる”ことのうち”物理的にありうる”ことがどれほどあるかは、理論物理をやってみるとほとんどわからないものではないかと感じる) 今週紹介する論文はこちら Spo

          クヌーセン気体に見られる自発的なエントロピー減少【論文紹介】#10