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ばれ☆おど!㉟


 第六章 邪眼の人形使い



 第35話 もう一つの動物愛護部


 一匹の白い猫が歩いていた。
 残酷な運命が待ち受けていることも知らずに……。

 前方には、少年たちが3人、暇そうにしていた。如何にも悪ガキという感じである。
 リーダー格の少年が、目を輝かせて言った。
「おい! あの猫捕まえようぜ」
 あとの二人は賛成したようだ。
「おう!」
「じゃあ、俺がおびき寄せる」
 すると、ポケットから猫の好物、チーズ味のお菓子を取り出した。

 猫が、ニャーンとかわいらしい声で鳴きながら、近づいてくる。
 そして、猫が、お菓子に口をつけた瞬間、3人は一斉に襲いかかった。
 抵抗虚しく、猫は悪ガキどもに、あっけなく捕まってしまう。

 猫にとって不幸なのは、ここが、荒川の土手だったことだ。
 悪ガキどもは川に向かって猫を放り投げた。

 バッシャーン

 猫は必死に泳いで岸辺にたどり着く。
「やっぱり、猫は溺れないな」
 何度やっても同じ結果だった。

 一人が、ひらめいた。

「じゃあさぁ、あの橋の真ん中から落としてみようぜ」
 すると、悪ガキどもはそれを実行に移した。

 橋の上から、もがきながら、猫が落下する。さながらバンジージャンプのように。
 数秒後、ドボンと大きな水音をたてて、猫は川に吸い込まれていった。
 だが、しばらくすると、猫は浮かび上がり岸へ向かって泳ぎだした。少年たちは、猫が向かう先の岸辺に向かって走り出す。
 しかし、猫は力尽きて、もう少しで岸辺に着こうというところで、ブクブクと泡を立てながら沈んでいった。
 悪ガキどもは奇声を上げて、喜んでいた。
「やった! 猫が溺れたぞ! ハハハ……」

 バッシャーン

 突然、悪ガキどもが、騒ぐのをかきわけるようにして、一人の男子高校生が、真冬の川に飛び込んだ。
 そして、深く息を吸い込んで、川の中に潜っていく。

 数秒後、彼は、ぐったりした猫を抱いて、浮上してきた。
 白い息をはぁはぁと吐きながら、岸辺に上がると、急いで心臓マッサージと人工呼吸を猫に施す。
 その甲斐あってか、猫は息を吹き返した。

 彼は悪ガキどもに向かって、叫ぶように、こう言った。
「ダメだろ! これは悪いことだ。二度とやるんじゃないぞ!」

 悪ガキどもは反抗的な目を、彼に向けて歯向かう。
「へへ―ンだ。知ったこっちゃねぇ」
「そうだ。そうだ」
「知ったこっちゃねぇ」

 そう捨て台詞を吐き、悪ガキどもは笑いながら、走り去っていった。

「チッ、クソガキども!」

 全身ずぶ濡れで、水を滴らせながら、舌打ち混じりに呟く、この高校生――市立雀ケ谷高校2年生。毛塚ぜんじろう。17才。金髪ツンツン頭に片耳ピアス。目つきが悪い。悪人の目つきだ。もちろん、外見だけの話だが。そして、特筆すべきことがある。それは、彼が生まれついての異能力の所有者だということだ。

「お灸を据えてやらないとな。悪ガキの教育は、善良な市民の義務だ!」
 すると、彼の目の光が異様なものへと変貌する。まるで、それは悪魔より授かりし目のように。

(フフフ、見えるぞ。お前たちの居場所が)

 彼の異能力が発揮されていた。いま、1匹のネズミに後を追わせている。しかも、ネズミの見ていることが、彼にも見えるらしいのだ。

(そうか、今そこか。すぐにそこに行ってやる)

 ぜんじろうは走り出した。濡れた制服が重い。それでも全力で走った。

 まず、自宅に向かう。彼の家にはドーベルマンが2匹いる。


「虎徹!」
「茶々丸!」

 ぜんじろうが呼ぶと2匹は飛ぶように、彼のもとにきて、激しくしっぽを振る。
 ドーベルマンはもともと頭がいい犬種だが、彼らは特に優秀なのだ。言わなくても、主人の考えがわかる。
 ぜんじろうが、語りかける。
「悪い奴を懲らしめに行く」
 そう言うと、すべてを理解しているようで、主人に付き従うように一緒に走り出した。


 ぜんじろうが、公園に到着すると、あの悪ガキどもがいる。
 そこに、2匹のドーベルマンが現れた。
 ――牙をむき出しにして、低く唸り声をあげている。そして、その筋肉質な体形を誇るドーベルマンたちは、跳躍して少年たちに襲い掛かる。至近距離から、敵意むき出しで威嚇し、吠えたてる。

 腰を抜かし、小便を漏らしたのだろう。ズボンの前からシミが広がって地面を濡らした。
 目は見開いたままで、口を開けたまま声も出せない。

 そこに、ぜんじろうが現れた。
「お前たちじゃないか。どうした?」
 ぜんじろうは、2匹のドーベルマンの頭をなでている。
「お、お兄ちゃん……たすけて」
 悪ガキどもは懇願する。
 だが、ぜんじろうは、悪ガキどもの、さっきの捨て台詞を繰り返した。
「知ったこっちゃねぇよ」
 少年たちは絶望する。恐怖で気を失いそうになっている。

「……と言いたいところだが、勘弁してやる」
 少年たちの顔に希望の光がさした。
「だがな、条件がある」
 リーダー格の少年が、消え入るような声を出す。
「じょ、条件、って?」

「二度と動物をいじめるな。わかったな」
 少年たちはコクンと小さく、しかし、何度も、うなずいた。
「もし、約束を違えたら、わかるな」

 そう言うと、ドーベルマンと共に、ぜんじろうはその場を立ち去った。


 ◇ ◇ ◇  


 翌日の放課後。
 市立高校の、とある部室である。

 ヘークション!!
 ぜんじろうは大きなくしゃみをした。
「おー寒っ。風邪ひいたかな」

 この市立高校にも動物愛護部が存在する。
 ――設立は3年目で、カン太たちの在籍する南高校と同時期に発足した。南高が源二の強引な勧誘で、部員をそろえたのに対して、こちらの市立高校の同部は、部長の美貌で集めたといっても過言ではない。現に、男女共学なのに部員は部長以外、他の7人はすべて男子部員なのだ。

 その美貌を誇る部長が言った。
「大丈夫? 毛塚君」

 山ヶ城サクラ。市立雀ケ谷高校動物愛護部部長。3年生。ミディアムボブにカチューシャをしている。家は代々、市内の有名な神社の神主で、彼女はときどき、巫女にもなる。
 落ち着いて澄んだ声は、それだけで部員たちを癒す。

「うっス。大丈夫です」
 ぜんじろうは思う。
(部長、今日もお美しいです。そして、清楚な白がお似合いですね)

 一匹の猫が、サクラの足元にいて、上を見上げている。
 モモと命名された、この三毛猫。全校のマスコット的な猫である。本来、校内での動物の放し飼いは禁止、なのだが校長の特別のはからいで、許可されている。

 ぜんじろうの日課は、校内の女子生徒の下着の色のチェックである。
 あの、異能力が使われているものと、推測される。

(ええなぁ……)
 ぜんじろうの表情は緩み、口の端から垂れそうになっている、よだれをすすった。

 ジュルリ。

 サクラは不審そうな顔で、ぜんじろうに問いかけた。
「どうしたのですか? 毛塚君?」

「……い、いいえ。何でもありません」
 ぜんじろうは我に返った。キリリとした表情にもどる。
(ふー、いかん、いかん。真面目にならねば)

 モモが走り去っていった。

 ぜんじろうの異能力は、裏の世界で知らない者はいない。
 二つ名は〝邪眼の人形使い〟――動物の心にシンクロし、あたかも自分の分身の役目をさせてしまう能力だ。その分身が、どんなに遠くにいても、目の前で起こっている現実と同じように認識することができる。ただし、同時に一匹だけで、しかも精神力をかなり消耗する。

 一般人で彼の裏の顔を知る者は、まずいない……。

 しかし、
 今の彼には、その片鱗もない。
 単なる、のぞき愛好者に過ぎなかった。

 サクラは部員全員が揃っていることを確認すると、告げた。
「みなさん、喜んでください!」

 彼女は続ける。
「今度、あの有名な〝南高〟の動物愛護部と合同で、活動する企画の提案があり、お受けしました。明日の放課後、南高にお邪魔しますので、よろしくお願いします」

 ぜんじろうは心の中で、ガッツポーズをしていた。
(やった! あの伝説の美少女の二人と会える。ウへへへ……)


 ぜんじろうの顔がまた緩んできた。



(つづく)


ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです